第139話
保健室で、治療を終えた、リュートたち。
その後は、グリンシュ主催のお茶会が、始まっていたのである。
テーブルに並べられる、数々のお菓子に、一目散に、目を奪われた、リュートとミントによる、お菓子の争奪戦が行われていたのだった。
いつもの恒例に、リュートとミントを、注意する者などいない。
それぞれに、お菓子を堪能したり、お喋りをしていたのだった。
そして、その席に、カテリーナの姿がなかった。
「新種の魔獣とは、面白い出来事と、出逢いましたね」
「どこが、面白いんだ。俺たちは、どうなるのかと、冷や冷やだったぞ」
楽しんでいるグリンシュに、トリスが、目を細めている。
お茶を飲みながら、トリスが、ことの仔細を、話していたのだった。
内心では、久しぶりに味わった緊張感に、ヘトヘトに、疲れていたのだ。
その脇では、カーチスの食べ方に、カレンが小言を言い、それを温かい目で、クラインたちが眺めていたのである。
コンロイ村にいた、殺伐とした空気が、ここにはない。
いつもの日常の空気に、戻っていたのだ。
「それは、大変でしたね」
「本当だ」
「でも、コンロイ村の近くで、新種の魔獣とは、珍しいですね」
逡巡してみせる、グリンシュ。
コンロイ村の近くの森に、多くの魔獣が、いることはおかしくない。
その素材により、コンロイ村では、様々な武器や防具が、作られていたのだった。
初級者の冒険者や、中級者の冒険者の狩場でもあったのである。
比較的安全に、経験などを、積むこともできたのだ。
(興味が、注がれることですね。私も、薬草採取の傍らで、いってみましょうか)
「そうだな。あの辺一体で、新種の魔獣が、出るなんて話、これまで、聞いたことがない」
「私もです」
「……グリンシュも、知らないとなると、ますます、おかしな話になっていくな」
「ですね」
(じいちゃんに頼んで、少し、調べて貰うか)
「もし、何かわかったら、私にも、教えてくださいね」
「わかった。ところで、血相変えて、カイルが、出ていったのは、何でだ?」
気になっていることを、トリスが、口に出していた。
最優先は、リュートやミントの治療、それと同時に、自分たちの治療でもあったので、これまで話に出さなかったのである。
最優先事項が終われば、次に、興味があることに、意識が注がれていくのだ。
「ああ。それですか、たぶん、お兄さんを、探しにいったんでしょうね」
二人の話に、クラインたちも、興味を持ち出し、いつの間にか、お喋りや食べることが止まっていたのである。
リュートやミントは、そのまま、競うように食べていたが、興味のある話に、耳だけは傾けていたのだった。
「お兄さん?」
首を傾げるトリスだ。
カイルに、兄がいることを、知らなかったのである。
(カイルに、お兄さんがいたのか……)
トリス以外にも、目を丸くしている者が多い。
リュートとミントだけが、そうなんだと、あっさりとしていた。
「えぇ。だいぶ前に、家を出て、心配するカイルが、ずっと、その行方を、捜していたんですよ。ここを卒業後に、いくつか、いい話もあったのですが、学院に在学中に、お兄さんが家を出て行ったものですから、卒業後は、冒険者として登録して、各地を、いろいろと巡って、探していたんです」
カイルのことを、意図も簡単に、話してしまうグリンシュ。
その表情は、悪びれる様子もない。
ただ、ニコッと、笑顔を、覗かせていたのだった。
「へぇー」
意外過ぎる話に、トリスは、さらに、興味が広がっていく。
学院の教師になる前は、冒険者として、いろいろなところを、旅していたと、情報を得ていたのである。
ただ、それが、兄を捜すためだったとは、知らなかったのだった。
一部の教師たちの間では、知られた話で、触れてはいけないのではないかと、興味本位に、口にする教師たちがいなかったのだ。
「随分と、兄思いなんだな」
ふと、トリスの脳裏に、妹や弟たちの顔が、浮かんでくる。
その存在は、かけがえのない、大切なものだった。
(……確かに、行方がわからなければ、俺も、捜し出すな)
「そうですね。学生の頃から、お兄さんのことが心配で、よく、手紙を出したり、リーブたちの目を盗んで、帰っていましたから」
「「「「「……」」」」」
突如、リーブの話題に、リュートやミントの身体が、強張っていた。
カイルの話題で、グリンシュ以外は、気づかない。
僅かに、トリスの表情が、訝しげている。
(おばさんたちは、何をやっていたんだ)
「ま、それも、楽しい思い出の一つでしょう」
「……そうなのか?」
「そうですよ」
「そういえば、カテリーナ先生が、グリフィン先生に、カイルのこと、頼んでみたいだけど」
「カイルたちと、ラジュールが、同期だってことは、知っていますよね」
「勿論」
「デュランや、グリフィン、スカーレットも同期で、いつも一緒に、つるんで遊んでいたんですよ。ちょうど、君たちのように」
教師たちの顔触れを、それなりに、把握していたトリス。
そのため、名前を聞いただけで、顔と所属を、認知していたのだ。
徐々に、哀れみの形相を、トリスが、滲ませている。
クラインたちも、同じような表情を、見せていたのだった。
(科が違うから、今まで、接点がなかったけど、グリフィン先生、随分と、大変だったんだろうな)
「そうなんだ……」
「きっと、今頃は、カイルを、捜しているでしょうね」
ふふふと、グリンシュが、微笑んでいたのである。
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