第135話
強敵を前にし、ボロボロのリュートとミント。
二人の身体のあちらこちらから、血が流れ出ていたのだ。
服の下から覗く場所からは、打撲痕も、見え隠れしていたのである。
二人は、動けるだけの、最低の治療しか、施していなかった。
そして、目の前に、立ちはだかっている魔獣は、大したケガをしていない。
正面にいる魔獣は、ほくそ笑んでいるかのようだった。
ギリッと、強く歯を噛む二人だ。
嘲笑されているかのようで、苦虫が潰したような形相になってしまう。
互いの攻撃は、止んでいた。
ただ、睨み合っていたのである。
膠着状態が、続いていたのだった。
二人掛かりでも、劣勢に、近かったのだ。
戦いの途中で、何度も、回復魔法を施したり、薬草などで、治したりしていた。
だが、治しても、また、ケガを、負っていたのである。
手持ちの薬草や、ポーションなどを、すでに使い切ってしまった。
後は、魔法で、回復しなければならない。
けれど、もう、回復に、法力を使用したくなかった。
攻撃に、回したかったのだ。
不敵に、身構えている魔獣を見据えながら、ミントは、荒い息を、少しでも早く、整えようとしている。
だが、なかなか整わない。
精神的にも、追い込まれていた。
リュート自身も、近い状況に、陥っていたのだった。
だから、振り向いて見ずとも、ミントの様子は、手に取るように、把握できていたのだ。
この状態が、決して、よくないことも。
「……ミント。今度は、下がれ」
先ほどとは違い、容赦ない声音だった。
「……いや」
「ダメだ」
「……」
下がるように促されても、下がろうとしないミント。
呪文を、唱えようとしていた。
「暴走するぞ。これ以上、やると」
「……」
唱えるのを、ミントが、やめてしまっている。
不意に、何度か、自分が、暴走した記憶を、思い返していた。
その時の記憶が、ある訳ではない。
薄っすらとした記憶しか、なかったのだ。
でも、ベッドの中で、目覚めた際の、何とも言えぬ思いだけは、はっきりと、記憶していたのだった。
悔しげに、ミントが、顔を歪ませている。
「下がれ」
「……お兄ちゃんもでしょう」
やや、ミントの口が、尖っていた。
「まだ、制御できる。……だが、暴走したミントを、相手にする余禄は、残っていない」
「……」
今まで、二人は、本気で戦っていた。
だが、暴走を制御するため、二人は、全身全霊で、戦っていた訳ではない。
まだ、隠された力を、温存していたのである。
ただ、その力まで、出してしまうと、制御できなくなり、暴走する確率が、上がってしまうので、押さえ込んでいたのだった。
暴走してしまうと、見境なく攻撃を繰り出し、被害は、甚大ではなかったのである。
目の前にいる魔獣に対し、そうした力を出さないと、決して、勝てないと、結論を出していたのだ。
「できるだけ、下がっていろ」
しっかりと、魔獣を捉えている、リュートの眼光。
一瞬の隙も、見せない。
「……下がるけど、近くにいる」
「ミント」
少し、声に、力を入れた。
不貞腐れている顔を、ミントが、覗かせている。
下がることは、ミントの本意ではない。
でも、暴走し、迷惑をかけたくなかったのだった。
「誰が、回収するのよ」
「……」
「私しか、いないでしょ」
ブスッとした顔した、リュートだ。
ミントの意見に、一理あると、巡らせていたからである。
けれど、素直に、認める訳には、いかなかった。
「……トリスも、いるだろう」
「大丈夫。邪魔は、しないから。逃げるのは、お兄ちゃんよりも、早いわよ」
痛々しい姿ながらも、声は、飄々としている。
「……そうか。じゃ、好きにしろ」
「好きにする」
リュートの言葉を受け、ようやく、ミントが離脱していった。
リュートと魔獣が、戦うのに、邪魔にならない程度だ。
そして、いつでも、支援できるような距離でもあった。
気配だけで、どの辺まで下がったか、確認してから、長い息を、リュートが吐いていた。
持っている柄に、力を込める。
その双眸は、更なる闘志を、燃え上がらせていた。
身体全身を覆っているオーラも、一段、濃くなっていたのだった。
「行くぞ!」
先ほどとは、段違いのスピードを、見せるリュート。
魔獣も、今まではと違う動きに、瞠目していたのである。
そのため、僅かに、動きが出遅れていた。
剣で、攻撃をすると見せかけ、《火球》を放っていたのだった。
《火球》は、魔獣の右脇に命中し、大きな傷を、負わすことができた。
魔獣の形相が、痛みで歪む。
ニヤリと、笑うリュートだ。
「こんなものじゃ、ないからな」
また、ギアを上げたリュートだ。
魔獣と、激しい戦いを、していったのである。
周りの光景が、失われるほどだった。
「……こんな力を、隠していたのか」
真剣な眼差しで、ルーカスが、窺っていた。
ルーカスが掛けた、認識を阻害する呪文が、二人の戦いにより、壊れかかっていたのだった。
あちらこちらで、ヒビが、できていたのだ。
(壊れたら、すぐにでも、シャナリアたちが、来てしまうな……)
呪文を掛け直すことは、容易かったのである。
けれど、壊されるたび、掛けていては、シャナリアたちに、この場所が、気づかれる恐れがあったのだった。
「どうする……」
二人の戦いは、激しさを増している。
もう少し、決着に、時間が掛かりそうだった。
「……せっかくだ……」
決断に、時間をかけない。
認識を阻害する呪文を、掛け直したのである。
今度は、先ほど掛けたものよりも、数段、強固なものを。
だが、すぐにでも、それも、破られることは、見通していた。
(時間を、稼げればいい)
戦いをやめないリュートは、暴走し始めていた。
無意識に呪文を放ち、魔獣と、対峙していたのである。
(お兄ちゃん!)
リュートから離れることなく、ずっと、ミントは、魔獣との戦いを、眺めていたのだった。
二人で、戦っていた時よりも、リュートは、痛手を負っていた。
だが、戦意は、失われていない。
息の荒い、魔獣とリュートだ。
ここに来て、魔獣も、疲弊し始めてきたのである。
リュートと魔獣は、これが、最後だとばかり、互いに向かって、走り出していった。
互いに、懇親の一撃を、繰り出している。
魔獣の攻撃を、回避しながら、いくつもの呪文を、放っていた。
止めどない、呪文攻撃の嵐である。
攻撃を仕掛けたせいもあり、魔獣は、すべての攻撃から、回避することができない。
数手ほど、受けてしまっていたのだ。
それでもなお、呪文を無詠唱し、魔獣に、次々と、放っていったのだった。
互いに、動きが止まる。
見つめ合ったまま、リュートと魔獣。
同時に、その場に、倒れ込んだ。
「お兄ちゃん!」
リュートの元へ、駆け寄っていくミント。
残っている法力を使い込んで、リュートに回復魔法を、掛けようとしていた。
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