第169話
ラジュールの研究室に、顔を出している、カイルとグリフィン。
何度も、呼んでもこないので、ラジュールの研究室に足を運んでいたのだった。
いつ来ても、悪臭漂う部屋。
微かに、二人が顔を歪めている。
何年も、通っても、慣れることがなかった。
グリフィンは、めったに、ここに来ることはない。
悪臭を嫌い、足を運ぶことが、少なかったのだ。
ただ、今回は、カイルだけでは、心配と周りから言われ、渋々と、カイルと共に、研究室にこもってしまったラジュールに、会いに来たのである。
部屋全体を、見渡しているグリフィン。
(……相変わらず、訳のわからない物で、溢れているな)
グリフィンの部屋は、数冊の本と、僅かなものが置かれていなかった。
乱雑そうに置かれているものも、本人曰く、規則性を持って、配置されていたのだった。
その規則性は、置いた張本人であるラジュールしか、理解できていない。
だから、それらの物を動かさないように、二人は、慎重に部屋に入室していた。
以前、数センチずらしただけで、物凄い剣幕で、ラジュールに酷い目にあったことがあったからだった。
躊躇のない動作で、次々に、薬液を混ぜていくラジュールだ。
いつ見ても、無駄のない動きに、目が離せないグリフィンだった。
(一切の迷いもない動きだな……。俺には、無理だな)
「何度も、呼び出しが掛かっているのに、たまには、顔を出せ」
やや顰めっ面のカイルが、言い募っていた。
「忙しいと、伝えたはずだが?」
喋っていても、動きが止まらない。
「伝言は、受けたが、出ないのが、多過ぎだ」
眉間にしわを寄せているカイル。
学院長から、何度も、顔を出すようにと、命じられているにもかかわらず、応じる気配がないことに、学院長らも放置することができず、同期であり、仲がいいカイルに連れてくるように命じたのだった。
「デュランだって、行っていないだろう」
「勿論、デュランも、連れて行く」
「そうか。なら、デュランを、先に連れて行け」
「「……」」
ここを訪れる前に、二人は、デュランの元へ行き、同じ台詞を言われていたのだ。
「用は、済んだはずだ。さっさと出て行け。邪魔だ」
また、同じ台詞を言われ、顔を引きつらせている二人だった。
次第に、ムッとした顔を、カイルが滲ませていく。
「ラジュール。いつまでも、好き勝手するな」
混ぜていた薬液から、視線の先を、苛立っているカイルに傾けていた。
「私が、どうしようと、カイルには、関係ないだろう?」
雲行きが妖しくなっていく二人。
グリフィンが、嘆息を漏らしている。
「お前な……」
「何だ」
口角を上げているラジュール。
「どれだけの生徒が、お前が、仕出かしたことで、落ち込んでいると、思っているんだ」
「私の知ったことではないと、言ったはずだが?」
「言ったが、教師だったら、責任を取れ。もう少し、生徒に親身になれって言っているんだ」
「親身になって、どうしろと? それで、あれらが強くなるとでも、本気で、思っているのか?」
「誰も、ラジュールみたいに、強くないんだ」
「強くないなら、タフになるように、育てるべきではないのか?」
「お前は、追い込み過ぎだ」
ヒートアップしていく二人の間に、グリフィンが入っていく。
このままいけば、一悶着あるのは、目に見えてわかっていたからだった。
「そこまでだ。ラジュール、カイルのことを、少しは思いやれ」
「する必要が……」
「ラジュール。お前の優しさが、見え難いぞ」
「私は、優しくしているつもりはない」
「はいはい」
不機嫌なラジュールから、顔を顰めているカイルに、視線を移していた。
「カイルもな、落ち着け。ここに来た理由を、思い出せ」
「……」
「お前のところの生徒のことは、気の毒だが、結局のところ、自分で気づかないと、ダメだろう?」
「……」
「とにかく、俺も、生徒のことは、手伝ってやるから、ここは、頭を冷やせ」
「……わかった」
やや顔を伏せたカイルだ。
もう一度、疲れた顔を覗かせているグリフィンが、ふんと、そっぽを向いているラジュールに、双眸を巡らせていた。
「ラジュール。学院長たちのやり方が、気に入らないのもわかるが、そう硬くなるな」
「……」
「学院長たちに、好き勝手に、ぶちまけてもいい。後は、俺たちで、何とかするから。だから、顔を出してくれ」
微かに、不敵な笑みを漏らしているラジュール。
だが、二人は気づかない。
「……わかった。デュランも、連れて行くんだろう」
「ああ。お前と一緒に、連れて行く」
「そうか」
ようやく、話がまとまって、グリフィンが息をついている。
「新種の魔獣の捜索は、どうなっている?」
ラジュールが、唐突に投げかけてきた。
「……見つからないようだ。そのうち、完全に、打ち切る可能性もあるだろうな」
ばつが悪そうな顔を滲ませながら、カイルが答えていた。
大まかな捜索は終了していたが、密かに、規模を小さくして、捜索は続けられていたのである。
「魔獣のことも、気になるが、カブリート村のことだろう」
ラジュールとカイルに、眼光を傾けながら、グリフィンが口に出していたのだ。
近々の問題としては、新種の魔獣のことよりも、カブリート村の方が重大だった。
「カブリート村のことは、前々から、胡散臭いと、申していたはずだ。それを放置していた、上が悪い」
突き放したような、ラジュールの言葉。
「そうなんだが……」
グリフィンの顔が、引きつっていた。
ラジュールたちは、カブリート村を調べるべきだと説いていた時期があったのだ。
だが、カブリート村と揉め事をしたくなかった上の者たちが、ラジュールたちの意見に、耳を貸さなかった経緯があったのである。
「上だって、ここまで、酷くなるとは、思っていなかったんだろう」
カイルが、口を挟んだ。
「お前には、予測が立っていたのか」
窺うような、グリフィンの眼光。
「当たり前だ」
「「……」」
何とも言えない顔を、二人が滲ませいる。
(カイルは、知らないだろうな。リュートが、カブリート村に興味を示し、企てていることを。ま、そのことは、後で、教えるか。今は、あれたちに、掻き回して貰おう)
いいことを思いついたと抱くが、そうした思惑は、顔を出さない。
リュートたちを、動きやすくさせるためだ。
そして、いろいろと、その段取りを巡らせていく。
「そうだ。学院長のところに、出向くのだ、その借りは、返して貰うぞ」
身体を強張らせている、二人だった。
「私の代わりに、警備やれ。勿論、デュランの分もだ。デュランの説得も、私がするぞ」
「これ以上は、無理だ。授業がある」
「空きにすれば、いいだろう」
「勝手な」
眼光が鋭くなっていくカイルだ。
「授業よりも、生徒を危険から守ることも、大切なのでは」
「「……」」
「決定だな」
「「……」」
勝ち誇ったような顔を、ラジュールが覗かせていたのだった。
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