第167話
夜の保健室。
月明かりの下で、グリンシュとカテリーナと、学院に住む幽霊のフィーユが、楽しげに夜のお茶会を開催していた。
周囲には、小動物や精霊も、集まっていたのだ。
グリンシュが用意してあった、お菓子や綺麗な水を、小動物たちが食べている。
そうした光景を、グリンシュたちが眺めていたのだった。
昼間のような空気がない。
穏やかで、静かな空気だけが、流れていたのだった。
時折、三人で集まって、このような茶会をしていたのである。
「また、リュートたちは、楽しいことを、計画しているようだね」
愉快そうに、佇んでいるフィーユ。
リュートたちの様子を、少し離れた場所から窺っていた。
彼の前にも、当たり前のように、紅茶やお菓子を用意されていたのだ。
だが、幽霊と言うこともあり、食べることも、飲むこともできない。
互いに、雰囲気を、楽しんでいたのである。
「そのようですね」
ニッコリと、微笑んでいるカテリーナだ。
そして、ゆっくりとした仕草で、自前で用意したハーブティーを、口にしていた。
教師たちの中では、殺伐とした雰囲気を、最近、醸し出している者が多い。
ここには、一切、そうした空気がない。
静かな時間だけが、通り過ぎていった。
「グリンシュも、さすがに、今回は、行きたいのでは?」
意味ありげな双眸で、フィーユが、困った顔を覗かせているグリンシュを捉えている。
彼らは、長い時間を、一緒に過ごすことが多かったのだ。
だから、互いの性格を、把握していたのである。
ここ数十年、おとなしくしているグリンシュ。
以前の彼は、とても活発で、行動的でもあったのだった。
よく、学院を出て、学院周辺を探索していたのである。
「そうですね。本心から言えば、行きたいです。ですが、さすがに、ここにいないと」
「大丈夫だと、思いますよ」
コテンと、愛らしく首を傾げている。
「ダメですよ」
行くように促しているカテリーナを、グリンシュが窘めていた。
「そうですか」
「そうですよ。カテリーナ」
「でも、グリンシュが、数日いなくっても、何とかなると、思うのですが?」
学院に保健士は、グリンシュしかいない。
代わりの者が、学院にいなかったのだ。
「確かに。何も、なければですが?」
「考えても、しょうがないと思いますよ? カイルたちもいますし」
いつでも、どこでも、楽観的なカテリーナだった。
小さく笑っているグリンシュだ。
リュートやトリスたちから、コンロイ村の件を聞き、グリンシュなりに気にかけていたのである。
そのため、今回は、同行することを諦めていたのだ。
「そうですね」
カイルたちでは、頼りないと抱いていない。
戦力的に、十分だと、巡らせていたのだ。
だが、それでも、残る決断をしたのだった。
「でも、私も、同行したら、彼らの面白いことが、半減してしまうのではと思いまして、ここに残ることに、したんですよ。それに、いろいろと、調べることもありますし、意地になって、こちらに押し寄せてくる人たちも、いるかもしれませんし」
なんでもない風に、グリンシュが微笑んでいる。
「珍しく、真面目ですね」
目を丸くしているカテリーナだ。
「いつでも、真面目ですよ」
「そうでしたか?」
「歳を重ねて、落ち着きが出たんだよ」
二人の話を聞きながら、フィーユが笑っていた。
「そうでしたか」
「聞き捨てならない、言葉ですが?」
グリンシュの眼光が、フィーユを見つめている。
若い姿のグリンシュだが、彼はエルフで、かなりの年月を、学院で過ごしていたのだ。
「そうかな」
注がれても、惚けているフィーユだった。
息を吐く、グリンシュ。
カテリーナとフィーユが、楽しそうに、口角を上げている。
そして、徐に、グリンシュの双眸が、フィーユに巡らされていた。
「フィーユ。あなた自身で、何か、感じるものは、あるんですか?」
射抜くような、グリンシュの瞳。
二人の邪魔をしないように、静かに、お茶を嗜むカテリーナだ。
「そうだな……カブリート村のことで、上の人たちが、随分と、ピリピリしているぐらいしか……。でも、何となく、よくない気は、うっすらだけど、感じているよ」
感じていたことを、そのまま伝えていた。
暇なフィーユは、入ることも難しいところまで、入り込んでいたのだった。
そして、いろいろな話や、現場を見てきたのである。
「そうですか……」
集めた情報を下に、グリンシュが逡巡し始めている。
「この身では、カブリート村までは、行けないからね」
フィーユが、首を竦めていた。
幽霊であるフィーユが動ける範囲は、学院の敷地内だった。
いくら、学院内に村があるとは言え、そこまで動くことができない。
「残念ですね」
「本当だよ。せっかく、リュートたちの雄姿が、見られないなんて」
「その発言では、確実に、何かありそうでは、ないですか?」
「リュートが動いて、何もないってことは、ないと思うけど?」
ふふふと、フィーユが笑っている。
「ですね」
妖艶な笑みを、グリンシュが零していた。
「確かに」
「ところで、カテリーナ」
話を振られたカテリーナが、お茶を飲む手を止めている。
「何ですか? フィーユ」
「カイルは、大丈夫なの? ラジュールに、やり込められたようだけど?」
勿論、フィーユは、ラジュールに突撃された現場に、居合わせていたのだった。
「大丈夫です。あれくらいで、カイルは、へこみませんわ。すぐに、元気を取り戻りますよ」
信頼しきっている、カテリーナの眼光だ。
フィーユ自身も、大して心配はしていない。
ただ、時期を考えると、早く復帰にしてほしいと巡らせていたのだった。
「ラジュールも、随分と、荒療治するんだね」
「ですが、カイルの性格は、変わらないと思いますよ」
グリンシュが入り込んだ。
「だね。あの性格を変えるのは、ひと苦労しそう」
首を竦めている、フィーユだった。
「私としては、どちらでも、いいですよ。カイルは、カイルですから」
ニッコリと微笑んで、カテリーナが首を傾げている。
「心配するのは、いいけど。生徒の意欲も、多いにへし折る可能性だってあるのに、無茶したよね、ラジュールは」
苦笑しているフィーユ。
「ラジュールとしては、生徒よりも、カイルのことを、気にかけていましたからね。それに、リュートがいたと言うことも、大きいかもしれません。落ち込んでいる暇を与えないで、皆を、騒動に巻き込みますから」
なんでもない口振りで、グリンシュが、とんでもないことを口にしていた。
「そうですね」
同意している、カテリーナである。
「いいの、それで? 生徒たちが、大変な思いをするんだよ」
「「勉強ですよ」」
「それでも、教師なの?」
「はい」
「私は、保健士ですよ」
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