第155話
リュートたちが、話している間に、グランドで戦っている四人は、剣術科の三分の一ぐらいを戦闘不能にし、動けない状態にしていたのである。
勿論、グランドの近くには、以前、トリスが仕掛けた罠が、仕込んであったのだ。
そのすべてを、用いた訳ではない。
だが、それを上手く利用し、数を減らしていったのだった。
観戦しているカイルの顔は、芳しくなかった。
酷くなる一方だ。
それに対し、ラジュールは、無表情を保っていた。
「後、少し……」
小さく、カレンが、呟いていた。
けれど、その双眸は、紛れもなく、全体を眺めていたのである。
剣術科の生徒の情報は、一切、入っていない。
先ほど見学して、見ていたので、ある程度、予測は立てていた。
だから、早く片付けられる、やる気が薄い者から、退出して貰っていたのだ。
やや、飛ばし気味のカレン。
心配げな眼差しを、送っているカーチスだ。
一年生からの付き合いがあるので、平静を装っていても、無理していることが、リュートたちには、手に取るように理解していた。
それを上手い具合に、クラインやブラークが、カバーしていたのだった。
「基礎体力をつけていても、配分が、オーバー気味だな」
「最後まで、持つか、どうかだな」
何気ないリュートの呟きに、トリスが答えていた。
回復薬のポーションを服用せず、毒や麻痺のポーションで、相手を弱らせつつ、持っているダガーや呪文攻撃で、戦い続けていたのである。
最初は、カレンの戦いのスタイルに、絶句していた剣術科の生徒だった。
だが、次第に、相手の攻撃スタイルを掴んでくると、トリッキーなカレンから、距離をとりつつ、上手いタイミングで、攻撃を仕掛けていく生徒も、ちらほらと、出始めていたのだ。
剣術科の方も、いつまでも、辛酸を舐められている訳ではない。
徐々にだが、反撃をし始めていたのだ。
不意に、リュートの眼光が、静観しているラジュールたちに、注いでいた。
険しい顔で、戦況を窺っているカイルに対し、グリンシュとカテリーナは、お茶を嗜みつつ、繰り広げられている戦いを、楽しんでいたのである。
冷めた双眸で、戦況を眺めている、ラジュールだった。
思わず、自分を見られていないにもかかわらず、リュートは身震いしていた。
「……何で、表に出るのが、嫌いなラジュールが来て、こんなことをしているんだ」
普段のラジュールの行動からは、考えられない。
いつも、研究室にこもっていることが、多かったからだ。
好戦的な姿は、何度も、目にしていたが、わざわざ、表に出てきて、挑発するような真似を、目にしたことがなかった。
「さぁな。ラジュールに関しては、俺にも、理解不能だ」
「俺も、さっぱり、わからない」
「それにしても、ブラークとキムも、頑張っているな」
友人の戦いぶりに、賞賛しているトリスだった。
カレンに命じられた通り、飛ばしている。
けれど、体力の配分は、きちんと、なされている様子だ。
「ま、飛ばさないと、カレンのお叱りが、あるからな」
優しげな眼差しのトリス。
「さすがですね。A組は」
四人の戦いに、アニスが、感心していた。
アニスの眼光は、隈なく動いている。
四人の戦いぶりに加え、剣術科の生徒たちの戦いぶりも、冷静に、観察していたのだ。
トリスや、カーチスは、仲間たちの観戦をしているため、気づいていなかった。
「焦り過ぎだな、カレンは」
「大丈夫か」
「カレンだから、大丈夫だろう。それに、クラインも、いるんだ。ここに、負ける要素なんて、一つもないな」
リュートの言葉に、トリスたちが、苦笑していた。
「カーチス。もう少し、落ち着いて、見られないのか?」
呆れ顔を、覗かせているリュートだった。
戦闘が始まってから、青い顔をして、ソワソワとしていた。
(ずっと、一緒にいるのに……。カーチスって、こんなに動じるやつだったか? これぐらいのことで)
「……落ち着いているよ」
そっけない態度だ。
けれど、言葉とは裏腹に、狼狽え気味に、戦いの行方を窺っている。
「ソワソワしているぞ」
突っ込むリュート。
トリスやアニスは、小さく笑っているのみだ。
「うるさい」
「……何だ? カーチスのやつ」
いつもとは違う姿に、首を傾げているのだった。
数的には、圧倒的に、不利な状況にもかかわらず、負けていない。
逆に、勢いの軍配は、四人の方にあった。
カレンの毒や麻痺のポーションにより、出遅れ感があるセナ。
毒に犯されても、瞬時に、持っていたトリスから貰った薬草で、毒を消し去っていた。
そして、すぐさま、近くにいた仲間に、薬草を渡し、戦いに戻っていた。
だが、最初の出だしから、修復することが難しい。
カレンが、ばら撒いた毒や麻痺により、身体の動きが、徐々に、鈍くなっていったのだった。
辛酸を舐められ、余計に、負けられなくなっていったセナだ。
段々と、冷静さに、欠いていたことに、本人は気づかない。
いつもの切れ味も、なりを潜め、雑さが、目立ち始めていたのである。
それは、セナだけではない。
剣術科の生徒すべてに、言えたことだった。
汗を滲ませている、セナの目の前。
息も、乱れていない、誰よりも、余裕を感じさせる、クラインが、立ちはだかっている。
汗一つ、掻いていなかった。
釈然としない。
ムッとした顔で、クラインを、半眼している。
「ごめんね。セナ」
先ほどまで、セナは、ブラークとキムと、戦っていたのだ。
それが、いつの間にか、涼しい顔のクラインに、代わっていたのである。
悔しげに、顔を歪ませているセナだ。
その前は、カレンとも、戦っていたのだった。
けれど、誰一人として、戦闘不能にさせることができなかった。
いつの間にか、戦う相手が、代わっていたからだった。
「ホント。連携が、上手いわね」
「ありがとう」
ニッコリと、クラインが、微笑んでいる。
そうしている間にも、剣術科の生徒一人が、倒れていった。
薬草を持っていても、渡す暇がない。
投げている間にも、隙ができ上がってしまうからだ。
何より、悔しいのは、クラインたちの術中に、ハマっていたことだった。
剣術科の中で、腕のいい者に対しては、一人で、仕留めるのではなく、交代で戦い、体力を奪ってから、仕留めていることに、ようやく、セナは気づいたのである。
だが、それは、すでに遅い。
かなり、体力を、奪われていたからだ。
「剣術科は、連携が、あまり、上手くいっていないね」
落ち着き払った表情で、クラインが、周りを見据えている。
けれど、攻撃できない。
全然、クラインの隙が、見えないからだった。
視線をそらしていても、隙がない。
仮に闇雲に、今、突っ込んでいけば、確実に、やられるしかないと、掠めている。
「……」
「悪いけど、カレンに、叱られるから、倒させて貰うね」
セナの他にも、剣術科の生徒は、まだ、数人、生き残っていたのである。
眼光鋭く、睨んでいた。
「この中で、一番厄介なのは、やっぱり、セナだと、思うから」
「……」
動きを見せず、カレンたちを、援護していたクラインが、自ら動き始めていた。
もう、周りの状況を、窺う余裕なんてない。
目の前にいる、クラインだけを、視界に捉えている。
闇雲に、攻撃を仕掛けていくが、意図も簡単に、クラインは攻撃を交わしつつ、攻撃呪文をかけていった。
セナも、ギリギリのところで、クラインの攻撃を交わしている。
焦っているセナに対し、攻撃を交わされても、クラインの表情が変わらない。
体力の配分も気にせず、攻撃の手を緩めなかった。
後がないと、セナが、腹を括っていたのである。
「ホント、ごめんね」
互いに、攻撃し合っているのに、苦笑しているクライン。
徐に、セナが、怪訝そうな形相を、覗かせていた。
すると、背中に、物凄い衝撃を、受けたのだ。
(! いつの間に……)
クラインとの戦いに、夢中になっていた。
別な相手と、戦っていたブラークに、背後をつかれたことに、気づかなかったのだ。
戦っている隙を狙って、クラインに、意識が集中していた、セナの背中に向かって、ブラークが、攻撃魔法を放っていたのだった。
徐々に、セナが、意識を失っていく。
その前には、申し訳なさそうな、クラインの顔があった。
それを最後に、意識が、完全にシャットアウトされた。
倒れたセナに、構うことなく、次の相手に、向かっていくクラインだ。
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