第176話
リングの上では、クラインやカレンが中心となり、剣術科との訓練に励んでいたのである。
容赦ないカレンの声が、飛び交っていた。
リングの外で、そうした様子を眺めているリュートだ。
ロベルトの部下たちも、訓練に付き合っていたのだった。
「おとなしいな」
声をかけるロベルトだった。
リュートの隣では、ソニアが冷めた眼差しで、兄であるロベルトを捉えている。
含むところが、未だに消えないのが、ロベルトだけで、当事者であるリュートは、何も抱いていないし、傍観者だったソニアも、未だに癒えないロベルトに対し、呆れた部分を持っていたのだ。
「クラインに、見ていろって、言われたからな」
「言われたからって、おとなしくしている、たまじゃないだろう」
「カイルにも、動きを見て、勉強しろって、言われているしな……」
仏頂面でいるロベルトから、訓練が行われているリングに、視線が巡らされている。
カレンの鉄槌が、剣術科に、落とされている最中だ。
訓練に混じっている、ロベルトの部下たちが、アチャーと言う顔を滲ませていた。
クラインも、カーチスやキムも、助けることをしない。
困ったなと言う顔を、漂わせているだけだった。
ユルガやソルジュ、ミントは、リュートたちから離れた位置で、ロベルトの部下に根掘り葉掘りと、興味のあることを聞いていたのである。
「カイルって、教師か……」
ロベルトの頭の中に、以前、ここに出たことがあるカイルの姿を、掠めていた。
カイルたちも、闘技場に顔を出し、訛った身体をほぐしていたのである。
ただ、このところは諜報員との戦闘が多く、闘技場には訪れていない。
「知っているのか?」
ロベルトやソニアに、顔を傾けているリュート。
「知っているわよ。何度か、ここに、出ていたから」
「カイルも、来ていたのか。でも、会ったことがないな……」
過去の記憶を、呼び起こしていたのだ。
その中に置いて、カイルの姿を見たことがなかった。
「上手い具合に、来る時が、噛み合っていなかったわね……」
「残念……」
「残念ね……、面白いことになって、こちらとして、儲かっていたのに」
リングに出ていたロベルトとは違い、ソニアは戦闘向きではない。
頭がいいソニアは、経営の部分で、ハリソンを助けていたのである。
頭の中では、素早く、リュートとカイルの試合の、そろばん勘定を行っていたのだった。
(稼げる)
ジト目で、ソニアを睨んでいるロベルト。
ロベルトは、このところリングの上に、上がっていない。
周囲の警備に、当たっているが、以前は、リングの上で活躍していたのだ。
自分以外に、強い者がいないと振舞っていた際、十歳に満たないリュートたちが現れ、舞台の上で、こてんぱんにリュートにやられた過去があったのである。
リュート自身は、何とも思っていないが、ロベルトは大きな矜持を折られ、未だに、リュートに対しては、素直になれなかったのだった。
そして、リュートに負けた後、カイルたちにも、負けていたのだ。
「剣術科は、移ったんだってな」
「ああ」
「何でだ?」
「面白そうだと、思ったからだ」
「面白そうって……」
渋面になっているロベルト。
彼も、リュートの魔法により、打ちのめされた一人だったからだ。
だから、魔法をやめることに、違和感を生じさせていたのである。
「勿体ないだろう」
「別に、魔法をやめた訳じゃない」
「そうなのか?」
口を尖らせているリュートを、ロベルトとソニアが窺っていた。
彼らはリュートが剣術科に移ったと耳にし、魔法をやめたのかと、巡らせていたのだった。
「一応、所属は置いているし、テストや言われたレポートだって、書いている」
「……そうか」
ロベルトの口角が上がっていた。
「よかったわね、兄さん」
ソニアは理解していたのだ。
ロベルトとは、リュートとの再戦を熱望していることに。
そして、魔法を繰り出して、戦っているリュートの姿を、見たいこともだ。
ただ、闘技場の経営のこともあり、なかなか実現は、難しい話だった。
「うるさい」
そっぽを向いていた。
その顔は、僅かに赤くなっていたのである。
二人の会話が、理解できないリュート。
リングの上では、クラインやカレンによる、容赦ない訓練が続けられていた。
倒れ込むダンたちに、休む暇なんて与えないで、次々に訓練をさせていく。
無理やりに回復させられていく、ダンたちは、精神的に追い詰められていくが、一切攻撃の手を緩めない。
アニスが回復魔法を施し、ダンたちを強制的に、回復させていたのだった。
アニスが手に負えなくなっていくと、ロベルトの部下たちが、ダンたちに持っているポーションを飲ませていったのだ。
「相変わらず、えげつないな」
そうした光景を眺めつつ、顔を顰めているロベルトだ。
ロベルトたちの部下たちも、付き合っているが、ドン引きするほど、ダンたちを即興で鍛えていたのだった。
「そうか」
「そうだよ。少しは、やつらのことを、気遣ってやれよ」
「気遣っていると、思うぞ。ちゃんと、見てやっているんだからな」
((ご愁傷様))
リュートたちとかかわったばかりに、今後の行く末が、案じてならない二人だった。
「訓練の方は、順調かい?」
三人の元に、ハリソンが姿を見せた。
ロベルトの脇に、腰掛けるハリソン。
「まぁまぁかな」
「そうかい。情報を伝えるよ」
「助かる」
奥に下がっていたハリソンは、リュートに頼まれた、カブリート村についての情報を集めていたのである。
ハリソンは、長年、ここで闘技場を生業としていることもあり、いろいろと情報源を持っていたのだった。
「カブリート村の長老側にいる者たちが、外に出ていることは、知っているかな?」
ハリソンの意外な言葉に、リュートの目が見張っていた。
「驚いているってことは、知らなかったのかな?」
ふふふと楽しそうに笑っている、ハリソンだ。
「知らない……」
「知られないように、何十年も渡って、やっていることだから、リュートたちも、知らないと言うことに、大した驚きもないんだが」
「……何十年も前からって。どういうことだ?」
「長老たちの一族で、わりと、能力がある者は、外で、冒険者などで、生活している者もいる」
「……本当なのか? あの閉塞的な村で?」
意外過ぎる出来事に、フリーズしている。
「ああ。だから、極一部だし、そうした暮らしをしているせいもあり、歴代の村長たちも、気づいていなかったんだろうな。気づいていたとしても、長老たちについていけず、出て行ったと、思っていたんだろうな」
ハリソンの脳裏には、カブリート村の長老や村長の顔が浮かんでいた。
「……」
「でも、彼らは、時折、連絡をし合っていた。それも、誰にも、気づかれないように」
そして、いつの間にか、絶句しているリュートの双眸が、注がれていたのだ。
「……もしかして、今回も、連絡を取り合っていたのか?」
「その通り。それも、以前よりも頻繁にだ。そして、彼らの一部が、密かに、カブリート村に入り込んでいる」
「……」
「元々、そうした動きは、掴んでいたんだ」
「……」
「ロベルトが、見ていたから」
ロベルトの名を言われ、ギュッとした顔で、ロベルトに巡らしていた。
「そうなのか? ロベルト」
「ああ。俺も、その話を叔父さんから聞いて、知っていた」
そうした話を、ハリソンは掴んでいて、ロベルトに確かめてくるように、命じていたのだった。
「念のため、もう一度、調べたが、また、カブリート村に、入り込んだ可能性がある」
「そうなのか? 叔父さん」
「ああ。間違いない」
「……学院や村長たちに、気づかれないように、入り込むのは、難しいじゃないのか? 何度も、そうしたことを繰り返していると、気づかれるぞ」
疑念を、リュートが口に出していた。
「学院も、村長たちも、知らないルートがあるんだよ」
「……ハリソンは、知っているのか?」
「正確なルートを知っている訳ではない。途中までと、地形から考えて、予測をしただけだ」
「さすが、ハリソン」
ニッコリ笑って、リュートが賞賛している。
「形跡としては、五部隊ぐらい入り込んでいる。つい最近も、入り込んだみたいだ」
「大掛かりなことを、しようとしているのかしら?」
何気なく、ソニアが呟いていた。
「だな。五部隊なんて、相当な数だぞ」
同意している、ロベルトだ。
「まだ、わからないが、まだ、入ってくる可能性は、あるかもしれない」
ワクワク感が、止まらないリュート。
半眼しているロベルトだった。
「何で、笑っていられるんだ?」
「だって、面白そうだろう」
「「……」」
「そこで、面白そうって言えるリュートは、さすがだね」
「そうか」
「カブリート村に行くことは、やめないってことだね」
小さく、ハリソンが首を竦めていた。
「勿論」
「こちらでも、人員を出そうか?」
逡巡している、リュートだ。
「念のため、カブリート村から、逃げ出してきた連中だけ、頼む」
「了解した」
ハリソンの双眸が、ロベルトを捉えている。
「叔父さん。任せてくれ」
読んでいただき、ありがとうございます。