第145話
選択授業を、サボったダンとパウロ。
ほのぼのと、攻撃の仕方について、喋っていた。
彼らは、稽古する前に、腹ごしらえしようと、食堂へ向かっている最中だ。
不意に、グランドで、稽古に身が入っていない、ビンセントとチャールストン、トレーシーを捉えていた。
他の生徒たちも、疎らで、稽古に励んでいる。
そのせいもあり、三人にやる気がないのが、バレバレだった。
「よっ」
明るく声をかけるダンに対し、声をかけられた三人は、元気がない。
「「「ダンに、パウロか」」」
声をかけ、通り過ぎようとしていたダンだった。
だが、あまりに、三人の覇気がないせいもあり、三人の元へ近づいていった。
ほっとくことが、できなかったのだ。
「稽古していたんじゃないのか?」
「そうだけど……」
視線をそらす、チャールストンだ。
男三人しか、いなかった。
三人しかいないのかと、パウロが。辺りを見渡している。
「ガルサや、ニエルは?」
二人が揃えば、五班が、勢揃いしていたのだった。
「知らないな」
ビンセントが、答えていた。
いつの間にか、姿を消していたのだ。
空き時間になり、そのまま、三人で行動を共にし、することもなかったので、三人で稽古をしていたのである。
ただ、次第に、空しくなっていき、稽古の手が、途中で止まっていたのだ。
「どうした? どうした?」
「「「……」」」
三人とも、怪訝そうな顔を覗かせている。
「いつになく、元気がないぞ。せっかく、体格がいいのに、トレーシー、もっと、稽古しろよ」
「元気だな、ダンは」
どこか、明るいダンに、呆れた声を、漏らしているトレーシーだ。
構うのも、億劫そうだった。
恵まれた体格が、泣いているほど、トレーシーに明るさがない。
「当たり前だ。これから食堂へいって、何か、補給しようとしていたんだ。腹が減っていたら、身体が持たないからな」
「「「……」」」
三人は、食欲旺盛なダンの姿に、ついつい、ジト目になってしまう。
食欲も、近頃、失せていたのだ。
完全に、心、ここにあらず状態だった。
「どうしたの? 三人とも」
徐々に、元気を取り戻せない三人を、パウロも、心配になっていった。
「元気だなって。ダンたちは、リュートを見て、何とも思わないの?」
三人を代表し、ビンセントが、口を開いていた。
近頃、元気いっぱいなリュートの姿を、双眸に捉えるたび、逆に、元気が失われていったのだった。
どこから、そんな元気が、湧いてくるのかと。
そして、どこから、そんな能力が、生まれてくるのかとだ。
「リュートを、見てか?」
「リュートは、強いね」
のん気なパウロの発言に、顔を、渋面させているビンセント。
徐に、三人が、何に、悩んでいるのか、ダンが、ピンと来ていた。
「比べたら、ダメだろう、リュートとは」
「だけどさ……」
納得できない、ビンセントの眼光。
どうしても、比べてしまうのだ。
毎日、成長を、遂げている姿に。
成長するスピードが、目まぐるしく、速かったのである。
ふと、剣を持って、暴れているリュートの姿を、掠めていた。
「リュートは、別格だ。考えるな」
「「「……」」」
「それ以外にも、A組のバドとか、トリスとかさ」
「A組ことは、考えるな」
「ダン。それ、さっきと、同じセリフだよ」
パウロが、突っ込んだ。
「リュートは、別物として、A組のことを考えると、確かに、悔しいが」
「あの圧倒的な圧って、何だよ」
トレーシーが、吐き捨てていた。
突如、剣術科の前に、姿を現したバドの姿を、思い返していたのである。
オラン湖の近くで、剣術科の野宿体験学習をしていた際、テロスたち六班のメンバーをのし、連れてきたバドを鮮明に思い出し、トレーシーたちは、苦々しい形相が浮かび上がっていた。
仲間がやられ、無視できない。
戦闘の構えを、とっていたのだ。
けれど、ただ、ただ、トレーシーたち剣術科の生徒たちは、鷹揚な振舞いをみせるバドに、気圧されていたのだった。
遅れて、反応してみせても、内心では、ビビっていたのだ。
「村じゃ、これでも、強かったんだよな」
遠い目をし、ビンセントが、ぼやいていた。
「俺たちだって、同じだ。強いと思ったから、ここに、来たんじゃないか。そういえば、ビンセントは、近くの村で、羨ましいな。帰るのが、ラクで」
ビンセントが、村と言ったことで、彼が、カブリート村の出身と言うことを、ダンは思い出していたのである。
ダンは、学院から、少し離れた場所の出身だった。
「ラクって言っても、あの、カブリート村だよ」
「自分で、あのって、言うか」
呆れた顔を、ダンが、覗かせている。
学院の誰もが、陰湿な村だと知っていたのだ。
それほど、有名で、近寄りがたい村だった。
よほどの用事がない限り、生徒も、職員も、近づかない。
「あので、いいんだよ。ホント、陰気臭い村だから」
生まれ育った村の風景を、蘇らせていた。
トレーシーやチャールストンも、微妙な顔をしていたのだ。
同じ班と言うこともあり、カブリート村のことは、それなりに聞いていたのである。
そして、愚痴も、聞いてあげていた。
「カブリート村では、ビンセントだけなんでしょ? 学院に来ているのは?」
知っている話を、パウロが、口に出していた。
「ああ。警備しているオヤジに、手ほどき受けな。絶対に、俺が強いって、思っていたけど……。入学して、強いやつもいたが、大体は、どんぐりの背比べって、感じだったが、このところは、随分と、差が出てきて、置いてけぼりを食らっている感じだな……」
徐々に、つき始めた力の差。
ビンセントは、悩んでいたのだ。
成績が、落ちたり、上がったりしていた。
だが、今は、成績が、下降の一方を辿っていたのである。
「だったら、稽古しろよ」
気安く言うダンに、半眼しているビンセントだ。
ビンセントだって、稽古に、励んでいたのである。
だが、思うように稽古をしても、いっこうに、差が埋まらない。
段々と、開くのを感じ、焦りも、抱いていた。
それでも、さらに、稽古に、励んでいたのだった。
けれど、次第に、剣術を初めて、一年ぐらいのリュートの存在に、潜在能力の差を、物凄く痛感させられ、次第に、稽古に、身が入らなくなっていき、差も、さらに広がり、悪循環に陥っていたのだ。
「いいのか? それで。このままだと、卒業できないぞ」
「「「……」」」
「学院を中退し、誰かの元で修行しても、それだと、同じじゃないのか」
資格を得るのに、学院に通うこともなかった。
上級の資格を持っている誰かに、師事すれば、よかったのだ。
ビンセントも、父親に師事すれば、資格は得られたのである。
「「「……」」」
「ま、俺は、お前たちみたいに、やる気のないやつを、一人でも多く蹴落とし、少しでも、上にいくけどな」
ニヤリと、笑ってみせるダンだった。
図太い神経のダン。
四人は、開いた口が塞がらない。
「何か、ムカつく言い方だな」
ビンセントが、目を細めている。
そして、トレーシーやチャールストンにも、消えかかっていた火が、燃え上がっていたのだった。
「そうか。俺は、ただ、今は、周りにいるやつを、一人でもいいから、追い越し、少しでもいいから、上を目指すだけだ」
好戦的なダンの眼差し。
「ダンの踏み台なるのは、癪に触るな」
「俺も」
「俺もだ。チャールストン、ビンセント。食堂にいって、俺たちも食って、一から仕切り直しだ」
「「おう」」
「じゃ、行くか」
ダンたち一行は、食堂に向かっていった。
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