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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
始まりは突然に
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第17話

 チェスターとマドルカが酒場〈底なし沼〉に入るのを見かけた次の日。

 リュートはトリスやセナと共に、グリンシュからティータイムに呼ばれ、日課になりつつあった保健室でまったりとした時間を過ごしていた。


 来ない日はないと言っていいほど、いつの間にか三人は毎日のように、保健室に足を延ばしていたのである。

 恒例となっている手作りのお菓子を三人は堪能していた。

 焼き菓子を食べながらリュートが、二人を見かけた話を聞かせる。

 驚くセナに対し、トリスは大して驚いた素振りをみせない。


「それはたぶん、マドルカに相談していたのでしょう」

 香りが立つハーブティーを淹れながら、グリンシュが口にした。

「相談? でも、あいつ楽しそうだった」

 率直な意見をリュートが漏らした。


「だからです」

 断言するグリンシュに、首を傾げるしかない。

 深刻そうな話をしている雰囲気が、一切なかったと昨日の光景を振り返ってみる。

 浮かれているチェスターに、ムカついたことを思い出し、見る見るうちに眉間に濃いしわができ上がった。


 素直に喜怒哀楽を表現する姿に、優しい微笑みを覗かせる。

「浮かれていたぞ。ムカつくほどに」

 誰もがリュートの表情を把握していたが、あえてそのことには突っ込まない。

 触れたら、辛辣にチェスターへの悪態が始まるからだ。


 面倒だと思い、黙って口を閉ざしていたのである。

 トリスとセナの二人は話を脱線したくなかったのだ。

 グリンシュはどちらでもよかったので、今回は二人のことを思い噤んであげた。


 話す口の周りに焼き菓子のカスがたくさんくっついている。

 保護者のトリスがそれを口に出さずに、自分の口を指し示して教えた。

 無造作にカスを拭おうとする。

「あ、うん」

「ダメだ」


 制服の袖で拭おうとしているリュートに突っ込み、口を尖らせながらナプキンを探していると、グリンシュが持っていた綺麗なナプキンでリュートの口の周りを拭いてあげた。

 まるで幼い子供にしてあげるような仕草だ。

 リュートの方も幼い子供扱いされていることに気づかない。

 素直になすがままにされている。


「きっと、ナルの話でもしていたのでしょう」

「ナル?」

「近頃、よく〈宝瓶宮〉に行くそうですから」

 何だと?と聞いたことのない名前に首を傾げていた。

 リュート以外は、グリンシュの言葉でピンと来ていた。

 そういうことかと二人が頷いている。


「誰? そいつ」

 尋ねると、トリスが代わりに説明してくれる。

「リザイア村に住んでいる人だ。ボランティアで〈宝瓶宮〉にいる」


 掻い摘んでトリスが、生徒たちの中で広がっているチェスターの恋の相手の話をする。それに校舎の窓からチェスターとナルが話していた現場を見かけた話も付け加え、ようやくぼんやりとナルの顔を思い出したのだった。

 チェスターばかり気になって、ナルの顔をよく見ていなかったのである。


「そう言えばいたな……」

「ちゃんと見ていなかったのか?」

「……」

「あっちばかり気にしているからだろう」

 返す言葉もない。


「もう一度、見に行くか?」

「……微かに憶えてる。必要ない」


(笑っている顔なんて、見たくない。ムカつくだけだ)


「呆れた」

 剥れているリュートに、セナが小さな子供の姿と重ね合わせていた。


 チェスターの恋の話は魔法科だけではなく、無関係な剣術科まで飛び火していたのである。魔法科と剣術科の間に隔たりがあり、互いの話が広まることが少なかった。けれど、リュートが魔法科から剣術科へ転科して以来、それぞれの話が行き渡るようになって、少しずつではあるが交流もでき始めていたのだった。


「恋ね……」

「知らなかったの?」

「悪かったな」

 ムッとしながら、リュートが吐き捨てた。


「かなり噂になっているわよ。こっちまで届いてくるんだから」

 チェスターの恋の話をまだ知らなかったリュートに意外と言う顔をみせる。

 こだわっているぐらいだから、この話をすでに知っているものだと思い込んでいたのである。


「知らないものは知らない」

「変なところで威張らないで」

「威張っていない。事実を言っているだけだ」

「その態度が威張っているって言っているのよ」

 うるさいとプイッとそっぽを向いた。


 知っているものばかりと思っていたから、すでに噂を聞いて知っていたセナが、あえてリュートに話さなかったのだ。

 チェスターの話をすれば、何か騒動が起きるのが身をもって知っていたからである。


「人の話を聞く努力もしなさいよ」

 無視を決め込む姿に呆れている。

「これじゃ、やっていけないわよ」

 単純にアドバイスをしていることに気づかずに、バカにされたと抱いて不貞腐れている。


「しょうがないだろう、事実なんだから」

 あっさりと幼馴染を捨てて、セナの側につく。

 リュートの疎さに保護者担当のトリスは危惧していたのである。

 セナ側に廻ったトリスに瞠目した。

「……」


「意固地はよくない」

「セナの味方に、いつなった?」

 剥れているリュートにやれやれと頭を掻いた。

「味方とか、そういうつもりはない」

「……」

 じっとトリスの顔を窺っている。


「大丈夫ですよ、焦らなくとも。それに情報通のトリスがいるではないですか」

「そうだな。トリスがいる」


(バカ。いつまでも人を当てにしないで、少しぐらい、自分で情報集めぐらいしろ)


 楽観的なリュートの思考に、保健室で仮眠していたカイルが、カーテンから顔を出して苦言を呈する。

「バーカ。いつまで経っても、それじゃリーブに勝てんぞ」

「「「カイル先生」」」

 三人ともいるとは思っていなかったのだ。


 閉まっていたカーテンの中に生徒が眠っていると思っていたのである。

 三人が訪ねてくる前より、カイルが保健室のベッドで仮眠を取っていた。


「ぐっすり眠れましたか?」

 驚く三人をよそに、カーテンを開けるカイルに話しかけた。

「ああ。助かった」

「いいえ。いつでも言ってください、空いていますから」

「何で、ここで寝ているんですか?」

 セナが声をかけた。


 寝癖だらけの黒髪を無造作に掻き毟る。

 さらに黒髪が酷い状態だ。


「寝る暇がなかったんだ、ちょっとした野暮用でな。それより、大丈夫なのか? 自主トレしなくても?」

「「「え!」」」

 三人が稽古し、身体を磨いていることを把握していたのである。

「知っていたんですか……」

 落胆の表情が隠せないセナ。


 稽古していることを隠し、他の人たちをあっと驚かせようと試みていたのだった。

 その目論見がばれていて、沈んでいるセナに、しまったと言う顔を覗かせるカイル。

 まずったなとポリポリと頭を掻く。


「一応、お前たちの担任なんでな」

「先生でしたね」

 ケロッとした表情で、トリスが突っ込む。

 今の寝起きの格好を見れば、到底教師に見えない。

 現状の格好をそれなりに認識しているカイル。


「一応な」

「いい先生ですよ。カイル先生は」

 グリンシュが微笑みを漏らしている。

「むず痒いな」

 グリンシュの言葉を聞き、気味悪く表情を覗かせながら、身体を掻いていく。

 不意に視線の矛先をまだ落ち込んでいるセナに移した。


「ところで、無理するなよ、セナ」

「……はい」

 カラ元気を窺わせるセナから、リュートとトリスに視線を傾ける。

「お前たちは無理するぐらいが、ちょうどいいかもしれない」

「どういう意味だ、カイル先生」

 ブスッとした顔で、リュートが尋ねた。


「今までしっかり怠けていただろうから」

「怠けた憶えはない」

 堂々と胸を張っている姿に対し、トリスはしっかりと自覚があるので誤魔化すように笑うのみだ。

 悪いことはしていないと自信溢れる姿とは違い、手を抜いていたと言う自覚もきちんと持っていたのである。


 熟知している授業を聞くことに理不尽だと感じていたので、授業を抜け出し、森や村に遊びに行っていた。トリスもそれほど勉強に力を入れることがなく、リュートと一緒になって抜け出したり、無断で学院の敷地内から出たりしていたのだった。


 魔法科での二人の成績はリュートが常にトップで、トリスは上位の中段から下段の辺りを行ったり来たりしていた。幼い時からリュートの隣にいたトリスは、自然と魔法が身についで行き、それなりに魔法を理解していったのだ。


「トリスには少しばかり自覚がるようだな」

「ま、それなりですけど」

「それなりか」

「えぇ」


 やれやれと首を竦めながら、カイルがリュートだけを視界に捉える。

「いろいろなことに対して自覚を持て。俺からはそれだけだ」

 眉を潜めているリュートに言葉を残し、すっきりと目覚めていないままにカイルが保健室を後にした。


 セナとトリスは、当面リュートに自覚を持たせるのは無理だろうと言う見解を抱く。

「どういうことだ」

 ムッとしているリュートは首を傾げながら、保健室のドアを睨んでいた。



読んでいただき、ありがとうございます。

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