第138話
リュートたちは、職員室に行くことなく、バドが消えてから、程なくして、カイルたち教師陣が、リュートたちのことを聞きつけ、鬼気迫る形相で、駆けつけてきたのだった。
カイルやカテリーナ、後、複数の教師たちの顔触れもあった。
魔法科の担任をしている、ラジュールの顔がない。
彼の元にも、リュートたちの件は、持ち込まれていた。
いつものように、研究に、明け暮れていたのだ。
戻ってきたのであれば、大したことはないだろうと、大切な研究を続けていたのである。
教師たちの大群の多さに、圧倒されているセナ。
(な、何!)
あっという間に、教師陣により、囲まれていたのだ。
見知らぬ教師たちもいて、セナ自身、緊張で、身体を強張らせていた。
そして、次第に、自分たちが、思っている以上に、大事になっていることに、頭を悩ませ、不安を募らせていたのである。
(どうしよう……)
リュートたちを、取り囲む教師陣たち。
まず、リュートたちの姿を、自分たちの目で、確かめていたのだ。
本当に、傷だらけなのかと。
実際に見て、相当な痛手を、覆っていただろうと思えるいでたちに、本当だと、驚嘆の声が上がっていたのである。
教師陣の誰もが、リュートたちの実力を、把握していたからでもあった。
その中で、異色だったのが、カテリーナだ。
いつもと、表情が変わらない。
だが、カイルたちの顔色が、強張っていたのが、見て取れたのだった。
激しく、負傷していると耳にし、カイルたちは、大急ぎで現れたのだ。
実際に、目の前にし、衝撃で、なかなか、声を掛けることも、できなかったのだった。
「……大丈夫か? 一体、何があった?」
ようやく、驚きから、意識を回復したカイルが、声をかけていた。
まだ、多くの教師陣は、回復していない。
微かな、どよめきが、残っていたのである。
「ま……」
「新種の魔獣と、遭遇した」
楽しげに、言おうとするリュートを遮り、突如、トリスが割り込んできた。
バドの時も先に越され、仏頂面のリュートだ。
カイルたち教師陣の多くが、新種と言う響きに、フリーズしている。
とても、危険なことだからだ。
どういった能力が、備わっているのか、わからない魔獣相手に、まだ、見習いが相手をするには、とても、危険な行為だったのである。
どんなベテランでも、新種の魔獣を、相手をする際は、かなりの慎重さを、求められていたのだった。
驚愕しつつも、カイルは、リュートたちの様子を窺っていた。
見た限りでは、大きな損傷は、ないようだった。
ホッと、胸を撫で下ろすカイルだ。
だが、緊張の糸が、緩むことがない。
「倒したと、聞いたが?」
「リュートとミントちゃんが、最初相手をし、最後に、リュート一人が、魔獣と戦って、倒した。絶命したことは、俺も、確認済みです。間違いはない。後のことは、村の人たちに頼み、治療を施した後、戻ってきた次第です」
冒険者たちが、襲ってきたことは、口にしない。
それらの連中の処理したことも、言わないと、いけないからだ。
クラインたちも、トリスに、一任していた。
一番、面倒が起こらないだろうと、言うことでだった。
「数は?」
「一体だけです」
「他は、いなかったんだな?」
「たぶん。遭遇したのは、一体だけだったんで」
「わかった。協会には?」
「その連絡も、頼みました」
「そうか」
リュートとミントが、魔獣と対峙し、傷だらけで、帰ってきたと、耳にした時は、教師陣の中で、大きな緊張が走っていたが、今は、落ち着きを取り戻していたのである。
ベテランの冒険者並みの実力を、現在持っているリュートが、魔獣相手に、ケガしただけで、どれだけ、強い魔獣が、出てきたのかと慄いていたのだ。
そして、近くに出没すれならば、大規模な討伐も、検討しなければ、いけないと巡らせていたのだった。
リュートが、傷だらけと言うことは、それほどの衝撃だったのだ。
「治療は、終わらせたのか?」
「完全に、治すことができなったので、グリンシュの元で」
「わかった」
ようやく、報告もしたと、緩んだトリスだった。
大事なことなので、きちんと、報告した方がいいと抱き、内心では、かなり張りつめていたのである。
クラインたちも、終わったと、肩の荷を、少しだけ降ろしていた。
「で、他に、何かあるか?」
「ある!」
大きく声を、張り上げる者がいた。
突然の出来事に、いっせいに、トリスたちの視線が、その主に集まっている。
「面白いやつに、会ったぞ」
トリスたちは、何を言っているんだと言う顔付きだ。
そして、そんなやついたかと、対峙した冒険者たちの顔を、思い返していたのである。
だが、面白いと言うまで、いかない。
どこにでも、いそうなメンツばかりだったのだ。
怪訝そうな顔を、トリスたちが、覗かせている。
「魔獣と、出会う前に、出会ったやつで、もう一度、会って戦ってみたい。今度は、そいつと」
ワクワクした、リュートの声音。
その声音だけで、もう一度、早く会いたいことが、表れていたのである。
「あ……、あいつのこと。確かに、面白そうだったね」
リュートの言葉で、誰のことか、すぐに察し、ミントも次第に、興味を注がれていった。
トリスたちは、聞いていない話に困惑し、カイルたちは、魔獣と遭遇する前に、出逢った者がいたと言うことに、何かあるのではないかと、強い危機感を抱いていたのだ。
カイルの眼光が、鋭くなっていく。
(新種の魔獣に、会う前に会うなんて、おかしい……)
「そんなやつ、いたのか?」
何気ない、カーチスの呟きだ。
「いた。そいつも、魔獣を、探していた」
「最初、散歩って、嘘ついていたけどね」
「「「「「……」」」」」
妖しくなっていく話。
徐々に、トリスたちが、頭を抱え込んでいる。
(((((なぜ、そんな重要な話をしない))))))
ついつい、ジト目で、のん気なリュートを、睨んでいるトリスだった。
「どんなやつだ」
冷静に、魔獣と出逢う前に、遭遇した者の特徴を、カイルが尋ねていた。
話によっては、協会に知らせ、自分たちも、状況を確認しておくべきだと、判断したからだった。
「肌の色が、やや褐色で、髪が長く……あっ、そうだ。フォーレストに弟が、学院に通っていたって、言っていたぞ。本人は、通っていなかったみたいだな。強そうだったのに……」
残念そうな顔を、リュートが、滲ませていたのだ。
金縛りにあったかのように、カイルが、硬直している。
目は、大きく見開いていた。
(兄さん……)
乏しい言葉でも、カイルの勘が、訴えていたのだった。
兄のルーカスだと。
唐突に、いなくなってしまったルーカスのことを、長年、カイルは、捜していたのである。
その手がかりを得て、止まっていることができない。
カイルの双眸に、リュートや教師陣たちが、映っていなかった。
あるのは、兄ルーカスの姿だった。
「!」
何も、告げることなく、カイルが飛び出していく。
その背中を、唖然と、見送ることしか、できない面々。
「何だ?」
「何?」
首を傾げている、リュートとミントだ。
とても教師らしい行動では、なかったのだった。
そのせいもあり、トリスたちも、何だと、きょとんとなっていた。
教師陣の中でも、いつもの、カイルの行動からは、考えられない姿に、瞠目したり、眉を潜めている者もいたのだ。
「リュート君も、ミントちゃんも、楽しかったですか」
突然、黙っていたカテリーナが、声をかけたことにより、カイルのことは、霧散されていく。
「楽しかったぞ」
「私も」
「それは、よかった」
微笑むカテリーナである。
「そうだ、これ」
コンロイ村の目的でもあった、カテリーナからの依頼された物を渡した。
カテリーナの手の中にある、《セブンクォーツ》。
「ありがとう」
「完了だな」
満足げなリュート。
(これで、作れますね)
手の中で、《セブンクォーツ》が輝いていた。
そして、カテリーナの双眸が、教師陣の中にいた、疲れを滲ませている、グリフィンに注がれている。
「グリフィン。申し訳ないのですが……」
「わかっているさ。カイルにも、困ったものだな」
ポキポキと、首を鳴らしている、グリフィンだ。
「はい」
「これから、デュランや、ラジュールに、知らせてくる」
「ありがとうございます」
「一応、俺と、スカーレットもいってくる。あれらだけでは、心配だからな」
「えぇ。そう願います」
「悪いけど、後のことは、頼めるか」
「はい」
ニッコリと、笑顔を覗かせている。
カテリーナと、話し終えたグリフィンも、面倒臭そうに、その場を後にした。
カイルの時とは違い、無造作に、頭を掻きながら、歩いている。
「何が、あったんだ?」
「何でも、ありませんよ。カイルが、飛び出していったんで、連れ戻しをお願いしたんです」
なんでもないと言う顔を、カテリーナが、滲ませていた。
「そうか」
あっさりと、納得したリュートだ。
(((((とんでも、ないことだろう!)))))
瞠目している、トリスたちを放置し、カテリーナが、他の教師たちに、視線を巡らせている。
「後のこと、お願いできますか?」
「承知した」
教師たちは、瞬く間に、各々の仕事に戻っていく。
「では、私も、出かけるとしますか。では、リュート君たち」
ゆったりと仕草で、カテリーナも、どこかへ、出かけていくのだった。
手を振っている、リュートやミント。
眉を潜めているトリスたちだけが、残っていたのだ。
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