第149話
放課後、リュートたちは、寮へ戻らず、保健室に訪れていた。
保健室で、寛いでいるリュートたち。
リュートとミントは、いつものように、グリンシュの手作りお菓子に、夢中だ。
見事な食べっぷりに、ただ、ただ、圧倒されているソルジュ。
ユルガとカテリーナは、楽しく談笑し、グリンシュは、リュートたちの皿が、なくなれば、手際よく、サーブしてあげていた。
セナとアニスは、それぞれの科のことを、喋っている。
こうした光景は、見慣れている一部になっていた。
少々の傷では、保健室に、近づく生徒がいない。
それは、教師にも言える話だった。
手の焼ける生徒が、出入りしている保健室に、のこのこ顔を出す教師など、いなかったのだ。
そこへ、朗らかな表情で、トリスが姿を現す。
徐に、ソルジュの眉間に、しわが寄っていた。
「どこかへ、行っていたの?」
セナが、尋ねてきた。
大抵、顔を出すトリスがいないので、変に感じていたのである。
今日一日、剣術科の顔を出していない。
そのため、セナは、どこかへ行っていたと、容易に推測していたのだった。
「実家」
端的に、トリスが答えていた。
それと同時に、ソルジュの顔が、見る見る顔が曇っていく。
気に掛けている者もいたが、あえて、声をかけない。
苦笑しているだけだ。
「みんな、元気だった?」
食べることをやめたミントが、トリスに、顔を巡らせていた。
学院に入学し、生まれ育ったアミュンテ村へ、数度、帰っていた。
トリスの実家にも、遊びにいっていたのである。
けれど、母が住む実家に、帰ることがない。
「元気だったよ」
ミントから遅れること、数十秒、リュートの顔も、ニコニコ顔のトリスに、注いでいたのである。
早朝に、トリスが帰ってしまっていたので、自分たちが、生まれ育ったアミュンテ村に帰っていたことを、知らなかったのだ。
「薬草でも、なくなっていたのか?」
「いや。ソルジュが、学院に来ていることを、教えてきた」
トリスの言葉に、顰めっ面のソルジュだ。
数人の双眸が、傾けられている。
だが、口は閉じられていた。
リュートとミントは、全然、気にする素振りもない。
「そうか」
「でも、薬草も貰ってきたから、後で、配るよ」
「わかった」
沈黙を通している、ソルジュの態度。
ユルガを初めとする面々が、微笑ましく、眺めている。
そうした行為も、不貞腐れてしまう要因でもあったのだ。
「トリス。私にも、ちょうだい」
「いいよ。ミントちゃん」
容易く、返事したトリスの足取りは、固まっているソルジュに、一直線だった。
そして、ソルジュの前で、立ち止まる。
「母さんからと、カメリアから」
二人の手作りの料理が、詰められたものを渡された。
黙ったまま、受け取ったソルジュ。
「師匠も、一緒に食べてください」
「ありがたく、いただこう」
アミュンテ村に帰省し、二人の料理が、でき上がるのを待って、学院に戻ってきていたのだった。
久しぶりに、ソルジュに会えて、トリスは、両親たちに、あまり帰省しないソルジュが、近くにいることを知らせるのを、すっかり忘れていた。
それを伝えるために、帰省していたのである。
学院にいることを知った両親や、兄弟たちは、よく帰ってくるトリスに、ソルジュのことを根掘り葉掘り聞き出し、帰ってこないソルジュのために、母マリーヌと姉カメリアが、家の味を食べて貰おうと、腕によりを掛けて、料理を作っていた。
トリスが戻ってくるのに、時間が掛かってしまったのだった。
「後、みんなからの手紙」
大量の手紙を、ソルジュに手渡した。
両親や兄弟が、ソルジュ宛てに書いたものだ。
字を書けない小さい子は、絵を描いていた。
「……」
手料理や、どれだけ書いたんだと言うくらいある、膨大な量の手紙の多さに、何とも言えない顔を滲ませている。
手料理や、手紙を凝視していたのだ。
誰が見ても、家族が、ソルジュを案じているのが、ひと目で理解できていた。
「手紙にも、書いてあると思うけど、たまには、顔を見せに来なさいって、父さんと母さん、それに、カメリアからの伝言」
「……」
さらに、ソルジュが、渋面になっていく。
「ほら、みなさい。みんな、心配しているだろう。何回か、いけたのに」
どこか、勝ち誇った顔をみせるユルガ。
何度か、アミュンテ村に、寄れる機会があったのだ。
それにもかかわらず、ソルジュは、大丈夫だと言い、寄ることがなかった。
今回も、寄ろうかと言うユルガの申し出を、断っていたのだった。
学院の調査を終えれば、アミュンテ村に寄らず、帰ろうとしていたのである。
「今回は、お礼も兼ねて、絶対に、寄るからね」
有無を言わせない顔だ。
「……わかりました」
同意したソルジュに、ニッコリと、ユルガが微笑む。
帰ると聞き、トリスも、顔が緩んでいたのだ。
(後で、知らせに行こうかな)
口角を上げているトリス。
ジト目を注いでいるソルジュだ。
二人の脳裏には、家族総出で、出迎えている光景が、浮かんでいたのだった。
「……言っておくけど、知らせるなよ」
「何で?」
「いいから。黙っていろ」
「しょうがないな。ソルジュは」
首を竦めている、トリスだった。
ばつが悪そうな表情を、ソルジュが、滲ませている。
これ以上、突っ込んでも、意地になるだけだろうと、矛先を別なところへ持っていく。
「そういえば、カブリート村って、どういう村なんですか?」
弟子のソルジュが、可哀想になり、話題を変えようと、疑問に思っていたことを、ユルガが口に出していた。
「カブリート村ですか……」
少々、困った顔を、グリンシュが窺わせていた。
「このところ、カブリート村のことを、耳にする機会がありまして」
頻繁に、カブリート村に関する不平不満を、村などを歩き回っているユルガは、耳にしていたのである。
ソルジュも、カブリート村のことは、気に掛かっていたのだ。
宿屋や、至るところで、このところ、カブリート村のことを、耳にしていたからだった。
知識としては、持っていた。
だが、まだ、訪れていないので、どういった村なのかと、僅かに、興味を持ち始めていたのである。
「一言で言えば、陰湿な村でしょうか」
容赦ない、グリンシュだ。
セナが、顔を強張らせ、アニスやカテリーナは、苦笑している。
首を傾げているソルジュの眉間のしわが、濃くなっていた。
(……一体、どんな村だよ)
「村の住人、すべてって、訳では、ないんですが、昔ながらの住人は、決して、他の人と、交わろうと、しないですね。それが、このところ、如実に、現れていますね。学院の方にも、いろいろと、苦情が入っているみたいですよ」
「改善して、いないがな」
小さく笑いながら、トリスが、口に出した。
トリスの耳にも、学院側の嘆きが、入っていたのだ。
頑なに、拒むカブリート村。
やや興味を持ち始め、あらゆる情報を、集めている段階だった。
「面白そうな村ですね」
話を聞き、ユルガが、更なる興味を示す。
チラリと、ソルジュが、ユルガの様子を窺っていた。
(きっと、そのうち、行くことに、なるだろうな……)
心の中で、嘆息を吐きながらも、ソルジュ自身も、カブリート村に、興味をそそられていたのだった。
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