第136話
「いいものを、見させて貰った」
微かに、ルーカスの口角が上がっていたのだ。
ルーカスは、リュートと魔獣の戦いを見終わり、きびす返していたのである。
その動きに、一切の躊躇がなかった。
足取りに、速さはない。
いつも通りに、ゆったりとした歩調で、歩いていたのだった。
「帰るとするか」
倒れている魔獣を、回収するつもりがなかった。
回収するとなると、彼らの前に出て、彼らを、殺すしかなかったからだ。
今の段階で、殺すことは、押しい気がし、したくなかったのである。
「シャナリアたちには、悪いことをするな」
申し訳なさそうな顔を、覗かせているルーカス。
ルーカス自身、他人から、誹謗を受けることは、慣れているので、気にしてはいなかった。けれど、部下のシャナリアたちは、そうではなかった。
だから、シャナリアたちに、悪いなと、巡らせていたのである。
「でも、しょうがないか」
頭の中は、もう、シャナリアたちを回収し、帰ることしかなかった。
そして、いつになく、軽やかに、歩いていった。
トリスたちは、襲ってきた者たちを、安全な場所まで、下がらせてから、リュートたちの気配を辿って、ようやく、二人の元へ、駆けつけていったのである。
阻害呪文が掛けられていると巡らせていたが、徐々に、二人の元に、近づいていったのだった。
駆けつけた瞬間、トリス、クライン、セナ、アニスは、意識を失っているリュートに、瞠目していた。
異常事態に、言葉なんて必要ない。
瞬時に、トリスとクラインが、回復魔法を掛けているミントから交代し、リュートの回復を図っていたのだった。
遅れること、僅かで、セナとアニスが、傷だらけのミントに、薬草やポーションを渡し、少しでも、回復するようにしていた。
治療していた時間は、僅かだった。
だが、五人の時間の感覚は、とても、長く感じていたのである。
リュートの目蓋が、微かに動き、トリスとクラインが、声を掛けていた。
「「リュート!」」
「……う……」
「「リュート!」」
さらに、目蓋が動き、緩慢とした動作で、目蓋が開いていく。
声に反応したことで、強張っていた顔が、緩んでいった。
反応するまで、気が気じゃなかったのである。
「……んっ」
「「……リュート……」」
力が抜け、二人が、地面に座り込んでいた。
ようやく、目覚めたリュート。
胸を撫で下ろす二人。
後方でも、安堵の息を、三人が、漏らしていたのだった。
起き上がろうとするリュートを、トリスとクラインが手伝い、身体を、起き上がらせていた。
キョロキョロと、リュートが、双眸を巡らせる。
「どうした?」
トリスが、声を掛けても、反応しない。
だが、魔獣が、倒れているのを、視界に捉え、ニンマリとしているリュートである。
「やったぞ。倒したぞ。トリス、クライン、凄いだろう」
爛々と、目を輝かせている姿に、二人が、首を竦めていた。
すっかり、自分が、大ケガしているのを、忘れていたのだった。
ジト目で、セナが、睨んでいたのだ。
アニスが、苦笑いしていたのである。
どこか、ミントが、不貞腐れていたのだった。
そうした双眸も気にせず、倒したことを、一人で歓喜していた。
「お兄ちゃん。半分ぐらい、暴走しかかっていたくせに」
喜んでいた気持ちが、一気に、霧散していくリュート。
半眼し、ミントを睨んでいる。
「……完全に、暴走はしていないから、いいんだ」
「私が、援護射撃して、あげたでしょ」
「……」
何度も、ミントから、援護をして貰っていたのである。
そして、窮地を脱していたのだ。
ミントと、同じような顔を、滲ませている。
一触即発な、二人の双眸。
「リュート。暴走するのは、よくないぞ。いくら、半分ぐらいでもだ」
真剣な眼差しで、トリスが、リュートを窘めていた。
「……いいだろう。半分に、抑えたんだから」
小声で、ぼやきを、漏らしていたのだ。
剥れ、口を尖らせていた。
クスクスと、クラインが、小さく笑っている。
その眼差しのまま、トリスが、未だに、機嫌が直らないミントを、捉えていた。
「ミントちゃんもだ。どうして、俺たちに、知らせなかった」
「……それは……」
明後日の方向へ、ミントが、視線をずらしていたのだった。
有無を言わせないトリス。
居た堪れないミントは、あたふたとするしかない。
いつでも、トリスたちに、知らせることができたのだった。
けれど、知らせなかった。
ミント自身も、邪魔されたくないと、若干、思っていたからだ。
「ミントちゃん、過信は、よくない。状況を、冷静に判断し、俺たちに、知らせることもできたはずだ。ちゃんと、今度は、知らせるように」
「……ごめんなさい。今度は、ちゃんと、知らせるようにします。……たぶん」
最後の方は、ごくごく、小さく、口にしていた。
その言葉を聞き取っていたが、トリスは、追及することはない。
ある程度、ミントの性格を、把握しているからだ。
「随分と、手ごわい魔獣だったようだけど?」
トリスの眼光が、倒れている魔獣に、注がれている。
魔獣は動かない。
見た目は、リュートたちの方が、酷かった。
倒れている魔獣の周りには、異臭を放つ、大量の血が、流れ出ていたのだった。
「ああ。見たことがない魔獣だ」
リュートの言葉に、トリスとクラインが、フリーズしている。
膨大な知識を誇る、リュートでも知らない魔獣。
二人の視線が、倒れている魔獣に、釘付けだった。
見たことがないと言う言葉に、セナも、アニスも、純粋に、興味を示していたのだ。
「……完全に、仕留めたのか?」
僅かに、トリスの声音に、緊張が走っていた。
返事次第では、今後のことを、急ピッチで、思考しなければ、ならない状況だった。
「そのはずだ」
胸を張っているリュート。
どこまでも、能天気な姿に、トリスの緊張も、少しだけ緩む。
事の重大さに、リュートは、気づいていない。
「できるだけ、最大限に、動かないように、捕獲しておくべきだね」
「だな」
トリスとクラインだけの会話だ。
まだ、生きていれば、魔獣との戦闘が、再開しなければならない。
ただ、リュートやミントが負傷しているので、自分たちでも果たして、止められるのかと分析していたのだった。
「俺が行く」
「じゃ、ここで、警戒している」
クラインに、後のことは頼み、この後に、動かないように、そして、誰かが、勝手に連れ出さないようにするため、トリスが、魔法を掛けに、倒れている魔獣に、向かっていったのである。
まだ、本調子ではないリュートやミントたちを守るため、いつでも対応できるように、クラインが、待機していたのだった。
念入りに、トリスが、魔法を掛けていく。
その様子を、クラインたちが、窺っていた。
「とりあえず、後は、ここにいる者たちに、任せようか」
穏やかな、クラインの口調だ。
少しずつ、セナとアニスも、事の重大さに、気づき始めていたのである。
リュートやミントの傷に、衝撃を受け、そのことまで、推測できなかった。
「大丈夫なの?」
「協会にも、知らせた方が?」
二人の質問に、柔和に、答えていくクライン。
「勿論、そうするさ。でも、それは、ここにいる大人たちの、役割だからね」
「「……」」
関与する気が、全然、なかった。
「俺たちができるのは、学院長や先生たちに、報告することかな」
「「そうだね」」
突然、リュートが、口を開いている。
「疲れた。それに、お腹がすいた」
「私も……」
渋面な顔で、兄妹揃って、お腹をさすっている。
動き過ぎて、お腹を、すかせていたのだ。
戦闘に夢中過ぎ、食べるのを、忘れていたのである。
場の空気を、一切、読まない二人だった。
「リュート……」
苦々しい形相のセナである。
肩を強張らせていた、クラインやアニスが、いつの間にか、口角が、上がっていたのだった。
離れた場所では、まだ、動かないように、トリスが、手馴れたように、結界の魔法を、施しているのだった。
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