第143話
フォーレスト学院の敷地にある、カブリート村。
他の三つの村に比べ、とても静かな村だ。
道を歩いているのは、村人の数人しか、いなかった。
村人が歩いていても、互いに、喋る様子がない。
異質な雰囲気を、醸し出していたのだった。
そこへ、冒険者二人が、足を踏み入れていた。
「「……」」
立ち尽くし、村の様子を眺めている、冒険者二人。
最初に訪れた村は、活気が溢れ、人が、溢れかえっていた。
だが、ここへ来た途端から、別世界に来たような錯覚を、起こしていたのである。
「全然、違うな……」
「どうする? 安い宿は、ありそうだけど」
不安げな顔を、滲ませていた。
「でもな……」
あまりの雰囲気の悪さに、二の足を踏んでいた。
安い宿を求め、すでに、他の村で、断られていたのである。
他の村で、安い宿は、すでに埋まっていて、高い宿屋しか、空きがない状態で、安い宿を求め、カブリート村に来ていたのだった。
フォーレスト学院に腰を下ろし、ゆっくりと、この近くで、稼ごうとしていた。
学院の近くには、程よい魔獣や鉱物、薬草があり、冒険者にとって、人気の場所でもあったのだった。そのため、ある程度の実力を、身につけた冒険者たちは、ここで腕を磨き、更なる高レベルな場所へ求め、向かっていたのだ。
その目論見は、目の前の光景のせいで、崩れそうになっている。
気持ちを奮い起こそうとしても、目の前を、通り過ぎていく村人により、一気に沈んでいった。
「どうした?」
脇から、村の警備をしている村人から、声をかけられ、二人の冒険者は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
今まで、声をかけようとしても、村人から、冷たい眼光を傾けられ、なかなか声をかけられなかったからだ。
「安い宿を……」
「この辺には、宿がないぞ」
「マジかよ」
「何で……」
落胆している二人の冒険者に、男が苦笑していた。
声をかけられる人を求め、カブリート村の奥の方に、いつの間にか、入り込んでいたのだった。
「俺は、この村の警備を担当している、アセンと言う」
名乗ったアセンは、四十代後半で、人の良さそうな顔を滲ませていた。
学院にある村には、警備をする者がいて、その村に、居住していたのだ。
何代に渡り、警備している者もいれば、新規で、警備に当たる者もいたのだった。
「この村は、何なんだ?」
さらに、苦笑した顔を、アセンが、覗かせている。
誰もが、初めて、この村に訪れた際になる顔を、していたからだった。
幾人かの村人が、無視し、素通りしていった。
アセンと冒険者二人が、喋っていても、冷え冷えとした双眸を巡らせ、すぐさま、三人の姿を、視界から遠ざけ、過ぎ去っていく。
「この村の成り立ちを、知っているか?」
「確か……、学院が、できる前からある村で、一番、古いんだよな」
「ああ、その通りだ。学院を、ここに作る際に、この村が反対し、揉め事があったのは、知っているか?」
「いや」
「そんなことが、あったのか?」
驚愕している、冒険者二人だ。
彼らは、学院に来る前に、ある程度は、知識を入れてきていた。
だが、そこまで、深い話を、調べていなかったのである。
ある程度の地形と、魔獣の生息場所など、一般的な知識だけだ。
アセンの方も、詳しい知識など、求めていない。
知っているか、どうか、確認しただけだった。
毎度、説明をしているので、慣れていたのである。
「村人にとっても、権力者の意向に、勝てる訳もなく、この通り、学院は、できたんだがな。ただ、学院と村の取り決めで、学院の仕事をする代わりに、自分たちに、干渉しないことを求めて、学院側は、許容範囲の中で、それを認めたって訳だ。だから、このカブリート村は、他の三つの村に比べて、閉鎖的な訳って言うことだ」
あっけらかんとした、アセンの口調。
これまで幾人の者に、説明してきたこともあり、滑らかだ。
対照的なのは、冒険者二人で、顔が、渋面になっていた。
「だからって、これかよ」
「ホントかよ……」
肩を落としている、二人だった。
二人の反応も、アセンにとって、何度も、見てきたものだ。
「このカブリート村は、昔ながらの村人と、新たに、移住してきた村人に、分かれているから、比較的に、新たに、移住してきた村に、聞くといい」
カブリート村は、大きく二つに、分かれていたのである。
一つは、昔ながらの住人で、同じ、昔ながらの住人以外、めったに、口を開くことがない、閉鎖的な住人だ。
もう一つが、新たに、移住してきた住人だった。
彼らなりに、昔ながらの住人と、コミュニケーションを図ろうと、努力していたが、決して、昔ながらの住人は、打ち解けようとはしなかったのである。
二つの間に、大きな隔たりが、でき上がっていた。
そのため、新たに移住してきた住人は、そういう人たちだと割り切って、いつしか、付き合うことになっていたのだった。
「……違いは?」
「村人が、尖っているか、そうじゃないかだな」
「この村に来て、みんな、尖っていたんだが?」
眉間にしわを寄せていた。
冒険者二人が、入り込んでいる場所は、昔ながらの住人が、多く住んでいるところであり、アセンたち警備する者たちも、仕事以外、めったに、足を踏み入れない場所でもあったのだ。
知らず、知らず、冒険者二人は、そうした場所に、入ってしまっていたのである。
「それは、災難だったな」
「アセンは、移住した口なのか?」
「似たようなものだ。俺は、元々、お前らと一緒で、冒険者をしていた。その際に、妻となった女と出会って、妻の生まれた村に、来たってことだ」
村で、警備を担当している多くが、元冒険者や騎士団に所属していた、それなりに実力を持っている者たちで、形成されていた。
学院に、入り込んだ諜報員を、捕獲したりするのも、ある程度の腕前を持っていないと、できなかったからだ。
「奥さんは、移住組か?」
「ああ。俺の奥さんも、村の雰囲気がいやで、出てきて、冒険者をしていたんだが、子供ができてな。それに、俺も、冒険者として、限界を感じていたからな。だから、ここで、警備の仕事をついている」
「子供は、ここに?」
「いや。学院で、生徒をしている。剣術科七年生に所属して、ビンセントって言うんだ」
「息子か」
「ああ」
アセンの息子は、リュートのクラスメートの一人だった。
「学院にいるってことは、優秀だな」
冒険者の賛辞に、アセンは、顔を綻ばせていた。
子供を褒められ、嬉しくない親がいない。
「一応な。ここの村では、あの子だけだな。学院に、いっているのは」
閉鎖的と言うこともあり、カブリート村の出身の生徒は、これまで、いなかった。
アセンの子、ビンセントが、初めて、学院で、学んでいたのだった。
「凄いじゃないか」
「ありがとうな。ところで、宿屋を探しているんじゃないのか?」
「「そうだった」」
「だったら、馴染みのところを、紹介してやるよ」
「助かる」
心底、安堵した表情を、冒険者二人が見せていた。
「お前たちみたいに、来る冒険者も、多いんでな」
冒険者二人は、何とも言えない顔だ。
村の警備をしつつ、アセンたちの仕事は、知らずに訪れた、冒険者や観光客に対し、村の説明と、宿屋や店の案内も、していたのである。
「いくぞ」
アセンを先頭に、冒険者二人がついていった。
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