第163話
ビンセントが、学院に戻ってこなかった。
話を聞くことを諦め、リュートは、寮の部屋に戻ってきていた。
部屋には、住人のトリスがいて、ブラークとキムも、顔を出している。
保健室の集まりの後から、カーチスは、カレンと、どこかへ、消えてしまっていた。
もう一人の住人であるクライン。
未だに、別行動から、戻ってこない。
日常的なこともあり、誰も、気にならなかった。
それと同時に、自分たちも、好き勝手に動き回っているので、後で、伝えておけばいいと、安易に巡らせていたのである。
リュートの集合が掛かったからと言って、彼らが、慌てふためくことがない。
詳細な打ち合わせがなくっても、あうんの呼吸で、合わせることもできた。
非常に、慣れていたのである。
とんでもない、リュートの突拍子もない行動にも。
ミントやセナ、ソルジュたちも、暗くなっていたので、それぞれの部屋に戻っていったのだった。
部屋の中にあるお菓子を、おいしそうに頬張っているリュート。
常に、部屋の中にも、お菓子や飲み物が、常備されていたのだ。
そして、それらのものを、絶やすことをしない。
少なくなれば、気づいた誰かが、補充していたのである。
「結局、戻ってこなかったな」
トリスが呟いていた。
大して、がっくりした様子もない。
悠然と、誰も、構えていていたのだった。
詳細な話を聞こうと、カブリート村の出身のビンセントが、帰って来るのを待っていたのだ。
けれど、待っていても、帰ってこなかったので、その場は、お開きとなったのである。
「もしかすると、当分は、帰ってこない可能性もあるな」
何気にブラークが、口を開いていた。
「可能性は、否定できないな」
同意するトリス。
キムが話を聞きながら、お菓子を摘んでいた。
「戻ってこないなら、それでも、構わない。もう、行くことは、決まっているからな」
ブレない、リュートの姿勢。
そして、キム同様に、お菓子を食べている。
中止にする選択が、リュートの中に、存在していなかった。
三人が、首を竦めている。
ここまで来て、反対を口にする者はいない。
誰も止められないと、流れに身を任せていたのだった。
「他の村では、どんなことに、なっているんだ?」
保健室に来なかったブラークやキムに、トリスが双眸を注いでいた。
「芳しくないな。状況は、以前よりも、悪くなっている」
「評判は、悪いよ。また、学院の上から、苦情がいくんじゃないの」
どこか、他人事のような、キムの声音だ。
保健室に来ないで、二人は、いつものように、村に遊びに出かけていたのである。
いろいろと、話を聞いたことを、リュートたちに伝えていた。
「完全に、拒絶しているみたいだな」
「カブリート村にいても、他の村に、引き払ってくる者たちも、多いみたいだよ」
「衝突も、日に日に増えてみるみたいだしな」
「揉めることは、避けられないみたいだな」
カブリート村に移住してきた村人たちのことを、トリスが気遣っていた。
何人か、顔見知りがいたからだった。
そして、何度か、そうした場面と、遭遇してきたからだ。
「どうなることやら」
突き放したような、ブラーク。
ブラークやキムは、リュートたちより、カブリート村に足を運んだ回数は、多い。
そうして、いろいろな状況を、目にしてきたのである。
どのような環境においても、自分たちのスタイルを崩すことない。
カブリート村においても、様々な女の子に、ブラークたちは、声を掛け捲っていたのだった。
勿論、昔ながらの村人の娘でも。
「カレンやアニスが、準備に、二日ほしいって言っていたから、出発するのは、その後だと思っていてくれ」
進行していく、トリスだ。
「「了解」」
「ちなみに、ブラークたちは、何かある?」
「そうだな……」
考え込むブラークに対し、キムが、トリスに頼み込んでくる。
「トリス。薬草、頼める?」
「わかった」
「じゃ、お願い」
「俺は、別に、大丈夫だな」
「そうか」
三人で話し込んでいる間、邪魔しないで、リュートは、ケーキを食べていた。
「な」
食べていたリュートが、ブラークとキムに、顔を巡らせていた。
口の周りに、クリームやお菓子のカスがついている。
しょうがないやつと、持っているハンカチで、トリスが、口の周りを拭いてあげていたのだ。
「何だ、リュート」
小さく笑っているブラーク。
「カブリート村は、どうなっている?」
最も、気になることを口に出していた。
行くにしても、様子をある程度、聞いておきたかったのだ。
このところ、リュートは、カブリート村に顔を出していない。
だから、カブリート村の様子を、全然、知らなかったのだった。
「二つの勢力が、ぶつかる寸前だな。下手したら、ちょっとしたことで、爆発する可能性は、多いにある」
カブリート村のことを思い出しながら、ブラークが説明していた。
「……そうか」
「村長たちは、元冒険者を抱えているのに、どうして、あーいう態度をし続けるのか、長老たちは」
理解不能なトリスである。
カブリート村の移住している者のほとんどが、元冒険者で、屈強な者たちが揃っていたのだった。
「確かに、向こうには、実戦経験が高い者もいるが、長老たち側も、長年あそこで、村を守ってきた者たちがいる。それに、地の利を活かすなら、長老たちの方が、有利だろうな。何せ、村長たちよりも、カブリート村のことを、熟知しているはずだからな」
リュートの中で、長老側の評価が高かった。
トリスたちも、甘く見ている訳ではない。
互いの力は、均衡していると見ていたのだった。
「確かに。リュートの言う通りだな。俺たちですら、知らない場所があるだろうし……」
納得顔を示す、ブラークだった。
キムの視線の矛先が、逡巡しているトリスに注がれている。
「トリスは、どう思うのさ。行っているんだろう?」
「さすがに、カブリート村は、そんなに行っていないし、罠だって、仕掛けていない。あそこは、少し離れているからな」
四つある村の中で、離れた場所にあったのだ。
「そうか……」
「いっている回数で言えば、俺たちの方が、多いか」
「そうなるね」
「で、ブラークやキムの目からして、面白そうなところが、なかったのか?」
リュートの双眸が、ブラークやキムに巡らせている。
「最近か?」
「そう。最近だ」
漆黒の瞳には、ブラークの顔が映っていた。
「……いくつかあったな。そして、長老たち側で行くと、ある程度は、絞れる。三つにな」
不敵な笑みを、ブラークが零していたのだった。
女の子ばかり、声をかけていた訳ではない。
ちゃんと、周囲の様子も、窺っていたのである。
「三つか……」
「ハズレの可能性も、あるからね」
トリスが突っ込んだ。
「トリス……」
苦々しい形相を、ブラークが滲ませている。
「固定することなく、柔軟に動くべきって、言っているだけだよ」
ニコッと、口角を上げているトリスだった。
「トリスの言う通りだ」
リュート自身も、ブラークの話を、すべて鵜呑みにしている訳ではない。
考える材料の一つとして、聞いていたものだ。
「わかっている」
やや不貞腐れていた。
「それに、今回は、人数も多い」
むにゅむにゅと、口元が緩んでいるリュート。
その仕草だけで、今回のことを、楽しんでいることは、誰の目からしても、明らかだった。
「確かに、多いけど、剣術科は、大丈夫なのか?」
顰めっ面な、ブラークである。
手応えがなかった剣術科を、掠めていたのだ。
足手まといにならないかと。
「どうだろう」
トリスが、首を竦めていた。
それに対し、ブラークとキムが、ジト目になっている。
「なるように、なるだろう」
突き放したような言い方に、さらに、深くなっていった。
「バドは、どうするの? 連れて行くの?」
不安そうなキム。
バドがいれば、かなりの戦力になるが、面倒ごとも、一気に増える可能性も拭えなかったからだった。
「まだ、声をかけていない。声をかけてくるか」
「リュート」
立ち上がろうとするリュートを、咄嗟に、トリスが腕を引っ張って止めた。
「んっ」
「バドは、今回は、外した方がいい」
「メチャクチャになる」
「別に、いいだろう? その方が、面白いだろう?」
「腕を試したくって、暴れたいんだろう? バドがいたのでは、暴れられないぞ」
まっすぐに、リュートを捉えている、トリスの眼光。
「……」
眉を寄せ、逡巡しているリュートだ。
トリスに向かって、ニコッと、口角を上げているブラークとキムだった。
「……そうだな」
「なら、今回の件に、バドは呼ばない。それで、いいな」
「ああ」
カブリート村の件から、最近の話に移り、クラインが部屋に戻ってくる間に、部屋あったお菓子は、ほぼ、なくなりかけていたのである。
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