第137話
傷だらけで、リュートたちが、学院に戻ってきたため、学院では、大きな騒動が巻き起こっていたのである。
右往左往する、教師や生徒たち。
それらを尻目に、リュートたちは、気にした素振りを見せない。
悠然と、学院内を闊歩している。
近しい者たちは、リュートたちに駆け寄り、何があったのかと、問い質しに来る者もいたが、そういった者たちを、軽々と、トリスたちが交わし、先を進んでいった。
学院内を、奥に進んでいくと、いつしか、静かな廊下を通っていたのである。
そうすると、壁に寄りかかり、待ち受けている者の姿を、捉える面々。
意外過ぎる人物に、目を見開いていたのだ。
「「バド……」」
トリスやクラインは、僅かに、顔を顰めている。
どう見ても、事情を聞きに、待ち構えている様子だったからだ。
((早っ))
「バド。珍しいね」
堂々と、構えているバドを、トリスが見据えていた。
「当たり前だ。リュートが、梃子摺った相手だからな」
バドの顔は、にやけている。
久しぶりに、手応えある実験が、できると、踏んでいたのだった。
「「「「「……」」」」」
付き合いの長いバドの思考に、トリスたちが、頭を抱え込んでいた。
もう、ひと騒動、置きそうな予感にだ。
「面白かったぞ」
空気を読まず、顔を綻ばせているリュート。
若干、一人だけ、違っていたのだ。
「そうか。一体、どんなやつだ」
歓喜し、話し始めようとしている、リュートとバド。
更なる頭痛が、呼び起こっていた。
そうしたトリスたちに、気づく様子がない二人だ。
「見たことがない、魔獣だ」
「見たことがない?」
瞬時に、バドの目の色が、喜々に変わっていく。
(これは、いいぞ)
「それは、面白そうだ」
「だろう」
興味をますます示し、さらに、聞きたそうな顔を、バドが、覗かせていたのだった。
リュートの方も、いろいろと話したそうに、うずうずしている。
「リュート、バド」
危機感のない二人を、トリスが、窘めていたのである。
夢中になり始める二人。
止められるのは、トリス、クラインなど、数少ない。
誰かが、止めなければ、二人は、豪胆に、突き進むだけだった。
邪魔するトリスを、バドが、睨んでいた。
そうした視線を注がれても、トリスの表情が崩れない。
緊迫した要素を、二人の間で、漂わせていたのである。
何度か、リュートを止めるため、バドとトリスは、対峙したことがあった。
実力的に言えば、断然、バドの方が上だった。
見つめ合う両者。
何度か、二人の場面に、遭遇している面々は、あちゃーと言う顔で、眉を下げていた。
困ったような顔を、アニスが、滲ませている。
違うクラスのアニスだったが、カレンから、二人の話を、それなりに、聞き知っていたのだった。
蚊帳の外だったのが、セナだ。
何だと、訝しげな眼差しを送り、二人の様子を、静かに窺っていた。
そして、きょとんとした顔で、二人を、リュートが眺めていたのである。
「倒したんだろう?」
話を中断され、バドは、面白くない。
「当たり前だ」
「だったら、問題なかろう?」
「大ありだ」
小さく、バドが、息を吐いていた。
邪魔され、機嫌は、悪くなっていったのだ。
そうした様子を、肌で感じ取っているカーチス。
トリスとバドの顔を、何度も、行き来している。
バドの機嫌が、悪くなると、自分たちが、実験対象にされることが、多かったからだ。
だからと言って、仲裁に、入る勇気なんてない。
逆に、両者から、言い返されるのは、経験済みだった。
ただ、神妙な顔で、二人の動向を眺めていた。
「少しぐらい、バドと、話しても、いいじゃないか」
友達に話したいリュートは、不貞腐れ気味だ。
途中で、中断させられたからである。
リュートの言葉で、あっと言う間に、自分たちの状況を、思い知る二人だった。
軽く息を吐いていると、ムスッとしているバドから、口を尖らせているリュートに、視線を傾けていく。
「先生たちに、報告が先だ」
「……少しぐらい」
小さな声で、リュートが反論していた。
「ダメだ」
「ケチ」
完全に、剥れているリュートである。
「それに、報告が終わったら、グリンシュのところで、治療もしないとな」
「これぐらい」
「ダメだ」
トリスの、有無を言わせない顔。
静かに、怒っているトリスを、捉えている。
コンロイ村に戻っても、ある程度、リュートやミントの治療を、行っていたのだ。
それでも、完全に、回復した訳ではない。
そして、念入りに、調べて貰う必要もあったのだった。
「帰って、おばさんに、見て貰うか?」
決定的な一打を、トリスが、口に出した。
突然、フリーズする二人だ。
隙あらば、退散しようと、ミントが、画策していたのである。
「「……」」
リュートとミントの顔が、段々と、渋面になっていく。
「それでも、いいぞ」
余裕な笑みを、トリスが漏らしている。
そうした姿に、慄いている二人だった。
ただ、黙って、首を傾げているトリスを、捉えていた。
「どうする?」
「……保健室にいって、グリンシュに、ちゃんと見て貰う」
観念した、リュートだった。
「私も」
素直に、トリスに、応じる二人である。
「じゃ、バドとの話は、後だ」
「治療してても、話は、できるだろう」
譲らないバドが、トリスたちに、割り込んできた。
決着できたと思ったら、出てきたバドに、顔を曇らせている。
(せっかく、落ち着かせたのに……)
トリスたちも、本職の冒険者たちを相手に、見た目は、そうでもなかったが、相当、疲弊していたのだった。
村での治療は、酷いリュートたちが中心で、自分たちの治療は、簡単に済ませているだけ、完全回復していなかったのである。
肝が据わっている、バドの眼光。
落ち着き払っている仕草を、窺わせるトリスが、ずっと、見ていた。
「……わかった。手短に、頼むぞ」
トリスの肩が、緩まった。
リュート同様に、好奇心が、くすぐられたバドが、容易に引かないことは、把握していたからだった。
さっさと、話を終わらせ、リュートとミントの本格的な治療に、専念させたかったのである。
だから、バドに、少しの時間を、譲ったのだった。
「リュートが、知らない魔獣と言うのは、本当か?」
「本当だ」
トリスが答えた。
自分が、答えようとしていたのに、先を越され、口を尖らせている。
リュートに話させると、不味い行方になると巡らせ、トリスが、自分と話した方が短く終わると抱き、詳細を語り出したのだった。
「お前も、知らない魔獣か?」
「ああ」
リュートも、トリスも、知らない魔獣と聞き、バドは、大きな高鳴りを、胸に抱いていた。
知識も、豊富な二人。
その二人が、知らないことで、口元のニンマリが、止まらない。
好奇心に溢れる、バドの双眸。
カーチスたちは、やったなと言う顔を、覗かせている。
この後のバドの行動が、手に取るように、理解できていた。
「力は?」
「今回、リュートは、ほぼ、本気の力を、出していたはずだ」
「マジか」
バドの眼光が、傷だらけのリュートに、注がれていたのだ。
「本当だ。もう少しで、力に、飲み込まれるほどだ」
当時を思い出し、リュートが、口にしていた。
「そこまで、追い込まれていたのか?」
まだ、信じられないと言う顔を、バドが、滲ませている。
それと同時に、大きな興味が、膨らんでいったのだった。
「悔しいが、そうだ」
「……それは、凄い」
「倒したから、たぶん、調査は、協会がするんじゃないのか」
あの後のことを、トリスが話した。
「知らせたのか?」
不満げなバド。
「村の人に、頼んだ。だから、そのうち、協会が、出向いてくるだろう」
「……じゃ、今から行けば、調べられるか」
ギラギラと、輝いているバドの瞳。
「村の人たちが、警備しているから、難しいんじゃないのか」
呆れた顔を、トリスが、覗かせている。
「大丈夫だ。手は、いろいろとある」
不敵な笑みを零しているバドの姿。
カーチスたちが、顔を、引きつらせていた。
バドも、やるとなったら、徹底的にやる人間側だったのだ。
「無理は、するなよ」
止めても、無駄だと、知っているトリスだった。
「できるだけな」
「な、バド。他にも、知らない魔獣が、いるかもしれないから、それも、調べておいてくれ。後で、一緒に倒して行こう」
楽しげなリュートの口調だ。
懲りていないのかと、カーチスたちが、脱力している。
「承知した」
聞きたい話を、聞いたバド。
もう、用はないとばかりに、さっさと、リュートたちに、背中を向け、調査する準備を急ぐため、自分の研究室に、鷹揚な立ち振舞いで、戻っていったのである。
その背中を見送って、トリスが、息を吐いていた。
「報告に、行くぞ」
「わかった」
皆を促し、職員室へ、向かっていく。
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