第158話
体力や身体の傷が癒えても、精神的に、消耗しているビンセント。
その表情は、何とも言えない顔を、滲ませていたのだ。
そして、歩く速度も、どこか、重かった。
まっすぐに、自分の寮へ、戻っていく。
話す気力すらも、残っていなかった。
いつも一緒にいる、トレーシーや、チャールストンも、この場にいない。
何となく、一人になりたくって、一人で戻ってきたのだ。
誰も、いないことを理由に、盛大な溜息を吐いている。
(俺って、このままで、いいのか……)
先ほどの戦闘において、ほぼ、ほぼ、何もできなかった。
活躍するどころか、あっと言う間に、やられてしまったのである。
不意に、もう一度、溜息を漏らしていた。
(……もう、忘れよう……)
基本的に、授業時間帯と言うこともあり、比較的に、寮内に人が少ない。
声をかけられないことを、いいことに、先に進んでいった。
自分の部屋に、近づいていく。
すると、最後の最後と言うところで、同部屋の男子と、出くわしてしまった。
「あれ? ビンセント。今、授業じゃないのか?」
僅かに、苦虫を潰したような表情のビンセント。
先ほどまでの出来事が、頭の中で、瞬く間に、駆け巡っていく。
魔法科の教師であるラジュールや、魔法科の生徒たちの顔が、鮮明に浮かび上がっていった。
鉄のような味を思い出し、口の中まで、苦くなっていく。
それと、胸が痛くなっていったのだ。
「ビンセント?」
きょとんとした顔で、男子が見つめていた。
注がれる眼光に、気づかない。
(何なんだよ、あいつらは……)
彼らが突如、出現し、剣術科の授業を、メチャクチャにし、その後の授業が中止になり、ビンセントたちは急遽、空き時間となってしまったのだ。
さらに、ビンセントの心が、ささくれていったが、目の前にいる男子は、気づかない。
(……忘れていたのに……)
当り散らしたい気分があったが、グッと、堪えていた。
ラジュールの強行の提案で、ビンセントは、戦闘の序盤で、ブラークによって、仕留められていたのである。
見事なほどに、あっさりと。
放たれたカレンの毒で、身体が犯され、誰かの魔法により、回復したものの、無残に、行動を移す前に、仕留められてしまっていたのだった。
情けない結果に、悔しくって、堪らない。
まさか、ここまで、自分の実力が、酷いことを、予想もできなかった。
もう少し、やれるだろうと、甘く考えていた。
だが……。
結果は、無残なものだった。
「……急遽、空きになった」
か細い声で、返した。
いずれ知られても、口に出したくなかったのだ。
最近、授業をサボっていることも、把握している同部屋の男子は、また、サボりだろうと、安易に、抱いていたのだった。
「そうか。あまり、身体を動かさないと、身体が、訛るからな」
「……」
逆に、動かしていたばかりだ。
やられた直後は、意識も、失っているほどだった。
ビンセントが、小さく息を吐く。
意識を、目の前の友人に、傾けていた。
もう、考えたくなかったのだ。
けれど、このところ、友人が、熱心に稽古に励んでいる姿が、脳裏に飛び込んでくる。
思わず、奥歯を噛み締めていた。
矜持として、この醜態を、見せたくない。
懸命に、平素を装うとしていたのだった。
「そっちは?」
「俺か。二時間も、空きだから、自主トレ」
「……そうか」
「もっと、上を目指したからな」
キラキラと輝いているように、ビンセントの双眸に、映っていたのである。
眉を潜めている表情を覗かせているが、男子は、そのまま、喋っていた。
彼が、鍛錬を怠らないのは、知っていたし、徐々に、実力も、能力も、伸ばしていることも、感じ取っていたのだった。
そして、そこまでやれることに、羨ましいと、思っていることも。
ぎこちない笑顔を、無理矢理に作る。
「ケガは、するなよ」
「わかっているさ」
「俺は、疲れたから、横にでも、なっているかな」
これと言って、やることもなかった。
寮に戻ってきても、何をするのか、全然、決めていなかったのだ。
これ以上の友人との、お喋りも、続けたくなかった。
自分自身が、惨めになるだけだったからだ。
そんなビンセントの気持ちを知ったかどうか、わからないが、男子がお喋りと終わりにしようと、伝えることを、口に出してきたのである。
「後、ビンセント宛てに、手紙が、届いていたから、机の上に、置いておいたぞ」
「手紙……」
「じゃな」
同部屋の男子は、自主トレに向け、離れていった。
お喋りが終わり、安堵した顔を巡らせている。
「誰だろう?」
気持ちを切り替え、部屋の中へ入っていった。
室内は、それなりに、整理整頓されている。
ビンセントのベッドの近くには、手入れされていない武器が、無造作に置かれていたのだった。
自分の机に、直行していく。
少しでも早く、気持ちを紛らわせようとした。
学院内の村に住んでいることもあり、家族や知り合いと、よく手紙のやり取りをしていたので、誰か特定はできなかった。
机を見ると、手紙が置かれている。
手紙は、ビンセントが寮の部屋から出た後に、届けられたもので、行き違いになっていた。
宛て名を確かめると、イニシャルしか、書かれていない。
だが、一瞬で、村の幼馴染の女の子、ハンナからだと判明した。
彼女とは、定期的に、手紙のやり取りをしていたのである。
手紙の封を切り、読んでいった。
徐々に、ビンセントは、顰めっ面になっていく。
そこへ、同部屋であり、同じクラスで、同じ班でもある、チャールストンが入ってきた。
疲れきった顔を、覗かせている。
同部屋には、チャールストンと、クラスが、それぞれ違う二人の、計四人で、使っていたのだった。
「ビンセント。先に行って、どうしたんだ?」
一人で、先に行ったことに、怒っている様子がない。
「……」
「まだ、どこか、痛いのか?」
いっこうに、動かないビンセントだ。
その様子が、気に掛かるチャールストンだった。
案じる眼差しを、注いでいる。
「ビンセント?」
いきなり、振り向かれたので、ビクッと、身体を震わせていた。
「悪い。少し、村に帰ってくる」
「……村にか?」
眉を潜めつつ、チャールストンが、ビンセントが持っている手紙を、捉えている。
村の子と、手紙のやり取りをしていることを、知っていたので、すぐに、何かあったのか、察しがついていたのだった。
「ああ。先生に、伝えておいてくれ」
切羽詰ったような、ビンセントである。
「……わかった」
「今日中には、戻ってくるとは、思うけど。後は、頼むな」
「ああ」
手紙を握りしめたまま、疾風のごとく、部屋を飛び出していった。
先ほどの鬱屈している形相は消え、あたふたしている。
「転ぶなよ」
思わず、チャールストンが、呟いていたのだった。
学院の敷地にある村の出身と言うこともあり、帰省時期ではなくっても、ことあるごとに帰っていたので、深く考えていなかったのだ。
身軽にいってしまった背中を、チャールストンが眺めている。
その首は、微かに、傾げていた。
「何か、あったのか……。ま、いいか」
自分のベッドに、ゴロンと、横になっていた。
すぐに、深い眠りについてしまったのである。
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