第177話
クラインたちによる、容赦ない訓練も、ある程度、メドが立ったところで、リュートたちは闘技場を出て、まっすぐに『壊れた時計』に戻っていたのである。
すると、まもなくトリスたちも、帰ってきたのだ。
互いに、仕入れてきた情報を交わしていた。
闘技場の話を聞いたセナは、非常に行きたがった話をし、トリスに対し、文句を並べていたが、トリスが、今度連れて行くことで、ようやくセナの怒りが、収まったところだった。
そして、リュートとトリスは、五階を拠点にしている『蒼き流星群』の話を聞くため、彼らの帰りを待っていたのである。
待っている時間は、そうかからなかった。
それと同時に、ある程度、下にいたヒューイから話を聞いていたらしく、五階の部屋に通され、二人は椅子に腰掛けていたのだった。
目の前にいるのは、『蒼き流星群』のリーダーで、アギスと名乗っていたのである。
他のメンバー五人は、疲れているらしく、早々に、自分の部屋に戻っていた。
「カブリート村のことだよね」
「「はい」」
『蒼き流星群』は、六人組で、若いながらも、メキメキと力を伸ばしている、新鋭パーティの一つでもあったのだ。
「あまり、情報を集めないで、勢いで、ここに来たせいで、泊まる場所もなくって、しょうがなくカブリート村に行ったら……」
苦笑しながら、話をしているアギトだ。
別な場所で、冒険者家業をし、次は、フォーレスト学院のところで、新たな稼ぎをしようと、意気込んできたものの、運悪く、諜報員などが増えている時期と重なり、宿泊場所が埋め尽くされていたのである。
行く場所もなく、おめおめと帰る訳もいかず、カブリート村に足を運んだまではいいが、一部の村人たちから、早くここから出ていけと言われ、居心地の悪い日々を過ごし、心が折れかかりそうになった時に、ヒューイと出会い、ここを使わせて貰えるようになったのだった。
「大変でしたね」
トリスが苦労を労っていた。
「ああ」
「最初に、情報を集めなかったのが、悪かったな……」
率直なリュートの言葉。
アギトは、眉を下げているだけだ。
リュートの隣では、小さく息を吐いているトリス。
「情報の大切さを、改めて知ったよ。情報の大切さは、知っていたつもりだったんだ。でも、前のところで、順調に進んでいたから、きっと、過信していたんだろうね」
「だろうな」
頷くリュート。
トリスが脇を突っつくが、気づかない。
そんなトリスに、気づくアギトだ。
「いいよ」
「すいません」
「リュート君の言う通りだからね」
トリス自身も、リュートの言葉を、否定するつもりはない。
だが、これから情報を得ようとしているのに、わざわざ、相手を怒らせたくなかったので、口に出していなかったのだった。
「カブリート村のことは、よく知らないけど、かなり屈強な男たちが、村を警備しているのは、確かだよ。近づくだけど、威嚇されたからね」
「屈強な男たちが、いたんですね」
「いたね」
「数は、どれぐらいだ?」
瞳をキラキラとさせている、リュートだった。
「正確な数は、わからない。ただ、僕たちとかかわったのは、八人だ」
考え込む二人だ。
「最初、村の警備をしている者と、思っていたけど、違ったのかな?」
逡巡している二人に、アギトが窺う眼差しを注いでいる。
最初は、大した違和感を憶えていなかったが、次第に二人の食いつきぶりに、カブリート村に何かがあるのかと、冒険者としての勘が働き始めていたのだった。
「どうかな? ある意味、長老たちにとっては、警備させているんだろうな」
楽しげに、リュートの口角が上がっていた。
(外の者を使ってな。一体、何を企んでいるんだ? それとも、何かを隠している可能性もあるな。楽しみになってきたぞ)
「君たちは、行くのかい?」
「勿論」
「学生だろう?」
「ああ」
渋面している、アギトだった。
(大丈夫なのか? ヒューイは、高く評価していたが)
洗礼を受けた者としては、学生の彼らだけでは、不安を過ぎらせていたのだ。
ヒューイから、学生だが、かなりの使い手だから、舐めない方がいいぞと、忠告は貰っていた。
自分たちは、学院に通うほどのエリートではなく、学院に通う学生に劣等感がない訳ではない。
そういうこともあり、他のメンバーたちは、彼らの前に顔を出すことを控えていたのだった。
「危険だよ」
「俺たちのことは、大丈夫だ」
「過信していると、痛い目に合うぞ」
「大丈夫です。訓練は、していますから。闘技場を借りて」
闘技場を聞き、アギトの目が見開いている。
そして、下にいるだろうヒューイの姿を掠め、改めて、目の前にいる彼らは、只者ではないだろうと、巡らせていたのだ。
闘技場に出入りしているだけで、かなりの実力を秘めていることが、容易に理解できたからだった。
「あそこに、出入りしているのかい?」
「このところは、いっていなかったが、前は、時々出入りをしていた」
「……」
困った顔を覗かせるトリスと、自信に満ちた顔を滲ませている、リュートを見比べていた。
「……そうかい」
「ああ。で、どの辺が、警備が強かったか、教えてほしい」
持参した手作りの地図を、リュートが広げていたのだ。
その出来栄えに、アギトは、素直に賞賛していたのだった。
そして、てきぱきと、自分たちが屈強な男たちと出会った場所や、アギトたちが感じたことを、すべてリュートたちに伝えたのである。
「……助かった」
満足げなリュートだ。
地図に注がれていた視線を上げ、目の前にいるアギトに傾けていた。
「学院関連で、受けた依頼は、ないか? それも、ギルトを通さないで」
「……ああ。でも、断ったよ。ちょうど、別な依頼を、引き受けていたから」
「だったら、今後も、その類の依頼は、受けない方がいい。それと、ギルトを通さないのは、ほぼ、危険度が高い依頼だから、信用ができないやつの依頼は、決して、受けないことだ。たぶん、学院の潜入だろうからな」
嘲笑しているリュートである。
「……確かに、ノラで、生徒の調査依頼とかあるが」
学院の村にいる冒険者パーティとは限らず、近くのパーティにも、生徒の調査依頼する者たちがいたが、珍しいことではなかったのだ。
それにもかかわらず、リュートがしない方がいいと言う言葉に、アギトは怪訝な顔を滲ませていた。
「調査はいいが、生徒を襲うやからもいる。実力を測るためとか、いろいろとな」
「……」
(ホントに? そんなことをさせるのか?)
「それに、学院に許可なく入り込めば、学院の警備の者も黙ってはいない」
(確かに)
「学院の警備も、甘くはないが、生徒も、ただ、調査されるのも、いやなやつもいる。言っておくが、今後、そうしたことで、俺たちの前に現れたら……」
リュートの目が細められていく。
そして、圧をかけていた。
かけられているアギトは、必死に狼狽えないように堪えている。
「……なるほど。わかったよ。そして、貴重な情報を、ありがとう」
(……調査される対象なのか、君たちは。それも、実力を測るために、冒険者たちをあてがわれるほどに。一体、君たちは、どれぐらいのものを、隠しているのやら……)
「情報を教えて貰ったから、それに対する対価だ」
リュートが教えただけでは、足りないだろうと、トリスは武器や防具を、いいものを安く買える場所や、直してくれる店などの情報を、提供してあげたのだった。
話を終えたリュートたちは、三階に戻っていったのである。
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