第171話
「遅くなった」
保健室のテラスに、声をかけながら、グリフィンが顔を覗かせていた。
テラスには、グリンシュとカイルの姿があったのである。
テーブルの上に、三人分の手作りお菓子などが、勢揃いしていたのだ。
そして、どれも、二人が好むお菓子ばかり。
グリンシュに行くとは言っていないのに、きちんと用意されていることに、諦めの境地に入っていて、何も言わない二人だった。
空いている席に、腰を掛けようとしているグリフィン。
すでに、カイルは、ケーキを食べていた。
「スカーレットの様子は、どうですか?」
お茶を用意しながら、グリンシュが、何気ない口調で尋ねていた。
「相変わらず、何で、俺たちの行動を、把握しているんだ……」
気味悪そうに、微笑んでいるグリンシュを見つめている。
カイルも、グリフィンも、逐一、グリンシュに、行動を話している訳ではない。
なぜか、彼らの行動を、事前に把握していたのだ。
まさか、学院に住んでいる幽霊たちから、情報を仕入れているとは思ってもいなかったのだった。
「考えるな。時間の無駄だ」
カイルの言葉に、そうだなと、すんなりと諦めたのだった。
学院の生徒だった頃からの付き合いである。
素直に話すとは、決して思えなかったのだ。
「で、スカーレットは、どうしていたんだ?」
カイルも、気になっていたので、もう一度、尋ねていた。
「相当、疲れているみたいだな」
「今回の研究は、相当ヤバいのか?」
顔を顰めているカイル。
そのうち、自分も、その餌食になるだろうと、巡らせていた。
デュランやラジュールから、逃げることは不可能に近いと、身に沁みていたのである。
「ヤバいだろうな」
「……」
「面白そうな研究だと、思いますよ」
胡乱げな眼差しを、送っている二人。
「……知っているのか?」
口角を上げているグリンシュを、しっかり捉えているカイルの双眸だ。
「勿論です」
「何の研究をしているんだ?」
追究するグリフィンだった。
研究内容を、詳しく聞かされていない。
デュランも、ラジュールも、説明するのは、時間の無駄だと言い、問答無用で実験体にしていたのである。
「直接、聞いてみては?」
「話すかっ」
グリフィンが噛み付いた。
隣にいるカイルも、頷いている。
「では、素直に実験体になった方が、早いですよ」
「それがいやだから、こうして、逃げているんだろう」
不貞腐れている顔を、二人が覗かせていたのだ。
最後には、捕獲されると理解しつつも、最初から捕まる訳にはいかない。
彼らにも、それなりに矜持があったのだった。
「無駄だと思いますよ」
「「わかってる」」
「なら、最初から、なればいいのに」
「過酷なんだぞ」
友人を熟知している彼らは、限界値まで、酷使していたのである。
容赦なかったのだ、デュランも、ラジュールもだ。
「えげつなく、使って来るんだぞ。俺たちの身体を」
「丈夫ですから」
「誰のせいで、そうなったと思っているんだ」
「彼らですかね。それに、リーブたちもですよ」
グリンシュの言葉に、ついつい、遠い目になってしまう二人である。
「諦めが肝心ですよ。同期になった時点で」
二人は、盛大な嘆息を漏らしていた。
そして、カイルの眼光が、グリンシュに注がれている。
「……何で、こんなに、いろいろなことが、重なるんだ」
「さぁ」
涼しい顔を、浮かべているグリンシュ。
それに対し、二人の顔は、疲れが溢れていたのだ。
近年に比べ、各国の諜報員が入り込んでくる数が増え、近くでは、新獣の魔獣が現れ、その調査や、周辺にも、そうした傾向がないかも、並行して調べていたのである。
それに加え、カブリート村での異変だ。
生徒の指導もしつつ、それらの対処も行っていたのだった。
「グリフィン。カブリート村の方は、どうなっているんですか?」
気だるそうなグリフィンに、グリンシュが顔を傾けている。
「酷いな。入ってくる冒険者たちを、村に入れさせないようにしているし、新しい住人には、一段と冷たくなっているぞ」
わかっている分の情報を、グリフィンが口にしていた。
学院の警備や、周辺の調査を行っている五十人ぐらいの部隊を、グリフィンが指揮し、何かと、情報を集めていたのである。
学院が組織している部隊が、いくつもあったのだった。
そうした一つの部隊を、グリフィンが指揮していたのである。
カイルは、そうした部隊を持っていない。
身軽に、動き回っていたのだ。
話している内容は、すでにグリフィンから聞いていたもので、徐々に、眉間にしわを寄せていたのだった。
「危機的状況に、なりそうですね」
「だろう」
「奥まで、入り込んでいるんですか?」
渋面になっている、グリフィン。
「……いや」
「向こうも、伊達に、あそこで根を張っている訳では、ないですからね」
他人事のように、笑っているグリンシュだった。
指揮している一部を、カブリート村に送り込んで、グリフィンは密かに探っていたのである。
だが、長老たち側に見つかったりし、さらに厳重な警備を敷かれ、村の奥に入り込むのに、難航していたのだ。
「どっちの味方だよ」
「勿論、学院側ですよ」
グリフィンが、目を細めている。
グリンシュの表情は、変わらない。
無駄な攻防だと気づき、瞬く間に、グリフィンは肩の力を抜いていた。
「メドは、立ちそうですか?」
「まぁな。人数を減らそうと、思っている」
聞いていなかった話に、カイルが怪訝そうな顔を窺わせていた。
「聞いてないぞ。減らして、大丈夫なのか?」
「撤退しても、いいんだけど。一応、何かあったら、対応しないと、ダメだろうと」
「ですね。その方が、いいと思いますよ」
通じ合っている二人。
徐に、カイルの表情が曇っていく。
「……どういうことなんだ?」
「カブリート村に、リュートたちがいっている」
衝撃の内容に、勢いよく、立ち上がるカイル。
「なっ」
リュートたちがカブリート村に行くことを、あえて告げていなかった。
話したら、止めに掛かるだろうと抱き、話さなかったのだ。
リュートたちの動きを掴んだ時点で、少しでも仕事を減らそうと、グリフィンなりに画策したのである。
意識が飛んでいたカイルだ。
瞬時に回復し、カブリート村へ行こうと、反応を示していた。
だが、先に回り込んでいたグリフィンが、容易く止めていたのだった。
「ダメだ」
「グリフィン。何で、言わなかった」
「言ったら、止めていただろう」
「当たり前だ」
「手が回らないんだ」
眉を下げている。
次から次と、舞い込んでくる仕事に参っていた。
だから、リュートたちの情報を掴み、それを利用したのだった。
「だからって言って、生徒を使うな」
「普通の生徒だったら、止めていたさ。だが、リュートたちだったんで、有意義に使わせて貰った」
「お前な……」
「大丈夫だ。そう思うから、いかせたんだろう」
グリフィンの双眸が、小さく笑っているグリンシュを捉えている。
「えぇ」
「グリンシュも、かかわっているのか」
低い声音だ。
「勿論です。カテリーナも、かかわっていますよ」
「みんなで、騙したのか?」
「騙していませんよ。話していないだけで」
微笑んでいるグリンシュだ。
それに対し、グリフィンは、申し訳ない気持ちも持っていた。
けれど、背に腹はかえられなかったのである。
「悪いと思っているさ。でもな、何せ、人員が不足している」
「……」
学院の現状は、十分なほど理解していた。
だが、素直に、受け入れない。
「……カイル。心配するな。数は、減らしているが、カブリート村には、俺の部隊が潜んでいる」
「……」
「カイルだって、買っているんだろう? リュートたちのことを」
「……」
「何かあったら、すぐに、知らせることにも、なっているからさ」
「……どいつも、こいつも、俺に知らせないで。これで何度目だ」
視線を合わせようとしない二人。
勢いよく、カイルが、腰掛けていた。
「グリフィン。何かあったら、すぐに知らせろ」
「ありがとう。すぐに知らせるよ」
グリフィンも、椅子に座り、三人でのお茶会を再開させたのだった。
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