表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とらぶる❤  作者: 彩月莉音
第6章 邪魔するものは、吹っ飛ばせ
166/390

第158話

 体力や身体の傷が癒えても、精神的に、消耗しているビンセント。

 その表情は、何とも言えない顔を、滲ませていたのだ。

 そして、歩く速度も、どこか、重かった。


 まっすぐに、自分の寮へ、戻っていく。

 話す気力すらも、残っていなかった。


 いつも一緒にいる、トレーシーや、チャールストンも、この場にいない。

 何となく、一人になりたくって、一人で戻ってきたのだ。

 誰も、いないことを理由に、盛大な溜息を吐いている。


(俺って、このままで、いいのか……)


 先ほどの戦闘において、ほぼ、ほぼ、何もできなかった。

 活躍するどころか、あっと言う間に、やられてしまったのである。

 不意に、もう一度、溜息を漏らしていた。


(……もう、忘れよう……)


 基本的に、授業時間帯と言うこともあり、比較的に、寮内に人が少ない。

 声をかけられないことを、いいことに、先に進んでいった。

 自分の部屋に、近づいていく。

 すると、最後の最後と言うところで、同部屋の男子と、出くわしてしまった。


「あれ? ビンセント。今、授業じゃないのか?」

 僅かに、苦虫を潰したような表情のビンセント。

 先ほどまでの出来事が、頭の中で、瞬く間に、駆け巡っていく。

 魔法科の教師であるラジュールや、魔法科の生徒たちの顔が、鮮明に浮かび上がっていった。


 鉄のような味を思い出し、口の中まで、苦くなっていく。

 それと、胸が痛くなっていったのだ。


「ビンセント?」

 きょとんとした顔で、男子が見つめていた。

 注がれる眼光に、気づかない。


(何なんだよ、あいつらは……)


 彼らが突如、出現し、剣術科の授業を、メチャクチャにし、その後の授業が中止になり、ビンセントたちは急遽、空き時間となってしまったのだ。

 さらに、ビンセントの心が、ささくれていったが、目の前にいる男子は、気づかない。


(……忘れていたのに……)


 当り散らしたい気分があったが、グッと、堪えていた。

 ラジュールの強行の提案で、ビンセントは、戦闘の序盤で、ブラークによって、仕留められていたのである。

 見事なほどに、あっさりと。


 放たれたカレンの毒で、身体が犯され、誰かの魔法により、回復したものの、無残に、行動を移す前に、仕留められてしまっていたのだった。

 情けない結果に、悔しくって、堪らない。

 まさか、ここまで、自分の実力が、酷いことを、予想もできなかった。


 もう少し、やれるだろうと、甘く考えていた。

 だが……。

 結果は、無残なものだった。


「……急遽、空きになった」

 か細い声で、返した。

 いずれ知られても、口に出したくなかったのだ。


 最近、授業をサボっていることも、把握している同部屋の男子は、また、サボりだろうと、安易に、抱いていたのだった。

「そうか。あまり、身体を動かさないと、身体が、訛るからな」

「……」


 逆に、動かしていたばかりだ。

 やられた直後は、意識も、失っているほどだった。


 ビンセントが、小さく息を吐く。

 意識を、目の前の友人に、傾けていた。

 もう、考えたくなかったのだ。

 けれど、このところ、友人が、熱心に稽古に励んでいる姿が、脳裏に飛び込んでくる。


 思わず、奥歯を噛み締めていた。

 矜持として、この醜態を、見せたくない。

 懸命に、平素を装うとしていたのだった。


「そっちは?」

「俺か。二時間も、空きだから、自主トレ」

「……そうか」

「もっと、上を目指したからな」


 キラキラと輝いているように、ビンセントの双眸に、映っていたのである。

 眉を潜めている表情を覗かせているが、男子は、そのまま、喋っていた。

 彼が、鍛錬を怠らないのは、知っていたし、徐々に、実力も、能力も、伸ばしていることも、感じ取っていたのだった。

 そして、そこまでやれることに、羨ましいと、思っていることも。


 ぎこちない笑顔を、無理矢理に作る。

「ケガは、するなよ」

「わかっているさ」

「俺は、疲れたから、横にでも、なっているかな」


 これと言って、やることもなかった。

 寮に戻ってきても、何をするのか、全然、決めていなかったのだ。

 これ以上の友人との、お喋りも、続けたくなかった。

 自分自身が、惨めになるだけだったからだ。


 そんなビンセントの気持ちを知ったかどうか、わからないが、男子がお喋りと終わりにしようと、伝えることを、口に出してきたのである。

「後、ビンセント宛てに、手紙が、届いていたから、机の上に、置いておいたぞ」

「手紙……」

「じゃな」

 同部屋の男子は、自主トレに向け、離れていった。


 お喋りが終わり、安堵した顔を巡らせている。

「誰だろう?」


 気持ちを切り替え、部屋の中へ入っていった。

 室内は、それなりに、整理整頓されている。

 ビンセントのベッドの近くには、手入れされていない武器が、無造作に置かれていたのだった。


 自分の机に、直行していく。

 少しでも早く、気持ちを紛らわせようとした。

 学院内の村に住んでいることもあり、家族や知り合いと、よく手紙のやり取りをしていたので、誰か特定はできなかった。

 机を見ると、手紙が置かれている。


 手紙は、ビンセントが寮の部屋から出た後に、届けられたもので、行き違いになっていた。

 宛て名を確かめると、イニシャルしか、書かれていない。

 だが、一瞬で、村の幼馴染の女の子、ハンナからだと判明した。

 彼女とは、定期的に、手紙のやり取りをしていたのである。


 手紙の封を切り、読んでいった。

 徐々に、ビンセントは、顰めっ面になっていく。


 そこへ、同部屋であり、同じクラスで、同じ班でもある、チャールストンが入ってきた。

 疲れきった顔を、覗かせている。

 同部屋には、チャールストンと、クラスが、それぞれ違う二人の、計四人で、使っていたのだった。

「ビンセント。先に行って、どうしたんだ?」

 一人で、先に行ったことに、怒っている様子がない。

「……」


「まだ、どこか、痛いのか?」

 いっこうに、動かないビンセントだ。

 その様子が、気に掛かるチャールストンだった。

 案じる眼差しを、注いでいる。

「ビンセント?」


 いきなり、振り向かれたので、ビクッと、身体を震わせていた。

「悪い。少し、村に帰ってくる」

「……村にか?」


 眉を潜めつつ、チャールストンが、ビンセントが持っている手紙を、捉えている。

 村の子と、手紙のやり取りをしていることを、知っていたので、すぐに、何かあったのか、察しがついていたのだった。


「ああ。先生に、伝えておいてくれ」

 切羽詰ったような、ビンセントである。

「……わかった」

「今日中には、戻ってくるとは、思うけど。後は、頼むな」

「ああ」


 手紙を握りしめたまま、疾風のごとく、部屋を飛び出していった。

 先ほどの鬱屈している形相は消え、あたふたしている。


「転ぶなよ」

 思わず、チャールストンが、呟いていたのだった。

 学院の敷地にある村の出身と言うこともあり、帰省時期ではなくっても、ことあるごとに帰っていたので、深く考えていなかったのだ。


 身軽にいってしまった背中を、チャールストンが眺めている。

 その首は、微かに、傾げていた。

「何か、あったのか……。ま、いいか」


 自分のベッドに、ゴロンと、横になっていた。

 すぐに、深い眠りについてしまったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ