第181話
カブリート村の村長の屋敷。
村長と、村長の息子、アセンが首を揃えていた。
長老の屋敷よりも、やや劣るものの、何代か村長をしていることもあり、それなりの広さがあったのである。
話し合うのは、長老たちのことだ。
それ以外の話は、ほとんどない。
カブリート村の長老側に、顔を知らない者たちが、入り込んでいることを、村長たちも気づき始めていたのである。
長老たちは、村長たちに気づかれないように、彼らが住んでいるところには、村に住んでいる者たちを中心に、配備していたのだった。
少しでも、モーリスたちの存在を、遅らせるためにだ。
人を集め、話し合うと、長老たちに対する敵対心が、増幅する恐れもあり、村長はアセンしか呼ばなかった。
以前も、長老たちに対する陳情を聞いているうちに、ヒートアップし、みんなで、長老たちに直談判するべきや、戦うべきだと言う意見まで、上がったことがあったのである。
長老たちと、戦うことを恐れていない一部の村人たちに、村長たちは危惧していたのだった。
そのため、そうした村人、一人一人と会い、村長たちは、気持ちを幾分か和らぐことに、尽力を注いでいたのだ。
そうした側面もあり、頻繁に、アセンと話し合うこともできない。
アセンの方も、部下や仲間を使い、意気込む村人と対話させ、落ち着かせるようにしていたのである。
「何を考えているんだ? 長老たちは?」
険しい表情を、滲ませている村長である。
村長の息子も、無言を貫いていた。
だが、何とも言えない顔を漂わせている。
そして、二人の双眸は、頼りにしているアセンを捉えていたのだ。
頼りにされているアセンとしては、困惑しかない。
けれど、頼られれば、無視できなかったのだった。
「探りを入れているが、わからない」
三人揃って、困った顔を巡らせている。
よそ者を嫌う長老たちが、よそ者を密かに入れ、自分たちの周囲を見張らせているとは、考えも及ばなかったのだった。
気づき、すぐさま、長老たちのところへ、人を向けされたが、かなりの数が入り込んでいる状態で、地団駄を踏んでいた。
「学院側は、気づいているだろうな」
何気ない、村長の呟きだ。
「だろうな。たぶん、俺たちが、気付く前から、知っている可能性が、高いと、見るべきだろう」
「……だが、それに関しては、こちらに、何も言ってこないぞ」
不満な顔を、覗かせている村長。
部屋の空気が、徐々に、悪くなっていく。
そうした状況に、アセンが首を竦めていたのだった。
(その気持ちは、わかるぞ、村長。もし、学院側が、早く知らせてくれていたら、早く対策を、打つこともできたしな……。だが、これまでの長老たちの態度を考えると、学院側も、慎重に見極めることも、必要だしな……。困った状態だ)
「長老たちが、何をしようかと、探っているんだろう」
「確かに。私たちが動きよりも、正確に知ることが、できるだろうな」
少しだけ、悔しげな笑みを漏らしている村長だった。
学院側に、学院や学院全体の敷地を守るための部隊が、いくつかあることは、学院に住んでいる村の者たちは、誰も知っていたのである。
ある意味、村の警備に当たっている、アセンたちのような者たちは、部隊の下部の下部の位置づけだ。
「父に言われ、調べたのですが、外で、相当の数の物資を、調達していたようです。それも、カブリート村と言うことを、伏せて」
チラッと、父である村長の顔を気にしている。
先ほどより、村長は、眉間にしわを寄せていたのだ。
「……外とのやり取りを、任せているのに、なぜ、こうなるまで、気づかなかったんだ」
厳しい、村長の叱責。
村長の息子は、ただ、ただ身を縮めている。
長老たちのことや、学院側のことで、忙しいこともあり、外とのやり取りを、すべて修行中の息子に、任せていたのだった。
狡猾な長老たちの動きを、察知することが、遅れた村長の息子。
そのため、多くの知らない冒険者が入り込んでから、村長たち側も、異変に気づき始めたのが遅れ、非常に困った状況に陥っていたのである。
その一報を、村長から聞き、急ぎアセンも調べたが、確かに、見知らぬ冒険者たちが、森などに入り込んでいる姿を見つけ出していた。
アセンたち、村の警備をしている者たちも、長老たち側の警備をしている者たちが、多く見回っていることは、認識していたが、深く、考えることもせず、安易に、長老たちが入ってくる冒険者たちに、神経を尖らせているんだろうと、巡らせていたのである。
結果は、この始末だ。
アセンとしても、面目がないと抱いていた。
(……これじゃ、非常に、不味いな。どうにか、取り返したいものだな。けれど、どうする? どうしたら、遅れが挽回できるか……。だが……)
長老たち側にいる冒険者たちは、魔物狩りをしている訳ではない。
周囲を、見張っているだけだった。
そうした動きを、アセンたちも、解せないと抱いていた。
「長老側にいる冒険者たちは、一体、何をしているんだ」
訝しげな表情を滲ませながら、村長が口を開いた。
「わからない。複数の場所を、見張っているみたいだ」
「何のために?」
首を振っているアセン。
アセンとしても、意味をまったく掴めていない。
長老たちは、一体、何をしたいのか、それすら、解答の糸口さえ、見つかっていなかったのだった。
「聞き出すことは?」
「無理だ。近づくだけで、威嚇したりしてきている」
アセンたちとしても、情報を少しでも得ようと、彼らに近づいたが、有無を言わせずに戦闘になったりしていたのである。
戦闘にならずとも、引き返せと言うだけで、それ以上の話をすることが、できなかったのだった。
「……物騒な連中だな。こちら側の負傷者は、いるのか?」
「いる。軽症だけだ」
隠しても、しょうがないことである。
アセンの言葉に、安堵の色を漂わせている二人だ。
「聞き出すのは、無理そうだな……。どれくらい冒険者たちが、入り込んでいるんだ?」
「それもわからない。たぶん、俺たちでも、知らない場所でも、配置されている可能性もあるから、そう考えると……、相当な数が、入り込んでいるべきと、見るべきだ」
「厄介なことだ」
村長の息子は、居た堪れない。
こうした状況になったのは、自分が遅れをとったからだと、責めていたからだ。
アセンから、息子に双眸を巡らせる。
落ち込んでいる息子。
何か、言ってあげたい気持ちがあるが、それよりも、先にやることが多くあったのだった。
「長老たちが、仕入れている物資から、数を読み取ることは、できないのか?」
伏せていた顔を、村長の息子が上げる。
「調べている途中ですけど、かなりの数が、いるかと」
巧みに隠されているので、それを見つけ出すことが、ひと苦労だった。
「正確に、掴めないのか?」
「何せ、巧妙に、名前を伏せ、仕入れている状況ですので……。こちらが、まだ、知らないところから、仕入れている可能性も、考えると……」
歯切れの悪い息子。
盛大な溜息しか、出てこない。
溜息を零された息子は、俯きかげんで、顔も上げられていなかった。
肩身の狭い、村長の息子の姿。
これ以上を求めるのは、無理だと抱くが、アセンは、決して口には出さない。
自分が、未来の村長として、教育している訳ではないからだ。
(……学院側に、報告したが、何も、言ってこないし……。俺たちは、どう動くべきだろうか……)
頭の痛い出来事。
アセンとしても、嘆息しか出てこない。
(一体、どうしろって、言うんだ……)
「みんなから、不安の声が、上がっている。どうする? アセン」
村長側のいる村人からは、不満の声や不安のことが、続出していたのだ。
そうした声も、村長やアセンが声をかけ、押さえ込んでいたのである。
「俺に、言われてもな……」
「頼りは、お前しかいないんだ」
縋るような眼差しを注がれ、さらに、困った顔を滲ませていた。
「でも、一体、どこで、冒険者たちを雇ったんだ? それと、どうやって、彼らを村の中へ、入り込ませた?」
「確かに」
村長が、息子に視線を戻す。
「名前を偽って、雇った可能性は?」
「それに関しては、ありません。近辺のギルトを当たりましたが、その形跡も、ありませんし、ギルドにも、彼らを知る者も、いませんでした」
「登録していない可能性は?」
息子が口を開く前に、アセンが口を開いている。
「その可能性は、低いと見るべきだ。どこかのギルドに、登録しているはずだ」
「一体、どこのギルドに、依頼したんだ……」
「それも大事だが、入ってきた経路だろうな、一番の問題は」
アセンの言葉に、村長の顔が暗くなっていく。
自分たちが知らない経路があると言うことに、一抹の不安が広がっていったのだ。
「……アセン。それも、至急、探し出せるか?」
「やってみるが……」
「頼む。できるだけ、潰しておきたい」
「そうだな。さらに、増えても困るしな」
「不吉なことを言うな」
「悪い。でも、長老たちは、先祖代々、この地に住んで、地の利があるからな……、厄介なことだ」
「本当に」
三人で、盛大な嘆息を零していたのだった。
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