第161話
カブリート村を、見回っているアセン。
冒険者を辞めて、カブリート村の出身の妻と結婚し、カブリート村での警備の仕事についてからの、日課になっていたのである。
昔ながらの村人に、冷たい視線を巡らされても、仕事を放り出す真似をしない。
真面目に、続けていたのだ。
中には、放り出している者もいた。
だが、アセン自身、そうした者たちに、注意することもない。
そいつらの言い分は、理解できたからだ。
「今日は、問題もなさそうだな」
このところ、小さないざこざが頻発し、警備する者たちは、注意深く、村の中を見回っていたのである。
久しぶりに、何も起きないことに安堵しつつも、不安だけは拭えていない。
いつ、何が起こるのか、わからないからだった。
昔ながらの村人たちは、いつも以上に、おかしく、神経質になっていた。
理由については、皆目、見当もつかないが、いつもに増して、移住してきた村人を敬遠し、邪魔者扱いをしていたのである。
(何なんだ……)
僅かに、訝しげな顔を滲ませていた。
一人で、見回っていることもあり、誰も指摘しない。
村人とも距離があったので、気づかれる様子もなかった。
冒険者としての勘もあり、長年、カブリート村を見守っているからこそ、昔ながらの村人が、何か、しようとしているのではないかと、胸騒ぎを憶えていたのである。
だから、いつもよりも、昔ながらの村人が住むエリアを、念入りに見回りしていたのだった。
「アセン。ちょっといいか?」
昔ながらの村人が、住んでいるエリアを抜けたところで、村長が声をかけてきた。
まだ、五十代前半のはずなのに、このところの疲労で、年齢よりも、老けて見えていたのである。
あまりに、肩を落としている様子に、アセンの眉が、下がり気味だ。
「村長。長老たちのことか?」
「ああ」
困ったなと言う顔を、覗かせている。
アセンも、長老たちのことは、苦手としていたのだった。
そして、村長が、何を頼みたいのかを。
並んで、二人が、歩いている。
誰も、気に止める様子もなかった。
カブリート村で、それなりに昔ながらの村人と、アセンは、細い糸だが、繋がりがあったのだ。
冷たくあしらわれても、アセンは根気よく、相手との距離を見つつ、コミュニケーションを図っていたおかげで、昔ながらの村人の中には、アセンの言葉に、耳を傾ける者が、多少はいたのである。
そのため、ことあるごとに、昔ながらの村人絡みの件を、頼まれることが多かったのだった。
「言っておくが、長老たちは、俺の言葉は、通じないぞ」
「……わかっているが……」
諦めきれない眼光。
そして、嘆息を漏らしていた。
「無理だ」
「ダメか?」
村長の縋るような視線。
「ダメだろうな」
「……そうか」
落胆の色が、深くなっていく。
「悪いな」
「……」
「まったく、ダメなのか?」
弱々しい村長の声音だ。
気遣うような視線を、アセンが注いでいる。
「まったくだ。これまで以上に、頑なだ。近頃は、会うこともできない」
様子がおかしくなった頃から、それとなく、アセンなりに、昔ながらの村人や長老たちのことを、探っていたのだ。
結果としては、ガードが固く、惨敗だった。
「それは……」
顔を歪めている村長だ。
気の毒なと言う顔を、アセンが、覗かせていた。
村長は、村人だけではなく、学院側や、冒険者たちからも、どうにかしろと言われ、非常に、心労が絶えない立場だった。
そうしたことを理解しているアセンは、幾度か、気晴らしに酒場に誘って、愚痴などを聞いてあげていたのだ。
「何か、聞いていないか? 何でもいいから」
藁にでも、縋るような村長である。
「口が堅くなっている」
「……」
「たぶん。長老たちから、緘口令が、敷かれているんだろうな」
「そうか……。な、アセン、細い糸口から、探ることは、できないか? 少しでも、いいんだが?」
「どうだろうな」
思案を巡らせているアセン。
(探っても、ダメだったからな……。でも、やるしかないか……)
「学院からは、どうにかしろって、言われているんだ。これ以上、続くなら……」
険しくなっている、村長の形相だ。
「そんなに、酷い状況になっているのか?」
目を丸くしているアセン。
そこまで酷いとは、思っていなかった。
「各国の諜報員のことでも、頭を痛めているところに、長老たちのことも、加わっているからな」
「そうか。慌ただしくなっているからな」
このところ、諜報員のことで、カブリート村でも、何度か、借り出されていた。
長老たちのことに加え、このところ、諜報員のことでも、仕事が増え、何かと忙しい日々を、村長やアセンたちは送っていたのである。
「とにかく、長老たちには、これ以上の問題を、起こして貰いたくない」
「わかった。できるだけ、探ってみる。ただ、当てにはするな」
「すまん。アセン」
いろいろと、厄介ごとを持ち込んで、すまなそうな顔を滲ませている。
「いいさ」
「ところで、ビンセントが、帰ってきたみたいだな」
暗い話から、別な話に、村長が変えた。
「ビンセントが?」
微かに驚く、アセンだった。
仕事に邁進していて、気づいていなかったのだ。
「ああ。姿を見かけたぞ」
「友達と、会っているんだろう。このところ、あいつ、うちに帰ってこない」
「反抗期か」
「さぁな。帰ってきても、うちに、立ち寄るか、どうか」
やれやれと、首を竦めている。
「会ったら、家に行くように、伝えるか?」
「いいさ。帰りたくなかったら、帰ってくるだろう」
「そうか」
「ああ」
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