第180話
長老との話を終え、モーリスは仲間たちが待機している場所に戻ってきていた。
何食わぬ顔で、配下の元に入っていく。
周囲に、村人たちはいない。
この辺一帯で、モーリスたち外に出た部隊が、拠点にしていることもあり、無闇に人が近づくことがなかったのだ。
長老の命が、出ていたのだった。
多くの村人たちが、モーリスが長老の息子だと、気づかずにいたのである。
モーリスたちも、あえて、この村の出身だと公言していない。
できるだけ、村人と喋らないようにしていたのだ。
家族がいてもだった。
外に出た者たちのリーダーを、現在、務めているのは、モーリスで、外に出た者の中で、長老の血筋で、強い者がなっていたのだった。
配下の者たちを、グルリと見渡す。
連れてきた全員が、揃っている訳ではない。
現在、村の別な場所で、仕事をさせている者も多くいるので、一部しかいなかった。
ここにいるのは、モーリスを慕っている者たちばかりだ。
そうでない者や、不信感を抱いている者たちは、村の中心部ではなく、別な場所を任せていたのである。
そういう者たちを、村に住んでいる長老たちに見せたくないと言う思惑も、モーリスの中であったからだった。
「問題は、ないか?」
「新たな冒険者が、うろちょろしている程度です。探っている連中は、遠巻きで眺めているだけで、こちらに近づこうとは、していません」
モーリスに報告しているのは、モーリス同様に村を出た者で、モーリスの脇にいるのは、彼の祖父が外に出た者で、彼自身、村に来るのは初めてだった。
何十年と、そうした系譜が受け継がれ、カブリート村のことを知らない世代が多くなり、次第に儀式に囚われ過ぎていると、離れていく者が多くなっていたのである。
長老たちにも、そうした報告をしているが、それはごく一部しか告げていなかった。
「挑発は、したのか?」
窺う眼差し。
以前から、遠巻きにしているだけで、動きがないことを受けていたのである。
そのため、相手の動向を見定めるために、挑発することを容認していたのだった。
「しましたが、動きませんでした」
訝しげているのは、報告した者だけではなく、モーリスも顔を顰めていた。
何度か、挑発を試みていたのだ。
だが、結果は同じで、こちらに向かってこないで、静観しているだけだった。
「……どういうことだ?」
ますます、探っている者たちが、何を考えているのか、わからなくなっていった。
思わず、嘆息を漏らしている。
頭が痛いことばかりで、少々げんなりしていたのだ。
「どうします。仕留めますか?」
村に来たのが初めての男が、挑戦的な眼光を注いでいた。
「いや。ことを大きくして、学院側の者を過激に刺激するのは、よくない」
モーリスの言葉に、残念そうな顔を滲ませている。
冒険者たちを追い払う仕事に、飽き飽きし始めていたのだった。
そうした彼らにも、モーリス自身、気づいていた。
自分も、血が滾るような戦闘ができないことに、若干、面白さがないと憶えていたからだった。
けれど、さらに、気持ちを律する。
(……最優先は、儀式を滞りなく、終わらせることだ)
「挑発しても、全然、こちらのテリトリーに、入ってくる様子は、ないんだな?」
「全くです」
「……」
逡巡している、モーリス。
(なぜ、様子見だけなんだ? 村の者だけではないと、わかっているはずなのに……。一体、学院側は、何を考えているんだ? いくら揉め事を起したくないと言うだけで、ここまで、静観するものなのか……)
モーリスの双眸は、配下の者たちに戻されていた。
彼らは、真摯にモーリスの指示を待っていたのである。
「……とりあえず、探っている連中を見張る者を、さらに、動員するように」
「はい」
「それと、後、どれぐらいで、残りの部隊が、入ってくる?」
「二日後です」
「そうか……」
モーリスの胡乱げな眼光。
(……読めない以上、もう少し、人員を増やしたいが……)
人員は、限られていたのである。
「早めますか?」
「いや」
(村長たちも、俺たちの存在に気づき始めたようだし、困ったものだな……)
人員の少なさを補うために、出身ではない者を雇おうかと、過ぎらせたこともあったが、父親である長老たちが許さないだろうと抱き、諦めたのだった。
そして、自分たちの士気の悪さも、知られる訳にはいかなかったのだ。
モーリスの矜持のために。
「外を任せている者たちは、どういう状況だ?」
「不満を持っているようですが、今のところ、支障はないです」
「今のところか……」
不安げな表情を、モーリスが漂わせている。
ここに来る前も、彼らと、ひと悶着あったからだ。
窺うような、配下の男の双眸だった。
「……つれてくるべきでは……」
「しょうがあるまい。人手が、不足していたからな」
「「「「「……」」」」」
もう一度、ここにいる者たちに、視線を巡らせている。
「お前たちに、苦労をかけるが、連中のことも、気を配ってくれ。そして、何か、動きを見せようならば、俺に、至急知らせてくれ。俺がケリをつける」
「「「「「はい」」」」」
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