第178話
カブリート村の長老の屋敷では、外から来た者たちと、長老側との話し合いが、密かに行われていたのである。
カブリート村の中でも、長老の屋敷は、ひと際、大きな屋敷だった。
集まって、いろいろと話し合いができるようにだ。
長老の家族と言えども、認められた者以外、この部屋に顔を出すことができない。
別な部屋で、静かに話し合いが終わるのを待っていた。
長老たちの下には、着々と、村の外で、冒険者家業をしている者たちが、入り込んでいたのだ。
勿論、彼らは、完全な村の外の者ではない。
全員が、親戚筋に当たっていたのだった。
長老たちは、自分たちの中で、力のある者を、密かに村の外に出し、力をつけさせ、何十年に一度だけ、密かに彼らを戻し、ある役目につかせていたのだ。
ただ、長老側についている村人でも、末端の村人たちは、こうした者たちの存在自体を、正確に把握していなかったのだった。
村の外にいた者たち、全員を集めることもできないので、リーダー格の者だけを招き入れている。
中央に鎮座している長老だ。
それなりに空間に、幾人も、集まっている。
そのせいもあり、部屋自体が狭くなっていたのだった。
勢揃いのメンバーを、長老がグルリと見渡している。
「どうだ? 問題は、ないか?」
村の警備に当たらせているのは、村の外から来た者だけではない。
村に住んでいる者たちにも、任せていた。
ある儀式を、成功させるためにだ。
近年、人が多く入ってくることもあり、見張らせる人が必要だった。
「「「「「はい」」」」」
だが、長老の渋い表情が消えない。
このところは、村の様子も、落ち着きを払っているが、新たな冒険者たちのパーティがいくつか来たことにより、神経を尖らせていたのである。
けれど、追い出すことができ、ピリピリしていた空気が、若干ではあるが和らいでいたのだった。
追い出しても、追い出しても、行き場がない冒険者パーティが、定期的にカブリート村に押し寄せてきていた。
そうした者たちに、手を焼いていたのだ。
「気を抜くではない。まだ、儀式は、終わっていないんだぞ」
周りを、引き締めに掛かる長老。
今後、何があるのか、わからないのだ。
気を緩めることが、できなかったのである。
瞬く間に、辺りの空気がわかっていった。
彼らにとり、長老の言葉は、絶対だったのだ。
「「「「「申し訳ございません」」」」」
「わかれば、よろしい」
チラリと、隣にいる者に、長老が視線を巡らせる。
「村長や学院側の動きは、どうなっている?」
「性懲りもなく、動き回っているようです」
勿論、長老たちは、常に、反目している村長たちや、何かとうるさい学院側の動きを、見張っていた。
彼らに、儀式のことを、知られる訳にはいかないからだ。
常に、神経を尖らせていたのである。
「儀式のことは、勘付かれていないな?」
「はい。いつものように、動き回っているだけです。それに、いくつか、カモフラージュを施しておりますので、バカ正直に、そちらに、視線が巡っております」
微かに、バカにしたような笑みを零していた。
「……そうか」
ほんの僅か、長老の緊張が緩む。
「イシスの方は、どうだ?」
「少し、不安定になっておりますが、両親には、言い包めております」
「そうか。ハンナが訪ねていると、以前に、報告を受けていたが、問題はなかろうな」
逐一、村の様子は、些細な出来事でも、長老に伝えられていたのである。
いろいろと村の中を、長老は把握していたのだった。
「はい。向こうの両親にも、やめさせるように、言っているのですが、……ハンナは、定期的にイシスの元に……。元々、あの子たちは、仲がよく、遊んでおりましたから……」
長老の様子を窺いながら、年配の男が話していた。
長年、長老の下で動きいていたので、頭が上がらない。
常に、長老の顔色を窺っていたのだ。
「……困ったものだ」
「申し訳ござません」
頭を下げている、年配の男だ。
「ハンナの様子は、どうなんだ?」
「不安な様子は、見受けますが、特段、変わったことは……」
ギロリと、長老が目を眇めている。
気圧され、年配の男がフリーズしていた。
だが、誰一人として、助ける者がいない。
外から来た者たちも、静観しているだけだった。
「……大丈夫なのだな」
「も、も、勿論です。両者の両親にも、よく言い聞かせ、何か、変わったことが起こったら、すぐに、知らせるように命じております」
大量の汗を、年配の男が掻き始めている。
「……そうか」
納得できない顔を滲ませていたが、長老は小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせていたのだった。
そして、長老は、外から来た者の代表を務める、自分の息子の三男であるモーリスを捉えていた。
全然、表情が揺るがない。
平然と、数年ぶりに、顔を合わせる父親を見つめている。
そこには、親子の情が見えなかった。
いったん、外に出た者は、許可なく、カブリート村に顔を出すこともできない上、帰ってくることも、できなかったのだ。
生涯、外で暮らすことになっていたのである。
そうした掟が、密かに、カブリート村にでき上がっていたのだった。
「学院側は、何か、仕掛けてくると、思うか?」
長老としても、学院側の自分たちの動きを、気にかけていることを感じていたのである。
だから、今後の動きを気にしていた。
「わからない」
「……」
「人数が増えたかと思ったら、このところ、人数が減っている気がする」
学院側の者たちが、カブリート村を探っていることは、長老たちも認識していたのだ。
勿論、見ていただけではなく、排除も行っていたのだった。
「どういうことだ?」
モーリスの言葉に、顔を顰めていたのだ。
「わからない。ただ、いつも以上に、静観しているような」
感じ取ったことを、モーリスが口にしていたのだった。
モーリス自身も、彼らの動きに、微かに動揺をし、訝しげていたのである。
「何を、考えているんだ……」
「さぁな」
「モーリス。お前の目からして、学院側の力は、どうなんだ?」
長老としては、村長側についている者は、歯牙にもかけていない。
ただ、気に掛けているのは、段々と、学院側の能力が、高くなっていることを危惧していたのだった。
学院側の者たちを、徐々に追えなくなっていたのである。
「たぶん。俺たちよりも、強いやつがいる。けれど、向こう側も、本腰を上げていないこともあり、様子見と言うことで、今のところ、均衡が取れているような感じをしている」
「……そうか」
悔しげな表情を滲ませていた。
このところ、学院側の者たちの能力が、上がってきたことを、長老は肌で感じていたのだ。
けれど、自分で対処できない以上、外に出た者に頼むしかなかった。
今後の方針としては、外に出た者の底上げが、必要だなと思考している。
この後も、儀式が続くからだ。
「儀式が、終わった後は、すぐに、能力の向上に、着手しろ」
「承知した」
もう一度、長老は、年配の男に顔を傾けていた。
「……村長や学院側は、任せる」
「……わかりました」
長老は、村長や学院側の者と、このところ顔を合わすことがなかった。
全て、年配の男に、任せていたのである。
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