第160話
ビンセントは、密かに、カブリート村に帰ってきていた。
一見、長閑な村しか、見えない。
他の村に比べ、通りに出ている人が少なかった。
都から、物凄く離れた村のような雰囲気を、醸し出している。
だが、ここは、賑やかな学院内にある村の一つだった。
迷いもなく、歩みを進めていく。
生まれ育った村で、知らないところなんて、ほぼない。
村人たちは、それぞれの仕事に、励んでいた。
けれど、よくよく見ると、二つの種類の村人に、しっかりと、区分されていたのである。
変わらない村の様子に、小さく、呆れ顔を覗かせていた。
(いつ、帰ってきても、同じだな)
カブリート村は、二分している村だった。
新たに、移住してきた村人同士は、和気藹々と、語らったりしている光景が、見られるが、昔からの村人たちは、移住してきた村人と、決して、交わろうとしない。
移住してきた村人が、少しでも、話しかけようとすると、瞬く間に、離れていくのだった。
だから、いつの間にか、距離を詰めようとしていた村人たちも、少なくなり、昔ながらの村人と、親交を深めなくなっていた。
いつまでたっても、昔ながらの村人たちは、移住してきた村人のことを、よそ者扱いをし、遠ざける傾向があったのだ。
四世代も、続けている古い家でも、よそ者として、扱われていたのである。
そのため、そうした昔からの村人に嫌気がさし、村から出て行く者も、多かった。
カブリート村には、昔からの村人を、束ねている長老たちがいて、昔ながらの村人に力を示していたのだ。
移住してきた村人たちを、束ねているのが、村長だった。
カブリート村は、他の村とは違い、ちぐはぐしていたのである。
学院側としても、言いたいことがない訳ではない。
だが、学院ができる前からある村と言うこともあり、何かと、見ない振りをしてきたのだった。
問題が起こるたび、村長が、長老たちに掛け合っても、昔ながらの村人たちは、長老たちに従順で、村長に従うことがない。
村として、危うく、細くなっていた均衡が、切れ掛かっていたのである。
大きな争いがないが、常に、小さないざこざが、長年、あったのだ。
学院から、帰省しても、馴染みの村人たちは、簡単な挨拶をするだけで、誰も、不審に思わない。
年に数回、帰ってきていたからだった。
その際の帰省の理由は、様々である。
両親への、顔出しや、村にいる友人と、会うためなどだ。
数時間前の鬱屈とした表情など、見せていない。
朗らかな顔を覗かせていた。
幾人かの村人と会話し、自宅とは違う方向へ、向かっていく。
帰省しても、自宅に、帰るつもりがなかった。
ハンナと話してから、学院に戻ろうとしていたからだ。
少し、離れた森に近づくにつれ、ビンセントが、周囲の注意を強めていく。
魔物などを、警戒している訳ではない。
多少は、森の中に潜んでいる魔物に、注意を行っているものの、別なものに、神経を研ぎ澄ませていたのである。
森の中は、ある程度の危険があるものの、警備を担当している者が、定期的に見回っているので、比較的安全で、村人が、木の実などを収穫していた。
警戒しつつ、森の中へと、近づいていった。
誰かに、見られる訳にはいかない。
カブリート村において、ビンセントは、移住してきた村人の息子であり、ハンナは昔ながらの村人の娘だったからだ。
立場が違う二人。
会っているのは、とても危険な行為だった。
そういう経緯もあり、二人が仲良くしていることを、見られる訳にはいかなかった。
特に、昔ながらの村人にはだ。
ハンナに、罰が与えられるからだった。
無闇に、移住してきた者と、かかわってはいけないことに、昔ながらの村人の中で、なっていたのである。
それを犯して者は、長老たちから、とても厳しく、辛い罰を、与えられていた。
手紙のやり取りも、ビンセントは、両親や村にいる友人たちにも、教えていないほどだ。
誰一人として、ハンナと、仲良くしていることを、打ち明けていない。
待ち合わせしていなかったが、村に戻ってきて、知り合いの村人と、会話しているのを、昔ながらの村人からの情報から得て、ハンナが、いつも会っている場所に、来るだろうと、逸る気持ちを抑え、歩いていったのだった。
昔ながらの村人たちは、移住してきた村人や冒険者、学院に訪れた観光客に、神経を咎めていたのである。
そうした経緯もあり、自分が来たことは、瞬く間に、昔ながらの村人に、伝わっていくだろうと、連絡手段の一つとして、使っていたのだ。
辿り着くと、すでに、ハンナが待っていた。
「ハンナ」
小さく声をかけると、ニコッと、ハンナが微笑んでいる。
ハンナは、平凡な顔で、頬には、うっすらとそばかすがあり、茶色の髪を二つに分けで縛っていた。
二人の出会いは、偶然だった。
木の実を収穫していたハンナが、一緒に来ていた友人たちとはぐれてしまい、動物に睨まれているところを、訓練のために、森の中へ入ってきたビンセントが、助けてあげたことがきっかけだ。
二人は、距離を縮めていった。
森の中に、村人がいないとは限らない。
だから、極力、声は、小さめだ。
「どうした?」
「ごめんね」
「それは、いいけど……」
心配の色が濃い、ビンセントだ。
手紙には、村の様子が、いつもに増して変なこと、相談したいことがあるから、都合ができ次第、相談に乗ってほしいことが、書かれていたのである。
そのため、手紙を貰って、飛び出してきたのだった。
どこか、躊躇いがちな、ハンナの双眸。
「ハンナ?」
首を傾げ、視線を彷徨わせているハンナを、捉えている。
「学院にも、届いている?」
強張っている、ハンナの表情だ。
ハンナの耳にも、長老たちと村長たちが、対立していることが入っていた。
「……少しな」
苦笑している、ビンセント。
以前より、カブリート村が、おかしくなっていることは、耳にしていたのだ。
そうしたこともあり、このところ、帰るペースが、段々と、開くようになっていたのだった。
「そう……」
「何か、あったのか?」
「……わからない。でも、長老や他の人たちも、何か、変なの……。どこが、変って言われると、困っちゃうんだけど……」
辛抱強く、ビンセントが、ハンナの話に、耳を傾けている。
ハンナ自身も、どこまで話してもいいのだろうかと、迷っていた。
昔ながらの村人の一員として、育ってきたからだ。
意を決したような表情を、ハンナが巡らせる。
「……後ね、友達のイシスに、勝手に、家から出ないようにって、長老たちに言われたみたいで、外に出られない状況なの……」
「なんだ、それは」
顔を顰めていた。
「私が、おやつを持って、訪ねることができたのは、一度だけ。おじさんやおばさんの様子が、沈んでいたり、逆に、明るくなったりと、おかしかったの……」
家に閉じこもってしまったイシスを心配し、何度か、頼み込んで、一度だけ、イシスに会うことが叶ったのである。
だが、それ以降、会うことも、できなくなっていたのだった。
「確かに、おかしいな」
「でしょう」
「そのイシスって子は?」
「おじさんやおばさんから、何も、聞かされていなくって、イシスも、不安がっていたの……。何度も、理由を聞いたらしいんだけど。大切な務めがあるから、終わるまでは、絶対に、家の外に、出てはダメだって。そしたら、いつの間にか、イシスの家の周りに、村の男たちが、守っている状況になって……」
「……確かに、変だな」
眉間に、眉を潜めている。
(まるで、逃げ出さないように、見張っているようではないか)
思考を、そのまま口に出す真似をしない。
さらに、ハンナを、不安がらせるだけだと、巡らせていたからだ。
「でしょう」
「それから、会うことは、できないのか?」
「……うん。おばさんからは、様子を聞くことは、できるけど……。本当かどうか、わからないし……」
会えないとわかっていても、ハンナは、何度もイシスの家に行き、イシスが好きなものをおばさんに渡し、イシスの様子を、聞いていたのである。
そのたびに、イシスの家の周りにいる男たちが、胡乱げな眼差しを、ハンナに注いでいたのだった。
「そうか」
「なんか、信じられなくって……」
「そうだな」
「どうしたら、いい?」
見上げている、ハンナの双眸。
思案顔のビンセントを、捉えている。
相談できる相手は、ビンセントしかいなかったのだ。
他の友人に言っても、しょうがないって言うだけで、どの友人たちも、普通に過ごしているだけだった。
けれど、ハンナだけは、胸騒ぎを憶え、いても経っても入られなかった。
「家の周りにいるってことは、まだ、家にいるって、ことだよな?」
「たぶん……」
自信なげな、ハンナの声音だ。
「ハンナの両親は、何か、言っていないのか?」
「濁すだけで……」
大人たちは、濁していただけで、余計に、不安を憶えてしまったのだった。
「と言うことは、なんらかは、知っているってことだよな?」
「たぶん」
「聞き出すことは?」
「無理だと思う。村の決まりだからって。それだけしか、言わないの」
「決まりね……」
ハンナから視線を外し、思考の渦に入っていく。
だが、何も浮かばない。
(俺みたいな凡人には、無理か……)
不意に、リュートや魔法科の生徒たちのことを、思い返している。
僅かに、顔を歪めていた。
(……あいつらだったら……)
「それに、詳しくは、知らないって。長老たちに、任せておけば、大丈夫って」
「何だ、それ」
「だよね」
今にも、泣きそうなハンナ。
「わかった。少し、探ってみる」
「大丈夫?」
「深入りは、しないから、大丈夫だ」
「お願いね、ビンセント」
「ああ」
読んでいただき、ありがとうございます。