第133話
残されていたトリスたちは、リュートたちが、消えていった方向を、凝視していたのである。
セナの眼光が、トリスに、向けられていた。
「大丈夫? 行った方が……」
不安げな表情を、セナが滲ませている。
だが、トリスの表情は、崩れない。
ごくごく、僅かに、顔を曇らせている程度だ。
強い気配を、リュートとミントから、遅れてから、気づき始めていたのだった。
今まで、感じたことがない、強い気配。
セナたちは、僅かに、慄いていたのだ。
その中でも、トリスとアニスが、冷静に、気配を探り、見極めていた。
((凄い量の気配を、放出している。一体、どうして?))
普通、ここまで、大きい気配を放つ魔獣は、ある程度、知能として高く、気配を、隠していることが多い。それなのに、気配を、消すところか、勢いよく、垂れ流していたのだった。
「まだ、リュートたちと、出くわすのに、時間がありますね……」
「そうだな」
アニスの意見に、同意しているトリスだ。
しっかりと、二人の気配も、窺っていたのだった。
両者が、ぶつかり合うまで、まだ、距離が、離れていたのである。
「じゃ、連れ戻す?」
窺うような、カレンの眼差し。
「無理だろう」
「だな」
リュートの性格を、考慮したカーチスや、クラインが、否定的である。
これまでのリュートと過ごした、年月を踏まえ、二人が、導き出した答えだった。
二人の意見に嘆息しつつ、カレンが、割りと、すんなりと、受け入れていた。
「……そうね」
重い空気が、彼らの前に、立ち込めている。
セナ一人だけが、納得した顔を、覗かせていない。
いろいろと、模索していたのである。
トリスの視線。
ずっと、リュートたちが、消えていった方向に、巡らされたままだった。
「全員で行って、攻撃を仕掛け、隙を狙って、全員で、逃げ出せば……」
「セナ。無理だよ」
首を振り、容易に、トリスにより、覆された。
「きっと、リュートとミントちゃんは、動かない」
「……」
悔しげに、唇を噛み締めているセナ。
トリスたちの行方を黙って、ソルジュが、窺っていた。
トリスたちとは違い、ソルジュは、どれぐらい強敵なのか、正確に、感じることができない。
ただ、よくないとことだけを、感じ取っていたのだった。
戦力にならない自分が、口を挟むことではないと、巡らせていたのである。
「連れ出すと言っても、ある程度、リュートたちが、気が済むまでやらせないと、決して、動かないだろうな」
クラインが、苦笑していた。
確かにと、カレンも、カーチスも、頷いている。
これまでの経験値だ。
「リュートやミントだけで、仕留められると、思うの?」
「わからない。でも、厳しいかも、しれないな」
トリスの言葉に、絶句しているセナ。
心配している姿に、トリスの口元が、緩んでいた。
そして、瞬時に、頭を切り替える。
(ここまで、強い相手をしてきたことは、ないからな……。それに、リュート自身だって、めったに、極限まで、追い込まれたことは、少ないし……、どうしたものか……)
「ミントは、大丈夫なのか?」
気遣うような眼差しで、ソルジュが、双眸を注いでいる。
ミントの戦闘能力を、疑っている訳ではない。
トリス同様に、二人のことを、見てきたのだ。
それなりに、ソルジュ自身も、二人の能力を、把握していたのである。
ただ、極限に陥った際、どう、ミントが、暴走するのかと、案じていたのだった。
同じ危惧を抱くソルジュに、小さく、笑っているトリスだ。
幼い頃から、リュート兄妹を、見てきた者に取り、極限に陥った際のリュート兄妹は、とても危険だった。
「村に、知らせた方が。それと、この人たちのことを、どうします?」
アニスの指摘に、一気に、頭が冷えていった面々。
(そうだ。そのことも、あったか……)
彼らの双眸。
目の前で、倒れ込んでいる者たちを、捉えていた。
自分たちだけでは、なかったのだ。
自分たちを襲ったやからが、幾人も、倒れ込んでいたのである。
この面々を、移動させるだけでも、時間が掛かりそうだ。
指摘を受けるまで、すっかり、そのことを、トリスは、失念していたのだった。
「やることが、多過ぎるな……」
ついつい、遠い目をするトリス。
この者たちを、移動させるのも、ひと苦労だった。
「バドも、いれば、よかったな」
何気なく、カーチスが、呟いていた。
「きっと、バドも、リュートたちに、加わっていたよ」
冷静に、クラインが、口に出していた。
容易く、そうした構図が、カーチスたちに、浮かび上がっていたのだ。
「……そうかもしれない」
何とも言えない顔を、カーチスが、覗かせていたのだ。
「村に、知らせに行く者と、この連中を、避難させる者と、分かれるか?」
何でもないような口調で、トリスが、皆に話しかけていた。
セナ以外の者が、肩の力が、抜けている。
もう、気持ちを、切り替えていたのだった。
「そうね」
「そうですね」
カレンとアニスが、頷いている。
だが、セナだけが、納得した顔をしていない。
「……それで、いいの?」
「俺たちがいっても、邪魔なだけだ。とにかく、様子を見て、決めるさ」
「……」
この場を、仕切っているトリスに、視線を巡らせていた。
当惑しているセナから、トリスの眼光は、落ち着いているソルジュに、傾けられている。
「ソルジュ。お前は、アニスと共に、村に、知らせていってくれ」
「う……ん」
異論は、示さないソルジュ。
いかに、戦力外か、自分自身のことを、把握していたからだ。
「私は、残ります」
いつになく、やる気になっている姿に、トリスが瞠目していた。
アニスとリュートが、会っていることは、把握していたが、密かに、二人で訓練していることは、よく知らなかったのである。
だから、戦力外になりそうなアニスを、はずそうとしたのだ。
「それに、狙っている者たちが、襲ってくる可能性もあるので、もう一人、つけた方が、いいかと」
アニスの意見に、トリスが、逡巡している。
(戦力となるクラインを、はずす訳にはいかない……。セナ……、いや、彼女も、残していた方が……)
「……カレンと、カーチスが、ソルジュと共に、村にいってくれ」
「いいのか?」
「いいの?」
「ああ。構わない」
事の仔細を伝えるため、三人は、一目散に村に戻っていく。
「どうする? トリス」
意見をトリスに、求めるクライン。
「とにかく、彼らを、安全なところに、移動させるか」
「そうだな」
無駄のない動きで、トリスたちは、倒れている者たちを、安全な場所まで、避難させていく。
勿論、気配から、目をそらすことがない。
いつでも、リュートたちのところへ、いけるように、注意を払いながら、片付けていったのである。
読んでいただき、ありがとうございます。