第166話
ユルガやソルジュが、滞在している宿屋の部屋。
二人以外に、ミントの姿もあったのだ。
「何で、いるんだ」
眉間にしわを寄せている、ソルジュだった。
部屋の外では、まだ、うるさい音が、二人の部屋にも、届いていたのである。
「別に、いいじゃない」
「……」
「そうですよ」
笑っているユルガ。
このところ、頻繁に、ユルガたちが滞在している宿屋に、ミントが出入りしていたのである。
ユルガとミントは意気投合し、知り合ってから、話に花を咲かせていたのだ。
そして、それを遠巻きに、ソルジュが眺めていた。
勿論、保健室の話が終わり、宿屋に戻る際に、二人と一緒に、当たり前のように、ミントもついてきたのだった。
そうした行為に、違和感しかないソルジュだ。
けれど、大したことではないとばかりに、ユルガが、楽しげにミントと話しながら、岐路についていたのだった。
そして、今日も、買い物を終え、戻ってきたら、すでに、ミントの姿が、自分たちが滞在している宿屋にあったのである。
ソルジュが、嘆息を零していた。
楽しげに話している二人を眺めながら、ソルジュが渋面になっている。
村にいた時から、ミントとは、顔見知りではあった。
だが、親しく話したことが、ほとんどなかった。
それと同時に、こうして、長く一緒に行動することも、全然、なかったのだった。
そのせいか、違和感や戸惑いしかない。
怪訝そうに眺めていたソルジュだったが、やることがあることに気づき、そそくさと、買ってきたもので、薬作りに入っていく。
薬を作るため、足りないものを買うため、外に出かけていたのだった。
部屋の外では、まだ、まだ、うるさい音が、鳴り止むことがない。
ますます、騒がしくなる一方だった。
こうした音に慣れているので、ソルジュは、すぐさまに、薬作りに没頭していく。
没頭していると、聞こえてくる音が、耳から耳へと流れていくように、次第に気にならなくなっていた。
それに、両親が店を営んで、兄弟も多いこともあり、こうした状況に、すぐに順応していたのだった。
不意に、ユルガとのお喋りをしていたミントだったが、ソルジュが、黙々と、薬作りに励んでいる姿を、双眸に捉えられていた。
薬作りに、真剣に向き合っている。
全然、周囲の雑音が、入っていないかのようだ。
「……大丈夫なの? あんなに、集中して。敵が襲い掛かっても、気がつかないんじゃないの?」
一心不乱で、薬作りに向き合っている姿。
ミントの瞳には、奇妙なものに、映っていたのだ。
これまで、ミント自身、ソルジュのように、何に対しても、向き合うことがなかったからだった。
「大丈夫ですよ」
ニッコリと、微笑んでいるユルガに、視線を巡らす。
「あの状態でも、周囲には、気を配っていますし、何となくですが、ちゃんと、流れてくる音なども、理解はしていますから」
「ホントに?」
首を傾げている、ミントだ。
ふと、好奇心をくすぐられ、物でも投げようかと、頭を掠めている。
席についている、ミントのテーブルの前には、ソルジュが用意した、飲み物が置かれていた。
「……」
なんだかんだ言いながらも、ソルジュは、ミントに飲み物やお菓子を、ちゃんと、用意していたのである。
高まっていた好奇心が、一気に霧散していった。
「反応ができても、戦闘は、ダメでしょう」
「そうですが」
苦笑している、ユルガだった。
旅をし続けているので、護身術程度は、できるものの、大きな戦闘となると、ダメだったのである。
勝ち誇ったような、ミントの顔。
「邪魔しないわよ」
「ありがとうございます」
ぺこりと、頭を下げていた。
「準備の方は、大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。いつでも、いけるわよ」
胸を張っている、ミントだった。
「さすがです。ところで、ミントは、カブリート村に、行ったことが、あるのですか?」
「あるわよ。面白味には、欠けているけど」
「そうなんですか……」
「でも、お兄ちゃんが、何かを感じたってことは、何か、あるのかもしれないわね」
「随分と、リュートを、買っているんですね」
「お兄ちゃんだし。それに、私よりも、勘は、上だし」
「そうなんですね。村の住人と、話したことは、あるんですか?」
リュートやミントにも、ユルガは興味を抱いていた。
けれど、今は、カブリート村に、重点を置いていたのだ。
「話したってことは、たぶん、新しい人たちなんでしょうね」
遊びに出かけた際のことを、ミントが思い返していた。
何度か訪ねて、それ以来、カブリート村のことは、頭の中から、薄くなっていたのである。
「では、無視されたこともあった?」
「あったわよ」
「観察されるようなことは?」
「あったわね」
「警戒は、されていた?」
「えぇ。他の村に比べると、根暗だなと、思っていたけど」
村に行った際のことを思い出しながら、ユルガの質問に答えていった。
「近くに、気になるものとは、なかったですか?」
「気になるもの?」
眉間にしわを寄せつつ、深く、記憶を探っていく。
食い入るように、ユルガが見つめていたのだ。
「何でも、いいですよ。ミントが感じて、変だなって、思ったことを、そのまま、教えてください」
「そうね……。随分と、森を、手入れをしているなって」
「森、ですか?」
僅かに、目を見張っているユルガ。
「うん。森を、綺麗に清掃したりしていたわよ」
「清掃ですか……」
「うん」
ある程度、薬作りに、メドがついたソルジュ。
ふうと、息を吐いている。
意識を近くの二人に移していると、未だに、お喋りが続いていた。
(……聞き込みを、されているな)
薬作りに励みながらも、二人の話は、頭の中に入っていたのである。
勿論、ソルジュの手は、止まっていない。
視線の先も、目の前の薬に注がれていた。
(森で、清掃している住人……。ない訳ではないが、何か、あるのかもな)
木の実などを収穫するために、村人たちが、森の中を綺麗にする光景は、何度も見かけていたのである。
ただ、清掃していると表現したミントの言葉に、ユルガも、ソルジュも、違和感を憶えていたのだった。
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