第162話
授業を終え、放課後、リュートたちは、保健室に集まっていたのだ。
近頃は、何かあるごとに、寮の部屋ではなく、保健室で集まることが多くなっていたのである。
保健室の主であるグリンシュも、いやな顔一つしない。
むしろ、使われることに、嬉しそうな顔を覗かせていたのだ。
保健室には、グリンシュ、リュート、トリス、セナ、ミント、アニス、カーチス、カレン、ユルガ、ソルジュがいた。
他のメンバーは、後で話を聞くことに、なっていたのだった。
カーチスやカレンは、リュートから召集が掛かり、迷惑そうな顔を滲ませている。それと同時に、リュートの召集に、逃げられないことも察し、ほぼ、諦めモードにも入っていたのだ。
今回の召集において、リュートは、幾人の者に声をかけていた。
魔法科では、ブラーク、キム、クラインで、剣術科では、ダン、パウロ、ローゼル、ビンセントと一緒の班である、五班だった。
ビンセントの班ではある、五班のメンバーは、最初、断ってきたが、リュートが有無を言わさず、無理やりに参加を決めてしまったのである。
その強硬手段を見ていたダンたちが、呆れていた。
勿論、不在であるビンセントは、強制参加となっている。
大人数と言うこともあり、保健室は、いつもよりも賑やかだ。
グリンシュ手作りのお菓子を、満喫しているリュートとミント。
集合をかけたはずなのに、リュートはその場を仕切らない。
ただ、食べていたのである。
テーブルには、いつもの何倍もの量のお菓子などが、並べられていたのだった。
勝手に、カブリート村に行くことを、決めてしまったリュートに、セナが、ついついジト目になっていたのである。
慣れているトリスたちは、お菓子を味わっていた。
居た堪れないソルジュとは違い、ユルガは、完全に、その場に順応していたのだった。
お菓子に夢中なリュート。
成り代わり、トリスが、事の次第を説明していたのだ。
発起人であるリュートはお構いなしに、見事な食べっぷりを披露している。
トリスが説明することに、誰一人として文句がない。
逆に、進めて貰って、よかったと、巡らせていたのだった。
「面白い話ですね。私たちも、カブリート村のことは、聞いていて、以前から、興味があったんです」
学院に滞在している間に、冒険者や観光客、他の村の住人などから、いろいろとカブリート村の話を聞き込み、いずれ調査に入りたいと、ユルガたちは抱いていたのである。
その絶好のチャンス。
ユルガの瞳が、爛々と輝いていた。
黙って聞いていたソルジュも、好奇心溢れる双眸を注いでいたのだった。
ただ、みんなで行くと言うことに、若干の不安などが滲んでいる。
「……人数、多くないか」
眉間にしわを寄せているソルジュ。
人数の多さに、閉鎖的な村人たちが、さらに殻を被って、入ることができないのではないかと、不安が浮かび上がっていたのだった。
「その点は、大丈夫だ」
自信に満ちたトリスの言葉。
胡乱げな眼差しを、ソルジュが窺わせている。
閉鎖的な村が、意固地になっていく現場を、これまで何度も見てきたからだった。
セナやアニスも、同じような点を気にしていた。
「昔に、何度も、いっているからな」
「……追い出されなかったのかよ」
渋面になっているソルジュが、突っ込んだ。
「したけど。俺たちが、従ったと思うのか?」
ニンマリと、微笑んでいるトリスだ。
(((していないな)))
「彼らは、俺たちのことを見ても、無視するだけだ」
「「「……」」」
「それに、移住組に、知り合いもいるし、何とかなるだろう」
楽観的なトリスたち。
((それでいいの))
「相変わらず……」
盛大な嘆息を、ソルジュが吐いていた。
「出たところ、勝負だろう」
安易な返答に、セナとアニスが絶句している。
ようやく、満足するまで食べたリュート。
やっと、顔を上げた。
そして、ハーブティーを飲んで、楽しそうなグリンシュに顔を傾けている。
「な。グリンシュは、来るか?」
どこまでの場の空気を読まず、思うがまま、自分勝手に進んでいった。
「興味はありますが、私も、いろいろと、忙しいので」
「そうか。それは、残念だ」
あっさりと引いた姿勢に、何とも言えない顔を、セナが覗かせていたのだ。
抵抗をみせるローゼルたちや、五班のメンバーたちのことは、無理矢理に参加を決めさせたのに、グリンシュだけは、あっさりと、受け入れていることに、納得できないものを憶えていたのだった。
「後のことを、頼んでも、いいか」
「いいですよ」
「じゃ、頼む」
「はい。承りました」
グリンシュから、視線の先を、みんなに巡らせている。
ミントは食べながら、耳を傾けている状態だ。
そんな姿に、ソルジュがいい加減、真面目に話を聞けと、怪訝な顔を浮かべていたのだった。
気づいているにもかかわらず、兄リュート同様に、ミントが空気を読まない。
好きなお菓子を、堪能していたのである。
「いつにする?」
淡々と、リュートが話を進めていく。
「準備も要るし、最低でも、二日は、ほしいな」
逡巡しながら、トリスが口に出していた。
「私たちは、いつでも、いいですよ」
余裕の笑みを、ユルガが零していたのだ。
旅慣れていることもあり、いつでも、どのような対応も取れる準備は、常に行っていたのである。
「私も、大丈夫だと思います」
アニスが、笑顔を覗かせていた。
「私も、二日はほしい」
いろいろと、準備するものを頭に描きながら、カレンが答えていたのである。
久しぶりにリュートたちと、行動を共にすることもなり、いろいろと揃えるものが、カレンなりにあったのだ。
「わかった。ビンセントが帰ってから、最終的に、いく日を決定するか」
リュートの意見に、同意している面々だった。
「セナ。剣術科のメンバーの準備のサポート、頼めるか?」
トリスが、疲れた顔をしているセナに、視線を巡らせながら尋ねていた。
リュートが、当てにならないことを、理解していたからだ。
渋々と言った顔を、滲ませているセナ。
「わかった」
「頼んだ。何があるか、わからないからな」
「そうね……」
面倒を見ることは、いやではなかった。
だが、不意に、準備不足だった、以前の自分の姿を思い出していたのだった。
カレンの隣にいるカーチスは、いつもより、無口だ。
そのことに、カレン以外、気づいていない。
時々、気遣う眼光を、注いでいたのである。
カブリート村の話になると、以前から、カーチスが、おとなしくなる傾向があったのだ。
だから、誰も、気にしていない。
いつものことだと巡らせ、放置している。
閉鎖的なカブリート村に関しては、派手さがないから、興味があまりないのだろうと、リュートたちは単純に抱き、深く考えていなかったのだった。
「それにしても、ますます、カブリート村と言うところには、興味が湧きますね」
前から、カブリート村の探索することに、ユルガは、ワクワク感を憶えていたのだった。
わからないことを知る喜びや、仮説を証明できる喜びに、ユルガは一人酔いしれていたのだ。
「どうしてだ?」
首を傾げているリュート。
「ここ数年で、閉鎖的になった訳では、ないんですよね」
「ああ。確か、学院ができる前からって、聞いているぞ」
「経験から、言わせて貰えれば、閉鎖的な村は、何か、秘密を抱えていることが、多いんですよ」
その秘密を知りたいと、ユルガやソルジュが、抱いていたのである。
閉鎖的と耳にし、二人は、何か重要な秘密を、抱えていると、踏んでいたのだった。
「秘密?」
好奇心が、擽られるワード。
爛々と、リュートの漆黒の瞳が、光っている。
「えぇ。どう思いますか? グリンシュは?」
みんなの話を聞いていたグリンシュに、満面な笑顔でユルガが注いでいた。
「私も、そう考えます。ただ、あの村は、口が堅いですから」
苦笑を、グリンシュが浮かべていた。
「そんなに?」
「そんなにです。私にも、彼らを落とすのは、無理でした。一応、保健士と言う仕事もあり、ずっと、かかわることも、できませんでしたからね」
意外そうな顔を、ユルガが滲ませていた。
彼の中で、何らかの情報を、持っているものと巡らせていたのだ。
(グリンシュでも、落とせない村なのか……。これは、楽しみですね)
ますます、ワクワク感が、止まらなくなっているユルガ。
そして、もう一人、リュートの胸も高鳴っていた。
そんな二人に、グリンシュが、小さく笑っている。
閉鎖的な村があり、興味を憶えない、グリンシュではない。
学院で、働くようになってから、カブリート村に関しては、彼なりに探っていたのである。
だが、村人の口は重く、仕事もあるグリンシュは、長く滞在できる訳もない。
定期的に、何度も、通っていたが、次第に、興味が薄れていき、ここ数十年は、すっかり、カブリート村に、足を向けることもなくなっていたのだった。
カブリート村よりも、学院での出来事の方が、面白くなっていたのである。
厳しいのかと、闘志を燃やしているユルガの姿があった。
「リュートは、どう感じましたか?」
楽しそうに、グリンシュが矛先を向けた。
「昔は、それほど、感じていなかったが。今は、臭う感じがする」
素直に応じる、リュートだった。
カブリート村に、何度か、足を運んでいたのであるリュートたちは。
当時は、カブリート村にある珍しい薬草や、魔物にしか、興味がなかったので、村について、深く考えることをしていなかったのだ。
だが、今回は、リュートの琴線に、触れていた。
だから、心が赴くままに、カブリート村に行くことを、決めたのである。
「胡散臭いですか?」
「ああ」
「何かある。面白そうな予感がする」
リュートが、不敵に笑っていた。
「面白そうですか……」
首を傾げている、グリンシュ。
「うん」
口角を上げている、リュートである。
「では、楽しんで、来てください。後で、話を聞くのを、楽しみにしています」
「楽しみにしていろ」
大きく、リュートが胸を張っていた。
そんなリュートの姿に、トリスが、首を竦めていたのだ。
煽るグリンシュ。
眉間にしわが多くなっているセナだった。
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