第173話
目の前に聳え立つ、痛みが激しい建物を、セナたちが不安げに見上げている。
「ここは、馴染みで、よく宿泊させて貰っていたんだ」
「さっさと入るぞ」
急かすリュートだ。
促されるように入っていく一行。
店には、客一人もいない。
埃まみれの妖しげな道具が、置かれているだけだ。
こうした状況からも、長年、客がいないことは、明らかだった。
そうした道具に、目もくれない。
ただ、奥に進んでいくリュート。
落ち着きのない、ダンたち。
見るものすべてが、興味を惹かれていたのである。
奥の方では、道具を弄っている年配の主人でいるだけだった。
「久しぶりだな。ヒューイ」
胡乱げに、セナ初め、見慣れない顔触れを睨んでいる。
年季の入った顔には、しわが深く刻まれていたのだった。
ゴクリと、息を飲むガルサたちだ。
主人の眼光に、気圧されていた。
「友達だ。泊めてくれ」
「いつもの三階を使え」
余計なことは、言わない。
「わかった」
歩き出そうとしたリュートは、動きを止めた。
「五階は、冒険者たち『蒼き流星群』が、使っている」
「久しぶりだね、ヒューイが、俺たち以外に、宿泊させているなんて」
部屋を使わせていることに、トリスたちも、驚きを隠せない。
主であるヒューイは、この辺一体で、偏屈で知られており、自分の気に入った者ではないと、部屋を貸さなかったのである。そして、リュートたちは気に入られ、よくこの部屋を拠点にし、ペケロ村で暴れていた時期があったのだった。
「問題は、起こすなよ」
「わかった」
チラリと、リュートの双眸が、上に注がれている。
「あいつらは、まだ戻ってこない。帰ってくるのは、夕方だろう」
「そうか」
用は済んだとばかりに、ヒューイが、道具を弄り始めていた。
慣れたように、上の階に上がっていく。
それについていく、セナやダンたちだった。
勿論、双眸の先が、定まっていない。
あちらこちらに、巡らされていたのだ。
三階に上がると、慣れた足取りで、リュートが部屋に入って行く。
所在無げに、立ち尽くしているセナたち。
声をかけたのは、トリスである。
「広いこの場所は、共同でとして使い、部屋は、リュートが入った部屋が、俺たち男子が使い、そっちの空いている部屋は、女子たちで使ってくれ。カレン、後は頼んでも?」
「わかった」
落ち着きがないセナたちに、カレンの眼光が巡らされていた。
説明を終えたトリスは、ユルガやダンたちに説明し、部屋を案内していたのである。
階段を上ると、広い部屋になっており、その周りに、六つの部屋に別れていたのだった。
それぞれ、荷物を置いたら、共同の部屋に集まっていた。
「今後の打ち合わせだね」
クラインの言葉に、面倒と言う表情をリュートが漂わせている。
「俺たちだけじゃないんだよ、リュート」
リュートは荷物を置いたら、久しぶりに会うヒューイと魔導具について、談笑しようとしていたが、クラインたちに、それを潰され、面白くなかったのだった。
ガルサたちが部屋から出てくると、すでに、テーブルには、食べ物と飲み物が用意されていた。
渋々と言った顔で、ダンたちと共に出てきたビンセントも、用意のよさに唖然としている。
トリスたちは、食料を事前に確保していたのだ。
勿論、ダンたちも、セナから話を聞き、用意はしていたが、ここまでの物を用意していなかったのだった。
「空いている席に、好きに座って」
クラインから言われ、それぞれに空いている席に腰掛けたり、窓辺の近くで立っていたり、壁に寄りかかったりしていた。
全員の顔触れを確かめるトリス。
「では、始めようか」
学院でも行っていた情報交換を、もう一度、トリスは話し始めたのである。
それは、ユルガやソルジュ、学院を出ていたビンセントのためでもあったのだ。
耳にしているビンセントの顔が、徐々に曇っていく。
自分が知らない情報まで、含まれていたことに、驚き、自分たちの村は、大丈夫なのかと不安になっていたからだった。
(……何なんだよ、こいつらは……)
「……以上だ。何か、質問は?」
手を上げるニエル。
「ニエル」
「これだけの情報があるのに、まだ、必要な情報でもある? これだけあれば、十分じゃないのかって、思っているんだけど」
ガルサたちの五班のメンバーが、頷いていた。
だが、セナたちの一班のメンバーは、誰一人として頷いていない。
リュートたちと交流することにより、より新しい情報の大切さを、徐々に感じ始めていたからだった。
「情報は、できるだけ新鮮さが、大事だからね」
「「「「「……」」」」」
「何があるのか、わからないから、用心を重ねないと」
リュートたちとの交流が少ないガルサたちは、そのことに至らなかった事実に、何とも言えない顔を覗かせていた。
自分たちの甘さと無能さに、打ちのめられていたのだ。
「秘密主義で知られている、カブリート村だからな」
小さく笑っている、ブラークの言葉。
「で、どうするの? 誰が動くの?」
この場を仕切っているトリスに、キムの双眸が注がれている。
いつもとは違うメンバーがいることで、いつもの段取りで、動くことはないと巡らせていたのだった。
「俺と、ブラーク、セナで、出ようと思っている」
「少ないね」
情報収集に向かうメンバーが、もう少し多いと、抱いていたのだ。
「多いと目立つからな。向こうに知られる恐れもあるから、だから、少数精鋭で行こうと思っている」
「そう」
納得した顔をしていた。
不意に、閉鎖的なカブリート村を思い出していたのである。
(確かに目立って、動きを悟られる可能性もあるね……。あそこの情報網も凄いからな……)
「で、クライン」
トリスの双眸が、名指しされたクラインを捉えていた。
他の者も、困ったなと言う顔をみせているクラインに、双眸が注がれている。
「後のことは、任せて」
「ああ」
「いつものところで、訓練をしてくる」
突然のリュートの言葉に、事前に予測していた、トリスとクラインは、やれやれと首を竦めているだけだった。
何のことだか、わからないと、首を傾げているメンバーが、ほとんどだ。
「たぶん、そういうだろうと思っていた。ある程度、連携取れるように、クライン、カレン、ブラーク頼むよ」
頼りになるメンバーに、リュートたちの面倒を頼むしかない。
暴走しそうなリュートの他に、同じように問題を起こしそうなミントもいるし、連携して戦ったことがない、ダンたちも、揃っていたからだった。
先日の突然の合同訓練だけでは、互いの得意負手がわからないから、ある程度の訓練が必要だったのだ。
彼らのカバーに当たる、クライン、カレン、ブラークには、とても必要性があった。
「ミントちゃん。あまり、暴れないように」
「わかったわ、トリス」
ニッコリと微笑む、従順なミントだ。
「ソルジュも、見学しておくと、いいよ。面白い場所だし、めったに、いかない場所だからね」
意味ありげなトリスの眼差しに、ソルジュが胡乱げだった。
(……どんな場所だ?)
「面白い場所……」
爛々と瞳を輝かせているユルガだ。
「ユルガも、普通、行かない場所だと思いますよ」
「それは、楽しみだ」
「一体、どこだよ」
訝しげている、ビンセントたちだ。
トリス、ブラークは、セナを連れて、階段を降りていったのだった。
ダンたちは、何があるんだと、不安を漂わせていたのである。
読んでいただき、ありがとうございます。