第179話
話し合いを終え、しばらく、村にいる者たちと打ち合わせをした後、長老は外に出ていた。
一人で、村の中を歩いていたのだ。
まるで、自分の目で、様子を確かめるように。
村人たちも、長老が一人で、村を見回ることもあるので、気にも留めていない。
普段通りの生活をしていたのだった。
しばらく歩いていると、長老が、森の中へ入っていく。
勿論、周囲に目を配ってだ。
誰も見ていないことを確認し、森の奥へと進んでいった。
森の別なところでは、互いの者たちが、探り合っていたのだ。
ゆっくりと歩いていると、目の前の視界に、外に出た三男のモーリスが、佇んでいる姿を捉えている。
モーリスも気づき、動こうとはしない。
じっと、父親を見据えていた。
モーリスの近くで、立ち止まった。
「待たせたか?」
「いや」
誰にも、知られないように、話をするため、落ち合っていたのである。
二人しか、知らない合図でだ。
自分の後を継ぐ、長男にも教えていない。
まだ、教える段階ではないと、抱いているからだった。
「懐かしいか?」
父である長老の言葉に、首を振っていた。
この場所は、モーリスが村で過ごしていた際、一人で、鍛錬していた場所でもあったのだ。
長老が来るまでの間、モーリスは、この場所を静かな双眸で眺めていたのだった。
「そうか」
「話とは、何だ?」
少しばかり、モーリスが警戒している。
血が繋がった親子だと言え、もう立場を違えた息子に、自分に警戒心を持っていることに成長を感じ、口元が緩みそうになるが堪えていた。
(モーリスは、できるのに……)
ふと、後を継ぐ長男の顔を掠めている。
まだ、自分の後を継ぐには、覚束ない長男のことは、不安でしかない。
話し合いに長男も出ていたが、長老としては、物足りなさを憶えていたのだった。
次男は、外の警備に当たらせていたのである。
「……外に出た者たちは、どうだ?」
「……俺たちから、離れる者もいれば、少しだけ距離を置く者がいる」
微かに、顔を歪ませているモーリス。
「外の世界を、知ればか……」
芳しくない顔を、長老も漂わせている。
「……そうかもしれない」
外に出た者も、段々と、人数が少なくなっていった。
冒険者家業をしていることもあり、死ぬこともあった。
だが、この数十年は、カブリート村の掟に、付き合えなくなる者も出始め、彼らから距離をとり、いつしか離れていく者も、増えていったのだった。
そうした報告も、受けていたので、危惧していたのである。
「だからと言って、外に出さないこともできない。年々、学院側も、より優れた者をよこすように、なって来たからな」
村の秘密を守るため、長老たちも、日夜努力を重ねていたのだ。
「……」
逡巡している長老の顔を、それとなくモーリスが窺っていた。
(……まだ、儀式を続けるんだな)
モーリス自身、外に出て、いろいろと考えることができ、カブリート村の掟や儀式について、疑問を生じ始めていたのだった。
けれど、父である長老に、口に出したことはない。
とても大切なことだと、父親が重んじてきた姿勢を、見てきたこともあったからだ。
だから、疑問を持ちつつも、父親に従ってきたのである。
「儀式が終わったら、数人ほど、外に出すつもりだから、鍛えてくれ」
「わかった」
「底上げの件だが、どれぐらい掛かりそうか?」
「数年は、ほしい」
親子と言えど、村に残っている者と外に出た者で、事務的な会話になっていた。
「そうか……。それと、ここにいる間でいいから、村の者を、少し鍛えてくれ」
村の中の強化が、近々の課題だと、巡らせていたのである。
常に、外に出た者たちを、使うことができないからだ。
「そんなに、切羽詰っているのか?」
外に出ているので、村の詳細な現状を、把握することは難しかった。
「ああ」
「……」
「モーリス。お前だって、学院側の者と対峙し、能力の高さを、感じただろう?」
「確かに」
「厄介なことだ」
「……」
「私の勘が言うのだ。このままでは、ダメだと」
深刻な顔を覗かせている長老に、何とも言えなくなる。
「……わかった」
「頼むぞ。今は、お前が、頼りだ」
できがいいモーリスを外に出したことに、僅かばかり後悔している長老だ。
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