第147話
生徒たちがいないグランド。
そこで、カイルが、入念に、身体をほぐしている。
授業を終え、片付けを終え、一人で稽古しようと、準備運動をしていたのだ。
生徒たちの前でいた際の、明るい表情がない。
どこか、思いつめたような顔を、覗かせている。
「まだ、うだうだと、しているのか」
呆れた声音で、ラジュールが現れた。
唐突な出現でも、動じることもなかった。
こうしたラジュールの行動に、慣れていたのである。
「……別に」
視線を彷徨わせ、決して、合わせようとはしない。
昔と変わらない仕草に、呆れていた。
「嘘つけ」
「……」
「カテリーナが、騒ぐから、早く回復させろ」
「……」
ありありと、心配するカテリーナの姿が、カイルの脳裏に、掠めていたのだ。
微かに、眉間にしわが寄っている。
心配するカテリーナを無理し、カラ元気な姿で、どうにか、納得させたものの、これ以上、よくならないと、また、心配させることになると、巡らせていた。
そして、心配し、様子を見に来てくれた、目の前にいるラジュールにも、申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「……ごめん」
しゅんと、肩を落としている。
不機嫌そうなラジュール。
じっと、見つめていたが、諦めの境地で、息を吐いていた。
さらに、カイルに近づく。
新種の魔獣の詳細が書かれた羊紙を、無造作に渡した。
渡されたものを、素直に、読んでいくカイル。
眉間のしわが、濃くなっていった。
「本当なのか?」
顔を上げ、真剣な双眸で、ラジュールを捉えている。
「だろうな」
淡白なラジュールの返答だ。
危機意識に駆られているカイルとは違い、表情の色を、一つも変えない。
羊紙には、複数の魔獣が、組み合わされ、できたキメラだと、書かれていたのである。
とんでもない内容に、身が引き締まっていった。
それと同時に、近くで、兄ルーカスの姿が、目撃されたことにより、かかわりあると思える状況に、胸が閉めつかられていく。
(兄ちゃん……)
「兄貴のことを、気にしているのか?」
コクリと頷く、カイル。
「まだ、決まった訳じゃないだろう。見間違いだってあるし……」
「いや。兄ちゃんだ」
深刻そうな双眸のカイルを、ラジュールが注いでいた。
「……確信しているのか?」
「……ああ。絶対に、兄ちゃんだ」
ラジュールたちも、詳しいことは、聞いていない。
だが、カイルの兄ルーカスが、半分魔人の血が流れていることは、学生時代に聞いて、知っていたのである。
「……きっと、魔族たちと、一緒にいるんだ」
「そうとも、限らないだろう。自ら、研究しているのかも、しれないし……」
「いや。うすうす、魔族たちと、行動を共にしていると、心のどっかでは、思っていたんだ。ただ、家族よりも、魔族を選んだことを、認めたくなくって、封印していたが……」
どこか、伏せ目がちなカイルだ。
どこを捜してもいないことで、魔族と、行動を共にしているのではないかと、抱いていたのだった。
ただ、その事実を、目の当たりにしたくないと抱き、これまで、考えないようにしていたのである。
「そうなのか?」
「うん。これで、確実になった」
無理に、カイルが、笑ってみせていた。
見るに耐えない痛々しさだ。
微かに、ラジュールが、顰めている。
「どうする?」
「わからない」
「そうか」
「でも、今でも、帰ってきてほしいと、願っているよ。大切な家族だからな」
悲痛な思いを、口に出していた。
「俺には、家族なんてものが、理解できない。ウザいだけだ」
深く、カイルの思いを、共感できないラジュールだった。
ただ、大切な友人が、家族を大切にしているから、カイルの兄ルーカスのことは、気にかけている程度だ。
それらしい情報を聞けば、カイルに、流していたのである。
「それは、ラジュールが、周りの人や家族に、囲まれているからだよ」
「無理やりに、結婚させる親にか」
自分の親のことを持ち出され、半眼しているラジュール。
ラジュールと、リュートたちの母親であるリーブは、親戚関係であり、親戚同士の画策で、二人を結婚させようとしていたのだった。
だが、リーブは、別な人と結婚し、リュートやミントを、生んだのである。
そして、ラジュールは、結婚していなかった。
ラジュールは、未だに、親や親戚からは、法力の血が強い血統の娘と、結婚しろと言われ、ここ数年は、実家に戻ることをしていない。
ラジュールたちの一族は、法力の力を高め、増量しようと、そうした血統の者と、一族の者を結婚させ、さらに、強力な力を持つ者を、輩出させようとしていたのだ。
そうした中で、リーブの家族が異端であり、また、ラジュールも、そうした一族の願いを嫌っていたのである。
実家の方も、諦めた訳ではない。
定期的に、血統のいい娘たちのことが、書かれたものを送っていたのだった。
「それは……」
「とにかくだ。理解できない」
強い声音だ。
つい最近も、送られたばかりだったからだ。
けれど、見ようとせず、すぐに、燃やしてしまったが。
「ラジュールが、自分に合う人を見つけて、さっさと、結婚すれば、諦めるんじゃないのか」
何気ない、カイルの言葉だ。
けれど、ラジュールの中で、何かが、動いていた。
(……確かに、さっさと結婚すれば、静かになるな……)
突然、黙り込んだラジュール。
カイルが、不可思議に、眺めていたのだ。
「……どうした?」
「何でもない」
「ありがとうな。わざわざ、報せてくれて」
魔獣の件を教えるために、カイルの元へ、訪れていたのである。
それも、大切な研究を、中断してもだ。
「別に、大したことはない。急に、暇になったからだ」
表情に出ていないが、カイルには、照れているのがわかっていた。
小さく、笑っている。
「……何で、笑っている」
ばつが悪そうな、ラジュールの顔だ。
「嬉しくって」
「……」
「そういえば、バドは、どうしているんだ」
コンロイ村に来ていた、バドの件を、カイルが、持ち出していた。
これ以上、話しても、よくないと巡らせたからだった。
突っつき過ぎると、ラジュールの機嫌が悪くなり、大変なことが起きるのは、実証済みだったからだ。
「課題を、出しておいた」
「それだけか?」
納得いっていない顔を、カイルが、覗かせていた。
課題も出すが、剣術科では、説教をし、罰掃除なども、させていたのである。
そして、村に遊びに出かけることも、禁止していたのだった。
「ああ。課題も、罰には、なっていないだろうな。あれは、リュートと同じで、優秀だからな、あっと言う間に、やってのけるだろうな」
ケロッとした顔で、ラジュールが述べていた。
「随分と、甘いな」
渋面になっているカイルとは、対照的な表情だ。
「結局のところ、本人の自覚だからな。大体、俺たちに、課題が出されても、変わらなかっただろう?」
昔のことを持ち出され、さらに、眉間のしわが、濃くなっていく。
「……それは、お前たちだけで、俺たちは、十分に、反省していたぞ?」
「そうか。何度も、問題を、起こしたじゃないか」
「それは、お前たちに、無理やり、つき合わされていたからだ」
噛み付くカイル。
けれど、ラジュールは、飄々としたままだ。
リーブやデュランたちが、何かしようとするたび、カイルやグリフィン、スカーレットが、止めようとするが止められず、一緒にする羽目に陥っていたのである。
そして、一緒に、罰を受けさせられていたのだった。
「同じだ」
ラジュールが、有無を言わせない顔をしていた。
それに対し、何も、言い返せない。
「バドは、バカじゃない。ちゃんと、理解している」
「理解していて、コンロイ村に、来ているのか?」
「あそこにいても、やすやすと、やられていなかっただろう? 逆に、連中を翻弄していただろうが?」
信頼をしている姿に、カイルが、嘆息を漏らしていた。
実際に、目にした訳ではない。
だが、グリフィンからの話でも、敵側を押していたことは、聞いていたのだった。
それに、リュートたちを、野放しにしているラジュールの姿勢からも、リュートたちは大丈夫だと言う確信が、得られていたのだ。
「ま、ある程度は、釘を刺しておいた。慢心は、するなって」
「それだけか」
「それだけだ」
「……お前らしいけど」
「何だ? 不満か?」
「いや」
「言っておくが、我がクラスは、強いぞ。リュートと、一緒にいた連中だ。それに、バドによっても、かなり強化されている。もう卒業しても、おかしくはないレベルに、達している。ただ、本人たちに、自覚がないだけでな」
口角が緩んでいる、ラジュールだ。
「随分と、大きく出たな」
「当たり前だ。私の生徒だからな」
「……うちだって、負けていないぞ」
「そうか。随分と、バドに、やられたそうじゃないか?」
「……」
この前のことを持ち出され、カイルが、渋面している。
「せいぜい、剣術科に、リュートも、加わったんだ。もう少し、時間を掛ければ、強くなっていくだろうな」
「……そうだな」
「だが、うちほどでは、ないがな」
不敵な笑みを、ラジュールが、零していた。
反論したいが、実際、自分がそう思っている以上、何も、言うことができないカイルだった。
読んでいただき、ありがとうございます。