第151話
ほのぼのとした空気を、醸し出している魔法科の見学者を尻目に、剣術科の生徒たちは、黙ったまま、剣を打ち込んでいたのだ。
三十分近く、続けられ、どの生徒たちからも、大粒の汗が落ちている。
その前は、走り込みをしていたのだった。
始まる前から、体力が、落ちていた。
辺り一面の地面は、生徒たちの汗で、濡れていたのだ。
生徒によっては、自分たちの汗で、足をとられることもあった。
それでも持ち直し、打ち込んでいく。
それほど、汗で、地面が、ぬかるんでいたのだった。
ひた向きに、打ち込んでいる生徒たち。
地味な授業だ。
不平不満を言わず、黙々と、生徒たちが、身体を動かしている。
懸命に、カイルの止めの声が聞こえるまで、終わることができない。
静かな双眸で、打ち合っている生徒たちの間を抜け、生徒たちの様子を窺っている。
集中している生徒や、集中が途切れている生徒を、見極めていたのだ。
生徒の中には、カイルに、いいところを見せようと、近くに来るたび、意気込む生徒も、ちらほら見受けられたのだった。
(随分と、集中できていないやつばかりだな……。特に、六班のテロスたちに、五班の女子は、上手く集中できているが、男子が、ダメだな……)
表情に出ないものの、心の中で、嘆息を漏らしていた。
チラリと、リュートがいる一班に、目を傾ける。
ひと一倍、元気にやっているのが、リュートだった。
一人だけ、全然、汗を流していない。
楽しそうに、打ち込んでいたのである。
勿論、走り込みをしていた際も、元気が溢れていた。
(普通、走り込みをしたら、鈍ったりするものなのに……。さすが、リーブの息子、体力があり過ぎるな……。それに……、一人だけだな。あんなに、楽しそうになっているのは……。これのどこが、楽しいんだ? そして、どこが、リュートの琴線に、触れているんだ?)
そうした姿に、やや頭を抱え込みそうになるカイル。
無駄に体力がある面、相手している方が、大変だった。
だが、それに折れることもなく、セナとダンが、上手く相手をしている。
うっすらと、汗が滲んでいるセナ以上に、飄々と、動き回っているダンは、多く汗を流していた。
セナやダンのように、勘のいい生徒は、その前にした走り込みを、ある程度、セーブしていたのだ。
限界近くまで、ダンが、追い込まれていたのである。
それでも、長年、剣術科に在籍している、身分としての矜持だけで、リュートの相手をこなしていたのだった。
(もう少し、できそうだな。それにしても、二人は、器用だからな。だから、リュートの相手ができるんだが……)
ローゼルとパウロに、双眸を巡らせた。
いち早く諦めるのが、早いパウロが、懸命に、ローゼルに喰らいついている。
手を抜き、休むことが多いローゼルも、このところ、真剣にパウロの相手を務めていたのだった。
目に見えて、一班の能力が、向上している。
他にも、以前よりも、伸びている生徒もいた。
そうした光景に、口角が緩んでいる。
(この調子で、脱落しないで、貰いたいな)
生徒によっては、自分の能力に見切れをつけ、段々と、止めていく者もいたのだ。
教師をして、そうした生徒を見てきたし、学院に在籍している際は、同期や先輩、後輩で、そうした姿を、何度も、見てきたのだった。
だから、少しでも、そうした者を作らないように、心掛けて、生徒たちに教えてきたのだ。
今、抱えている問題の方へ、視線を注いでいる。
(いつになったら、終わるんだ……)
ただ、やっている感しかない、ビンセントだ。
トレーシーに、チャールストンも、同じである。
全然、覇気がない。
男子とは、やりたくないと、ガルサとニエルが、組んでいる状況だった。
一時期は、やる気を取り戻していたが、完璧に、戻っていた訳ではない。
圧倒的なリュートのやる気に反し、ビンセントたちのやる気が、失われていった。
女子二人は、冷ややかな眼差しを、男子三人に、最初向けていたが、いつの間にか、集中し始め、ビンセントたちのことが、気にならなくなっていた。
集中し始めると、身体のキレもよくなり、以前よりも、俊敏さが増しているようだった。
(((……)))
虚しさが、胸の中で、広がっていく。
トレーシーも、チャールストンも、早く終わってほしい顔を、覗かせていたのだ。
教師であるカイルがいるので、全面的な手抜きができない。
さすがに、酷い生徒には、叱責が飛んでいたのだった。
不意に、ビンセントの眼光が、僅かに、見学しているトリスたちを捉えている。
さすがに、すべてを向ける訳にはいかない。
担任のカイルがいる前で。
(……魔法科は、暇なのか? 俺たちは、見世物じゃないんだぞ)
トリスたちは、喋りに、花を咲かせている。
段々と、腹が立っていく、ビンセントだった。
いちゃついているようにしか、見えない。
ビンセントの茶色い短髪が、風で揺れている。
「いつもよりも、増えているな?」
チャールストンが、声をかけてきた。
微かに、眉間にしわが寄っている。
カイルとは、距離があるので、聞こえないと踏んでのことだ。
「だな」
短く返事を返すトレーシー。
勿論、三人も、汗を流しているが、滝のように、流れている訳ではない。
ただ、流れに従って、身体を、軽く動かしている程度だ。
トレーシーも、チャールストンも、疲れて、早く休みたいと巡らせている。
疲れていると言っても、ヘトヘトに、なっている訳ではない。
「……あいつらも、強いのかな」
何気なく、ビンセントが呟いていた。
「「……」」
二人の顔が、強張っている。
そして、二人の視界に、話し込んでいるトリスたちが、映っていた。
トレーシーの口が動く。
「……さすがに、二人いる女には、負けないだろう?」
同級生で、魔法科の女子に、負けないだろうと、踏んでいるトレーシー。
このところ、成績を落としているが、以前は、上位の下ぐらいには、つけていたのである。
「……確かに。って言うか、負けたくない。負けたら、洒落にならなくないか?」
「……だな」
トレーシーの重い声音だ。
「俺も、負けたくないが、リュートの、知り合いだしな」
渋面している、ビンセント。
リュートの知り合いと言うことで、ビンセントの中では、警戒していたのだった。
「変なことを言うなよ、ビンセント」
「そうだぞ」
「けどな……」
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