第168話
疲れきったビンセントが、ようやく、学院に戻ってきていた。
五日振りだ。
ハンナに話を聞き、そのまま、戻ってくる予定だったが、そうもいかず、カブリート村に密かに滞在し、いろいろと、ビンセントなりに探っていたのである。
だが、結果は、何もわからず仕舞いだった。
結果を報告した後のハンナの顔を思い出し、思わず、顔が曇っていく。
落胆させたことが、心に、グサリと刺さっていた。
余計に、身体の疲労が癒えない。
重い足取りだ。
何もすることができず、自分の寮へ、戻っている。
授業を受けている時間帯でもあり、周囲にいる生徒たちは少ない。
ただ、ちらほらと、見かける程度だ。
いつの間にか、時折、見かけていた生徒たちもいなくなっていた。
ここぞとばかりに、盛大な溜息を吐くビンセント。
「……早く、寝たい……」
ベッドで横になりたいと、重い足を懸命に動かしていた。
後、もう少しで、寮と言う場所で、ダガーが向かっているのを感知。
身体が反応し、立ち止まる。
そして、戦闘体勢を構えていた。
突然の出来事に、僅かに、反応が遅れていたが、辛うじて、ダガーを交わすことができたのだ。
けれど、突如、襲われたことに、頭が回らない。
襲われる言われがなかった。
「な、何だ!」
「遅いぞ、ビンセント。待ちわびて、向かおうと、思っていたところだぞ」
戸惑っているビンセントの前に、やや憤慨しているリュートが、立ちはだかっていたのである。
ぞろぞろと、リュートの近くに、トリスやセナたちも出てきて、その後からは、同じ班のトレーシーたちも勢揃いしていたのだ。
人の多さに、あんぐりと口を開けている。
(……何で、いるんだ?……。それも、あんなに大勢で……)
剣術科だけではない。
魔法科も、来ていたのである。
衝撃的な出来事に、完全に頭が追いついていなかった。
徐々に、顔が顰めていった。
そんなビンセントを気遣うことなく、勝手に、リュートが話を進めていく。
誰も、止めることはしない。
「いつまで経っても、戻ってこないで、何をやっていたんだ? 成果は、何か、あったのか?」
矢継ぎ早に、質問していくリュート。
瞬時に、応えられない。
チラリと、助けを求めるように、同じ班の仲間に視線を巡らせている。
けれど、諦めろと言う表情で、訴えかけているだけだった。
(薄情者!)
半眼している、ビンセントだ。
その間も、リュートの質問攻めが止まらない。
他のメンバーに、双眸を傾けるが、誰も動こうとはしなかった。
おとなしく、静観していたのである。
(……助けろよ。……もう、いい。逃げよう)
僅かに、ビンセントが身体を動かす。
自分ですら、気づかないほどの動きだ。
それにもかかわらず、堂々としているリュートは、反応を見逃すこともない。
ビンセントよりも、早く、動いていた。
拘束の魔法をかけ、ビンセントの動きを、意図も簡単に封じていたのである。
「ブラーク」
「おいよ」
呼ばれたブラーク。
素早い動きで、拘束されているビンセントを、縄でグルグル巻きにしている。
声を上げようとするが、声が出ない。
リュートに続いて、クラインが、魔法で声が出ないようにしていたのだった。
手際のいい連係プレーだ。
剣術科のメンバーが、ただ、ただ、脱帽している。
それぞれが、何をするのか、言わなくっても理解しあっていたのだ。
「「「「「……」」」」」
リュートが不敵に笑っている。
「逃がすと思うのか? ビンセント」
「……」
ムッとした顔を覗かせている。
突然、拘束されたことに納得できていない。
ここまでされて、さすがのビンセントも、我に返り、抵抗し始めていた。
暴れだしても、ブラークが施した縄は、ビクともしない。
必死に、声を出そうとしているが、声すら出なかった。
剣術科の授業において、拘束された際の抜け出し方を試してみても、解くことができなかったのである。
容易に、諦めることなく、足掻くビンセントだった。
「悪いけど。学院を出るまで、魔法は解かないよ」
苦笑しているトリスだった。
学院で、諜報活動している者たちと、戦闘を繰り返し、彼らなりに、技術は向上していたのである。
ただの同年代を相手に、負ける要素がなかったのだ。
「……」
「騒がれるのは、面倒だからね」
勝手な都合に、訝しげるしかない。
(どうするつもりだ?)
ニンマリしているリュートに、トリスが顔を注いだ。
「リュート。質問ばかりで、僕たちが、何をするのか、説明していないよ」
「そうだった」
ポンと、手を叩く。
そして、視線の矛先を、困惑しているビンセントに戻したのだった。
「ビンセント。これから、みんなで、カブリート村に行くぞ」
「……」
突然の宣言に、瞬時に、言葉を飲み込めない。
徐々に、浸透していったのだ。
「なっ……」
「カブリート村で、隠されている秘密を、暴きに行くぞ」
やる気に満ちているリュート。
その周りで、トレーシーたちが、ガックリとうな垂れている。
(秘密って、何だよ。それに、何で、俺も、行くんだよ。行くんだったら、お前たちだけで、行けよ。関係ないだろう)
投げやりな眼差しを注いでいた。
もう一度、カブリート村に、引き返す気力がなかったのだ。
カブリート村で、一人で、探っていたビンセントは、何も掴むことができず、かなり落ち込んでいたのである。
行きたくないと言いたいのに、口を封じられているので抗議もできない。
だから、身体で使い、行きたくない旨を表しているのに、一切、リュートは受け付けていなかった。
「カブリート村の出なら、知っているな。近頃の異変に」
「……」
「絶対に、何か、隠している」
(何だよ。その自信は)
「カブリート村に、帰っていたんだろう?」
「……」
暴れていたビンセントが、動きを止めていた。
口角を上げているリュートだ。
「話は、後で、聞く」
(話すかよ)
「ハンナ」
突然、リュートから出てきた名に、ビンセントがフリーズしていた。
腕を組んで、漆黒の双眸を、戸惑っているビンセントに巡らせている。
「調べは、ついている」
勝ち誇ったような、リュートの表情だ。
ビンセントが戻ってこない間に、ビンセントに関する情報を、トリスたちが収集していた。
その収集力にも、ダンたちは目を見張っていたのだった。
えげつないほどに、ビンセントを追い込んでいく。
その姿に、剣術科のダンたちが引きつっていた。
そうした姿を垣間見ても、魔法科で、長年一緒にいたクラインたちは、平然とした顔を滲ませていたのだ。
「時折、手紙のやり取りをしているな」
「……」
「そこには、何か書いてあったはずだ」
「リュート」
ビンセントの脇に、立っていたブラークが、ハンナから貰った手紙を、いつの間にかビンセントから奪い取っていたのである。
鮮やかさに、絶句しているビンセント。
ブラークから、取り戻そうとするが、縛られている状態では、無情だった。
暴れるビンセントを放置し、ブラークが風の魔法を使い、手紙をリュートの元へ届けていた。
受け取ったリュートは、早速、手紙を読む。
トリスやカーチスが、手紙を見ているが、首を竦めていただけだった。
「詳細は、書かれていないが、何かあったことは、確かだな」
「……」
いつの間にか、ビンセントも動きを止めている。
「詳細は、行ってから、聞けばいい」
(おい。ハンナと、会うつもりなのか!)
喋られないので、半眼しているビンセントだ。
「ビンセント、安心してくれ。堂々と、会うつもりがないから。ちゃんと、二人の立場を理解しているから」
ビンセントを安心させようと、トリスが口を開いていた。
(……そこまで、知っているのかよ)
「一応、言っておくけど。ビンセントがいない間に、調べさせて貰ったから」
微笑んでいる、トリスだ。
勝手に自分のことを調べられて、嬉しい者などいない。
これ以上ないぐらいに、ビンセントが渋面になっていた。
「じゃ、行くぞ」
ひと際、声をあげ、先導していくリュート。
それに、追随している面々だ。
(もう、行くのかよ。それに、これを解けよ)
声にならぬ声で、訴えているビンセント。
ブラークに見張られている状態で、無理やりに動かされていたのである。
学院内を歩いている生徒たちに、ギョッとした顔をされるが、瞬く間に、視線をそらされていたのだった。
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