第175話
部屋に到着したのも、つかの間。
話し合いを終えたリュートたちは、『壊れた時計』を出て、同じような看板もない、普通の民家の前に、立ち止まっていたのである。
隣近所にも、店などない。
普通の民家だった。
言われるがまま、連れてこられたダンたちの顔が、顰めっ面だ。
連携を図るための訓練と、情報収集をすると言われただけで、みすぼらしい民家の前まで、連れてこられたのである。
「何だ、ここは……」
思わず、建物を見上げ、捉えているダンが呟いていた。
他の剣術科のメンバーたちも、同じような顔をしている。
ユルガとソルジュ、ミントは、興味津々と言った顔だ。
ダンたち同様に、わからないで、この場所に立たされている。
それでもユルガたちは、リュートたちのことだから、絶対に何かあると、確信を得ていたのだった。
途方に暮れているダンたちを構わず、リュートやユルガたちが入っていく。
家に入っていくと、すぐに、地下に降りていく階段があり、その階段を、平然と降りていくリュートたちの背中を、見つめているダンたち。
「そろそろ、行こうか?」
立ち止まったままのダンたちに声をかけ、クラインが先に行くように促したのだ。
促されるまま、慎重な足取りで、ダンたちも入っていった。
後を追うように、地下に降りていく。
家の大きさよりも、何十倍も、広く広がっていたのだ。
ただ、ただ、圧倒されていた。
あまりの違いに、あんぐりと口を開けてしまっている、ダンたちである。
「何だ……ここは」
「闘技場だよ」
ダンたちの隣にいるクラインが、説明してあげていた。
先に下りていたユルガたちは、興味津々と言った顔で、周りを触ったりして、確かめていたのだった。
目の前に広がっている光景は、大きな観客席があり、戦うリンクが備わっていたのである。
闘技場と言うこともあり、とても頑丈に、整備されていたのだ。
初めて訪れていたユルガたちが、どういう構造なんだと、感触を楽しんでいた。
「何で、こんなものが、ここに?」
ダンたちの双眸が、クラインに注がれている。
「勿論、戦わせて、賭け事をするためさ」
「……学院なんだぞ、ここは?」
怪訝そうな顔で、クラインに、ダンが突っ込んでいた。
「学院も、知っているよ。ただ、正式に、認めてないだけど、黙認している程度だけど」
「いいのかよ」
「いいんじゃないのかな」
首を傾げている、クライン。
ダンたちも、首を傾げている状況だ。
ローゼルやガルサは、最初戸惑いの顔を覗かせいたが、徐々に、血が高揚していく感覚を味わっていたのである。
いつか、戦ってみたいと。
「だって、生徒や先生だって、エントリーして、普通に戦っているよ」
「「「「「……」」」」」
剣術科のメンバーは、誰一人として、村に、このような闘技場があることを、把握していなかったのだ。
ペケロ村には、観光客や冒険者たちが、楽しむことができる闘技場があったのだった。
闘技場で、エントリーできるのは、腕に自慢がある者や冒険者だけではない。
身分を偽って、生徒や学院の教師たちも、極たまにではあるが、エントリーして、戦っていたのである。
知らない現実に、打ちのめされている剣術科のメンバー。
「生徒って……」
呆然と立ち尽くしている、パウロが呟いていた。
自分たちは、噂でも、そうした話を聞いたことがなかったからだ。
「カレンから、聞いていましたが、凄い場所だね」
「でしょ」
カレンとアニスの間で、話が盛り上がっている。
それを耳にしながらも、魔法科は、いろいろと知っているんだなと、遠い目をしているパウロだった。
ビンセントやトレーシー、チャールストンも、同じ思いを巡らせていた。
「ビンセント。カブリート村にも、もしかしてあるの?」
唐突に、ガルサが問いかけていた。
放心状態が、まだ抜けないビンセント。
頭を、横に振っているだけだ。
(……ある訳ないだろう。そんなものが……。でも、俺が、知らないだけで、あるのか……、親父に聞いてみよう)
自信がない顔になっていく。
「ないよ」
はっきりとした声音で、クラインが答えていた。
「あるのは、ペケロ村だけよ」
「「「「「……」」」」」
「もしかして、出たことあるの?」
窺うような眼差しを傾けながら、ローゼルが尋ねていた。
クラインだけではない、
魔法科のメンバーにも、眼光が注がれていたのである。
「あるよ。でも、昔だよ。俺も、リュートも。でも、ブラークたちは、少し前まで、小遣い稼ぎに、エントリーしていたみたいだけど」
何でもないような顔を、クラインが覗かせている。
出たことがあると聞き、息を飲む、剣術科のメンバーだった。
そして、リュートたちが、出たことがあるのなら、自分の実力を測るために、今すぐにでも、出てみたいと過ぎらせていたのだ。
剣術科のメンバーたちは、舞台のリングに釘付けである。
「ここの場所を借りて、連携の訓練をするよ」
「ここで? いいの?」
目を丸くしているニエルだった。
「顔馴染みだからね」
「「「「「……」」」」」」
先に来ていたリュートが、話をつけたようで、奥から屈強な大男が、出てきたのである。
リュートの顔を見るなり、顔を崩す大男。
だが、リュートは、朗らかな対応をしていた。
「よっ」
「……」
リュートの前で、立ち止まる。
「少し、貸してくれ」
殺気を醸し出す大男に、気圧されることもない。
そして、リュートは、飄々としているのみだ。
剣術科のメンバーだけが、緊張感を滲ませていた。
「ロベルト」
名前を言われ、殺気を霧散していく。
さらに、五十代の男と共に、ロベルトよりも、若い女が顔を出していた。
「叔父さん。ソニア」
面白くない顔を、ロベルトが滲ませている。
ソニアと言われた女は、リュートの前に立つ、ロベルトの妹だ。
彼女は、声を出さず、口だけで、バカねと動かしている。
それに対し、仏頂面していたロベルトだった。
叔父さんと呼ばれた男は、闘技場の経営者でハリソンと言い、ロベルトとソニアの叔父で、両親を早くに亡くした二人の親代わりとして、育てたのだった。
だから、二人にとって、ハリソンは、頭が上がらない存在なのである。
「リュート。すまない」
「別に」
「話は、聞いている。時間までは、好きに使って構わない」
「ありがとう」
「リュート。剣術科に、移ったんだって」
何気なくリュートに、ソニアが話しかけてきた。
「おう」
「久しぶりに、出てみる?」
「……時間があったらな」
「暇がないの?」
目を丸くしているソニア。
「わからない」
「そう」
「カブリートの村のことは、任せてくれ」
にこやかに、ハリソンが対応している。
「頼む」
リュートとの会話を済ませると、奥に下がっていくハリソンだ。
残っているのは、リュートたちの他に、ロベルト、ソニア兄妹に、いつの間にか、闘技場の警備している、屈強で身体のあちらこちらに傷がある男たちが、集まっていたのである。
ロベルトも含め、彼らは、闘技場の警備をしつつ、リングの上にも上がって、観客などを盛り上げていたのだった。
あっかんな光景に、剣術科のメンバーたちは、言葉もできない。
場の空気を楽しんでいるのは、ユルガとミントだ。
楽しんでいるユルガを、好奇心の瞳を隠せないでいるソルジュが、窘めていたのだった。
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