第172話
戻ってきたビンセントを捕獲し、学院を出たリュートたち。
直接、カブリート村に行かず、学院にある村の中で、賑わっているペケロ村に足を運んでいたのである。
人、人、人で、溢れている状態だ。
そうした中を何の躊躇いもなく、進んでいるのは、魔法科のメンバーだけで、剣術科のダンたちは、戸惑いを隠せない。
目的地である、カブリート村に行くものだと抱いていたからだ。
あてが外れ、聞こうにも、何となく、聞けなかった。
けれど、興味だけは疼き、あちらこちらに、視線を彷徨わせていたのだった。
村に、遊びなどに繰り出している生徒は、ごく一部だけで、多くの生徒たちは規則を遵守し、許可が下りない限りは、村に遊びに出かける機会などなかったのだ。
迷いのない、リュートたちの足取り。
ダンたちは、行きなれているなと、掠めていたのである。
だが、口にはしない。
彼らにも、僅かな矜持があったのだ。
ダンたちと一緒にいるビンセントだけが、ブスッとした表情を滲ませている。
学院の出た途端、ビンセントが声ならぬ声で抗議し、ようやく、喋れるように魔法を解かれていたが、目に見える拘束はされていた。
ビンセントが逃げられないように、ダンたちが近くで、構えていたのだった。
一人蚊帳の外にいるビンセント。
苦楽を共にしている班の仲間たちに、半眼している。
女子のガルサとニエルだけは、痛くも痒くもない顔を覗かせていたが、男子のトレーシーとチャールストンだけは、申し訳なさそうに眉を下げていた。
だからと言って、ビンセントを開放しようとしない。
しっかりと、長いものに巻かれていたのである。
「裏切り者……」
ここに至るまで、何度も聞いた、ビンセントの恨みがこもった声音だ。
「悪いと思っている」
「俺も」
胸を痛くしている二人だが、行動を変えるつもりはない。
「なら、これは、何だ」
ビンセントの両脇に、ダンとローゼルが、歩いている。
これと称されても、二人の表情が歪むことがない。
ローゼルは飄々と歩き、ダンは、ただ、小さく笑っているだけだ。
他の者たちは、無視しているか、首を竦めているだけだった。
「「ごめん」」
「……」
ムスッとしたままのビンセントである。
二人が自分の方についても、逃げ出すことができないと理解しつつも、自分の方に味方についてほしかったのだ。
ふと、ここに来るまでの出来事を思い返していた。
喋ることが、ようやくできるようになったビンセントは、逃げないから拘束を解くように言ってきたが、リュートたちは、それを拒んだのだった。
トレーシーたちは、勿論、誰一人として、ビンセントの味方に、回らなかったのである。
フツフツと、湧き上がる苛立ち。
今度は、リュートたちに向けてきた。
「何で、ペケロ村に、来ているんだ? カブリート村に、行くんじゃなかったのかよ」
どこか険が含む声にも、リュートたちは、眉尻をあげない。
悪態をつかれることに、慣れていたのである。
これまで捕まえた諜報員たちは、甘い声や悪態をつき、何度も、逃げそうとし、手間がかかった経験を持っていたからだ。
だから、仲間とは言え、甘い顔は見せない。
それに、ラジュールの実験体にされた経験からも、緩めることはなかった。
魔法科のメンバーは、いろいろと、経験豊かだったのだ。
剣術科のメンバーも、魔法科との戦闘訓練のことが、鮮明に頭から離れていなかったのである。
「カブリート村には行く。だが、行くのは、大体、二日後ぐらいだ」
珍しく、リュートが説明していた。
そうしたこともあり、トリスたちは、誰も口を出さない。
「はぁ」
拉致されたまま、直接、行くと巡らせていたビンセント。
拍子抜けをしていたのである。
それは、ダンたちやガルサたちも同じで、目を丸くしていたのだった。
ただ、ダンたちは、ペケロ村に来たことに、何か補充するものでも、買い出ししてから、目的地のカブリート村に行くのかと抱いていたのだ。
まさか、二日も、滞在するとは思ってもいない。
一緒に行動することが多いセナは、何となく、そうじゃないかと、漠然と巡らせていたので、大した驚きがなかった。
魔法科のメンバーも、いつもの段取りなので、平然としている。
ユルガとソルジュの表情に、変化がない。
ミント一人だけが、鼻歌を歌っていた。
「どういうことだよ」
苛立っているビンセントが、噛み付いていた。
「情報収集に、決まっているだろう」
当たり前の顔を、リュートが覗かせている。
それは、魔法科のメンバーたちもだ。
「したんじゃないのかよ」
「したが、十分じゃない」
「……」
「大体、情報収集は、基本だぞ。ビンセント」
ごもっともな意見に、何も言い返せない。
そして、ダンたちも、僅かに、ばつが悪そうな顔を滲ませていたのだった。
トリスやクラインだけが、首を竦めていた。
ユルガやソルジュ、ミントは、素知らぬ顔を決め込んでいたのだ。
普段、はちゃめちゃなリュートの行動を、目にしているダンたち。
彼らの視線の先には、リュートの背中が、いつもよりも、大きく映っていたのだ。
それと同時に、戦闘以外でも、リュートたちの優秀さを目にし、自分たちとの違いを、痛感させられていたのである。
そうしたダンたちの心の揺らぎなど、気にした素振りを見せないリュート。
本能が赴くまま、行動していた。
徐々に、人の多い通りから、薄暗い裏道に進んでいく。
誰も、リュートたちに、視線を向けてくる者なんていない。
生徒らしき姿は、容易に見慣れていたのだ。
いつしか、ダンたちも、見慣れない雰囲気に、さらに興味を惹かれ、ビンセントの見張りの役目も忘れ、視線を好き勝手に動かしていた。
ユルガやソルジュも、初めて来る場所に、心を躍らせている。
しかし、ソルジュの方が、僅かに冷静で、気分のまま動きそうなユルガを、服を掴み押さえ込んでいたのだ。
そうしないとユルガが、勝手にいってしまう恐れがあったからだった。
平然とした顔をしているミントも、来たことがない場所に、瞳を輝かせ、微かに瞳を彷徨わせていたのである。
リュートたち以外の姿が、完全にいなくなっていたのだった。
表通りとは違い、古い家が立ち並んでいた。
そして、ボロボロの魔導具屋の前で、リュートたちが立ち止まる。
トリスたちも、足を止めていたのだ。
セナやダンたちが見上げると、看板には、魔導具屋『壊れた時計』と書かれていたのである。
魔法科のメンバー以外は、困惑の色を隠さない。
(((((こんなところで、商売?)))))
商売するような場所ではなかったのだ。
それにもかかわらず、ボロい看板が掲げられていたのだった。
ダンたちより、つき合わされていることが多いセナでさえも、ここに来た理由がみえていない。
(何で? 魔導具を買うの? リュートたちのことだから、変なもの、いっぱい持っていそうなんだけど。ホントに、何でこんな場所で……。確かに、ボロい店に、結構、掘り出し物とか、貴重な物が、売っていることがあるけど……。これ、酷くない?)
店には、誰も寄り付かそうな雰囲気を、臭わせていたのである。
「買い物をするの?」
眉間にしわを寄せたまま、セナが口を開けていた。
「いや。ここに宿泊するんだ」
なんでもないような顔で、トリスが教えていたのだった。
魔法科以外の顔が、様々な色を出している。
面白そうな、心配そうな、いやそうな、一つとしてない色を示していた。
「宿泊って……」
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