第154話
冷たい風が、微かに吹く、グランドでは……。
剣術科の数人の生徒たちと、カレンが、勢いよく、飛び出していった。
遅れること僅かで、ブラークとキムも、それに追随していく。
剣術科相手に、向かってくる魔法科の生徒に、魔法科らしくない戦い方に、狼狽えたり、怪訝している生徒もいた。
両者の距離が、徐々に、縮まっていった。
カレンを中央にし、ブラークとキムが、分かれている。
後方で、クラインが、呪文を唱えていた。
呪文を唱えているクラインを狙う、生徒たちもいた。
そうした生徒を捉えても、詠唱が、乱れることがない。
流れるように、口ずさんでいたのだ。
戦いが始まっても、剣術科の幾人か生徒は、視界の隅に、自信満々なラジュールを捉えている者もいた。
憤慨している生徒たちの中には、余裕なクラインの態度に、カチンと来て、敵視している者もいたのである。
ある程度、距離が縮まったところで、カレンが、常に、持ち歩いているポーションを、鮮やかな弧を描くように、剣術科の生徒目掛けて、投げていった。
投げられ、落下していくポーションに、剣術科の生徒の幾人かの視線が、釘付けだ。
地面に落ち、そして、割れ、辺り一面に、薄い煙が、立ち込めていく。
剣術科の生徒の多くが、その煙を、吸い込んでいた。
勿論、その中に、セナも、含まれている。
吸い込んだ瞬間、それが、毒だと、認識するが、もう遅い。
僅かでも、吸い込み、瞬く間に、身体に、毒が巡っていったからだ。
瞬時に、警戒する剣術科の生徒たち。
だが、すでに、行動としては、遅かった。
第二、第三のポーションが、投げられていたからだった。
素早く、回復を図っても、また、毒や麻痺で、身体が犯されていく。
グリンシュから癒やして貰い、身体が戻っていたが、あっという間に、力や、体力が削られていたのだ。
苦しむ剣術科の生徒。
その間を抜け、カレンが効率よく、剣術科の生徒たちに、ダメージを与えていった。
ブラークも、キムも、毒で犯され、鈍っている剣術科の生徒たちに、容赦しない。
走りながら、身体魔法を掛け、短剣で、斬りかかっていく。
魔法科らしくない、攻撃スタイル。
戸惑う生徒も、ちらほらいたのだ。
精神面でも、剣術科の生徒たちは、伸され気味だった。
そして、黙ったまま、それぞれの形相で、教師たちは、戦いの行方を窺っていたのである。
壁を張り終わり、役目が終わって、暇になったリュート。
観戦しているトリスたちのところへ、来ていたのである。
「えげつなく、ポーション投げているな、カレンのやつ」
のん気な声で、リュートが、話しかけていた。
一人でいるのも、つまらなくなっていたのだ。
だからと言って、不機嫌なカイルや、圧を感じるラジュールのところには、純粋にいたくなかった。お茶を飲みつつ、観戦しているグリンシュや、カテリーナでもよかったが、トリスたちと、話したかったこともあり、こちらに来ていたのだった。
その間も、カレンたちは、次々に、攻撃を仕掛けていったのである。
「それも、諜報員たちに、使うやつだな」
冷静に、分析しているトリスだ。
「カレン。大丈夫でしょうか? 最初から、飛ばして?」
少し不安げな眼差しを、アニスが、注いでいる。
剣術科対四人の対戦に、心配している色がない。
三人は、平然と、構えていたのだ。
「カーチス。他のポーションは、持ち歩いていないのか?」
「このところは、あのポーションだけだな」
「毒に、麻痺か」
「そのレパートリーだな」
少し前までは、目潰しなど、いたずらの要素が、詰まったものを持ち歩いていた。
魔法を使うよりも、カレンは、魔法薬学を得意として、常に、そうした魔法薬品を、持ち歩いていたのである。
魔法薬学の知識としては、リュート、バド、トリスに次いで、カレンだった。
生徒や教師に相手にする、弱めのポーションではなく、確実に、相手を伸すことを目的としたポーションを、このところ、持ち歩いていたのだ。
容赦ない戦いぶり。
カレンの本気度が、見えていたのだった。
「カレン、何か、あったのか?」
首を傾げている、リュートだ。
見慣れている光景とは言え、違和感を生じていた。
リュートの双眸には、鬼気迫る、戦っているカレンの姿を、捉えている。
このところの、落ち着いたカレンの姿ではない。
以前は、リュートたちと混じって、学院に入ってくる諜報員たちを相手に、血の気が多かったのだ。
だが、この数年は、リュートたちとは、行動を共にせず、真面目に授業に参加していたのである。
「鬱憤が、溜まっていたんだろうな」
眺めながら、トリスが、口をついていた。
「鬱憤?」
きょとんした顔を、覗かせている。
「俺たちとは、混じってないで、授業に出ていただろう? このところは、おとなしく振舞っているが、昔から、血の気も、多かっただろう。昔は、よく、上級生に絡んでいただろう」
「そうだな」
姉御肌であるカレン。
仲間が、上級生などに、絡まれていると、誰よりも早く、飛び出し、助けにいっていたのだ。
相手が、上級生であろうと。
ケンカっ早いところがあり、リュートやバドと同じぐらいに、問題行動で、ラジュールからの叱責も、多かったのである。
「最近、やっていない割りには、身体が動けているな」
感心しているリュートだ。
俯瞰した眼光で、全体を窺っている。
バラバラな動きを見せる剣術科に、遊び心を、見せようともしない。
トリスや、アニスも、目で、それぞれを追っていた。
容赦なく、上手い具合に、数を減らしていたのだ。
「カーチスを、扱いていたせいも、あるんだろう」
「そうか」
「体力造りをしているみたいです、カレン」
アニスが、二人の会話に入っていた。
視線の先は、戦っている者たちに、傾けている。
「「体力造り?」」
リュートも、トリスも、カレンのそうした取り組みに、気づいていなかった。
身体を動かすことを、嫌いではないと知っているが、どちらかと言えば、研究者寄りの側面を持っていたからだ。
戦う敵に、どれだけ、ダメージした毒や麻痺を、与えられるかと、追究していたのである。
「基礎体力をつけようと、身体を動かしていたんです」
チラリと、トリスが、カーチスに視線を巡らすと、渋面したまま、口が閉じられていたのである。
そして、必死に、戦っているカレンを、目で追っていた。
トリスの視線に、全然、気づいていなかったのだ。
(やれやれ。そんなに心配なら、カーチスも、行けばよかったのに……)
首を竦めている、トリスだった。
「何で、基礎体力だ?」
リュートの質問を受け、アニスの口が開く。
「将来のためと、言っていましたよ。それ以上は、何も、話してくれませんでしたけど?」
「将来って。カレンは、どうするつもりなんだ? もう、決めているのか?」
「ある程度は、決めているんじゃないんですか? 動いているってことは」
「……そうか」
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