第146話
ノックス村の酒場。
満杯の店内だ。
いつものガヤガヤとした、騒がしさが、店の中で溢れていた。
その一角で、チェスターとマドルカが、一緒に、酒を酌み交わしている。
立て込んでいた仕事が、ひと段落つき、恒例となっている、二人で酒を飲んでいた。
チェスターにとっての、息抜きと、なっていたのだ。
このところ、例年よりも、多くの諜報員が入り込んだせいで、二人で会うことが、ままならなくなっていた。
二人とも、学院の警備に借り出され、二人同時に、空く時間が取れない。
それと、コンロイ村近くで、現れた新種の魔獣の件もあり、一段と、学院の警備が厳しくなったことも、大きな要因だった。
日々、教師たちは、授業や警備に、追われていたのである。
「コンロイ村では、大変だったな」
マドルカが、労をねぎらっている。
教壇に立つ、毅然とした姿がない。
優しい一面を、醸し出していたのである。
幼馴染のマドルカの前と言うこともあり、チェスターは、すっかり、だらけていた。
コンロイ村の件を確かめるため、チェスターは、学院側が、派遣したメンバーの一人だった。
学院の警備があるので、多くの者を、派遣することができない。
少数精鋭で、コンロイ村に、出向いていった。
学院側としては、詳細を掴む、必要性があったからだ。
「ああ。カイルたちのこともあり、森が、酷いあり様に、変貌していた」
勝手に、いってしまったデュランたちから、遅れてコンロイ村に、入ったチェスターたち。
訪れた森の惨状に、呆然と、立ち尽くしていた。
そして、頭を痛めていたのである。
遠い目をするチェスター。
勿論、同僚からも、マドルカが、その際の話を聞いていた。
けれど、チェスターから聞くため、話を振ったのだった。
「ま、ある程度、デュランやラジュールが、元に戻していたが、俺たちは、調査よりも、森を元に戻すことに、借り出されていたよ」
本来の目的が叶わず、ひたすら、森の修復作業を行っていたのである。
到着早々に、村の重鎮たちに詰め寄られ、デュランたちのことを聞き、森を元通りに直すように、強く求まれてしまったのだった。
調査する時間が、思うように、取れなかった。
そのせいもあり、予定よりも、帰ってくるのが、遅れていたのである。
コンロイ村からの苦情もあり、チェスターたちが、森の再見に、尽力を尽くしていた。
ある程度、立つと、デュランも、ラジュールも、後は、お前たちでも、できるだろうと、さっさと、学院に戻ってしまったのだった。
取り残された面々だけで、残りの後片付けをしたのである。
「そうか。それは、災難だったな」
「本当だよ」
「とりあえず、チェスター、飲め」
「わかった」
グビグビと、飲み干す。
コンロイ村で、休息も、取れないほどだった。
「コンロイ村は、どうなっているんだ?」
「いろいろと、人が、集まっている。村自体も、そう、大きくないから、村の外で、多くの組織の連中が、野営をしていた。後から来た、冒険者たちもだが」
新種の魔獣が、出現した話が、各地に広まっていた。
組織に、関連する者だけではない。
名がある冒険者たちなども多く、コンロイ村に集まり、そうした者たちを止めておく、宿屋などのキャパが、オーバーとなり、村の外で野営までしても、興味のある者たちが残り、周辺の探索を行っていたのだった。
チェスターたちが戻ってくる頃には、いくらか、少なくなっていたとは言え、まだ、多くの者たちが、村の外で、野営していたのである。
「そうか、そうなるか。人が、各地から、集まれば」
「そういうこともあってか、村の中でも、ケンカや揉め事が耐えなく、村の上層部も、頭を抱え込んでいたよ」
村の重鎮たちは、そうした揉め事も、どうにかして欲しいと、学院から派遣されたチェスターたちに、懇願していたが、さすがに、管轄が違うと、早々に戻ってきたのだ。
「そうなるな」
「だろう?」
「このままだと、酷くなるだろうな」
「たぶんな」
少し、憐れみな眼光を、チェスターが、覗かせている。
訪れたチェスターの目からしても、コンロイ村は、酷いあり様だった。
「当分、生徒も、職員も、行かせないようにした方が、いいな」
「そうした方が、いいと思う」
今のコンロイ村の現状を、踏まえると、そういう判断が、容易にできたのだった。
「チェスターは、来ていた連中と、揉め事は、起こさなかったのか? チェスターに、その気がなくっても、気が立っている向こうから、来ることも、あっただろ?」
探るような、マドルカの双眸。
微かに、チェスターの視線が、それている。
「いや。それほど、突っかかれることは、なかった」
「でも、あったんだな」
「……少しな」
困った顔を、チェスターが、滲ませていた。
村の中で、幾度となく、因縁をつけられ、辟易していたのである。
けれど、学院で、教師をしていることもあり、そうしたやからに、遅れをとるチェスターではない。
リュートたちに、いいように、やられることがあるが。
普段のチェスターは、相応に、強さを持っていたのだった。
マドルカの瞳に、険の炎が、浮かび上がっている。
(これは、後で、彼らを、締めておかないと……)
僅かに、口角が上がっているマドルカだ。
飲んでいるチェスターは、気づかない。
不意に、酒場の客たちの声が、二人の耳に入り込んできた。
客の話題は、新種の魔獣が現れた、コンロイ村ではなく、学院の中にあるカブリート村のことだった。
自然と、二人の口が、萎んでいった。
学院の中でも、カブリート村は、小さな火種となっていたのだ。
そうしたこともあり、二人とも、なぜか、気になってしまっている。
「何だ、あのカブリート村は?」
「行った、お前が悪い」
「だってよ。薬草がなくって、あの村に、行かないとないって、言われたからさ」
渋面になっている男。
男たちは、学院の近くで、冒険者として、生業としている者たちだった。
カブリート村に対し、他に、不満を抱いている者も、ちらほらといた。
いつしか、店中で、カブリート村に対する不満を、ぶつけ捲くっている。
一端、始まってしまうと、止まることを知らない。
あちらこちらで、不満が、飛び交っていたのだ。
「観光客を、もてなすのは、村の役目なのしょう? それなのに、私たちのことを、煙たがって、早く帰れてって言う目を、向けてくるなんて、ありえないでしょう? ホント、愛想もない、村でしたね」
「ホントだ。俺が、行った時は、何しに来たんだと言う目で見て、俺が、何を聞いても、無視しやがって」
カブリート村に対する不満が、止まらない。
学院に対しても、近頃、多くの抗議の声が、届いていたのだ。
勿論、放置している訳ではなかった。
いろいろと、対策を講じていたのだ。
だが、一向に、改善される様子がない。
ずるずると、学院側も、手をこまねいていたのだった。
「俺がいっても、無視したんぞ、あの連中」
「私だって、そうでしたよ」
「何ですか? あの態度は」
マドルカも、チェスターも、僅かに、苦虫を潰した顔を滲ませていた。
未だに、声が聞こえていたが、意識を、こちら側に戻ってきていたのだ。
「困ったものだな」
他の客たちに、聞こえない程度の声で、マドルカが、話しかけてきた。
学院側の者と知られると、厄介なことになると、踏んだからだった。
「そうだな。学院側としては、もう少し、柔軟に、対応して欲しいと、要請しているんだが……」
学院側にも、近頃のカブリート村の出来事が、入ってきていたのである。
村側にも、しっかりと、要請はしているものの、改善される余地が見られない。
無視しているようにしか、思えなかったのだ。
埒が明かないので、学院は、警備の方に、注意を払って貰いたいと、連絡しているが、このところの騒ぎで、人員が少なく、なかなか、対応しきれない面があったのだった。
「次々と、頭が痛くなることが、出てくるな」
がっくりと、頭を落とすチェスター。
疲れモードな姿だ。
マドルカが、新しい酒を注ぎ入れる。
「飲め。チェスター」
「うん」
また、グビグビと、飲んだ。
「ところで、突然、カイルが、出て行ったようだが、あれは、何なんだ? ま、戻ってきたから、いいが。いつもの彼らしくない、行動だった」
「ああ。誰か、捜している人が、いるようだよ。たぶん、何らかの情報が入って、出て行ってしまったんだろうな」
「そうなのか」
微かに、マドルカが、目を見開いていた。
(人捜しで、あんなに、取り乱して、動くものなのか?)
「そうだ。今度、時間が会う時で、いいんだが、手合わせしてくれないか?」
「構わないぞ」
「久しぶりに、気分良く、汗を流したいんだ」
「私もだ」
「そうか」
笑顔で、チェスターが、酒を飲んでいく。
明るくなった表情に、マドルカも、気持ちが和んでいくのだった。
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