第141話
学院に、ソルジュとユルガの姿があった。
リュートたちが、学院に戻ってきて、三日後に、学院に、二人が辿り着いていたのである。
学院にある、ノックス村に宿を取って、フォーレスト学院の周囲を、自由に、見て回っていたのだった。
二人の姿は、学院内で、見られることが多く、話題にもなっていたのだ。
校舎に、近い場所を、歩いているソルジュ。
師匠であるユルガと別れ、一人で、散策している。
チラチラと、注がれる生徒たちの双眸。
小さく、ソルジュが、息を吐いていた。
そうした状況に陥っても、散策をやめない。
広い学院の敷地には、未知数のものが、存在している可能性があるからだ。
日夜、そうしたものを、二人で、探していたのだった。
「移動しよう……」
到着して早々、トリスに付き纏われ、学院中に、ソルジュが、弟だと言うことが、バレてしまったのである。
そのため、好奇な目に晒され、うんざりしていた。
トリスが授業を出ず、ずっと、散策をしているソルジュを、追いかけられていたのだ。
常に、ソルジュに張り付き、離れる様子がない。
挙句、宿屋までついていき、朝早くに、宿に出向かいまで、来ているほどだ。
最初は、無視していたが、無視できなくなっていた。
付き纏われることに嫌気がさし、張り付こうとするトリスから逃れるため、このところは、逃げ惑っていたのだった。
ここ数日のトリスとソルジュの鬼ごっこが、学院の話題で、持ちっきりで、さらに、ソルジュに対する興味が、持たれていたのである。
トリスとしては、久しぶりの弟との交流に、ウキウキし、周りが、一切、見えていなかっただけだった。
そうしたこともあり、周りの生徒たちは、面白がっていた。
そうした経緯もあり、トリスや、好奇な生徒たちの目から逃れるため、学院内を探索しつつ、一人になれる場所を探していたのだ。
(ここは、どこだ?)
また、来たことがない場所。
頭の中で、学院のマップを広げていた。
探索しつつ、広大な学院のマップを、作っていたのである。
だが、三分の一も、でき上がっていない。
トリスに付き纏われ、逃げていたせいで。
「……」
旅に出てから、先ず師匠であるユルガから、一番先に、教えて貰ったことでもあった。
独自に、マップを作ることで、常に、自分の居場所を、ある程度、把握できるようになるからだった。
(……剣術科の校舎の近くか……)
徐々に、眉間に、しわができ上がっていく。
脳裏に浮かぶのは、剣術科の所属している、リュートの姿だった。
(不味いな。ここも……)
どちらに、行こうと思案していると、背後から、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「ソルジュじゃないか」
「……」
振り向かなくても、その主が、リュートだと理解していた。
(……何で)
自分の運の無さに、嘆くしかない。
「こんなところで、何しているんだ?」
ゆっくりと、振り向くソルジュだ。
目の前には、リュート一人だけで、他には、誰もいない。
リュートの手には、剣が携えられていた。
少しだけ、ホッと胸を撫で下ろす。
興味を持たないことは、一切、素通りしていくリュート。
近頃の、トリスとソルジュの鬼ごっこを、全然、知らなかったのだった。
すでに、保健室で、グリンシュ主催のお茶会を、一緒に過ごしていたこともあったが、一人でいたので、何気なく、声をかけたに、過ぎなかったのだ。
「別に……」
どこか、いじけているソルジュ。
だが、気づかないリュートである。
「ああ。探索か」
したり顔を、リュートが、滲ませていた。
間違ってはいなかったので、否定はしない。
ただ、探索よりも、逃げている比重の方が、多かっただけで。
「リュートは、何していたの?」
そっけない態度のソルジュだ。
「稽古だ」
胸を張っているリュート。
(稽古ね……)
「凄いね」
リュートの口が、むにゅむにゅと、動いている。
「だろう」
(まったく、褒めていないんだけど……。変わらないな、リュートは)
「何か、いいものでも、見つかったか」
「いや」
「フォーレストが広いから、きっと、気に入るものも、出てくるんじゃないのか」
「そうだと、いいんだけど」
(……兄さんさえ、いなければ……)
不意に、ソルジュが、遠い目をしてしまう。
特別に、ユルガたちは、学院内の敷地の散策を、認められていた。
普通では、ありえない待遇でも、あったのである。
「……そう言えば、随分と、屈強な人たちが、入り込んでいるけど?」
あちらこちらで、諜報員たちと、教師や警備している人たちの戦闘が、幾度となく、繰り広げられていたのである。
こうした光景を、至るところで、ソルジュは、目にしてきたのだった。
物騒だなと、抱いていたのだ。
「昔からだぞ」
「そうなの?」
「暇人なんだろう」
「暇なのかな」
微かに、納得がいかない表情を覗かせ、首を傾げていた。
「殺伐としているね」
(都でも、こんな物騒じゃないけど)
「暇つぶしになるぞ」
ニカッと、リュートが、笑顔を滲ませている。
(うっ。……村での光景が……)
ありありと、諜報員たちを、捕まえるリュートの光景が浮かび、トリスや、コンロイ村で出会った友人たち、お茶会であった友人たちの顔を掠めていった。
(ホント。どこにいても、変わらない。いつになったら、落ち着くんだろう……。でも、無理だよな……)
「……兄さんも、よく暇つぶしを、やっているの?」
「勿論だ」
(何やっているんだ、兄さんは。リュートのお目付け役が、一緒になって遊んで……)
騒動を起こす、リュートたちの姿から、学院の教師たちが、紛争している光景が、浮かび上がっていたのだった。
「……先生たち、苦労しているだろうね」
「そうか」
わからないと言う顔つきをしているリュート。
(……つくづく、ここに、来なくて、よかった……)
「せっかくだ。グリンシュのところに、行こう」
「いいよ」
断っているのもかかわらず、ソルジュの腕を掴み、保健室の方へ、軽快な足取りで歩き出す。
観念したソルジュ。
渋々と、促され、ついていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
第5章は、これで、終わりになります。
閑話を経てから、新章に入ります。