第127話
コンロイ村の近くにある森を、一人で、ミントが散策していた。
木漏れ日が差し、少しだけ、ひんやりとする風が、時々、吹いている。
勢いよく、闊歩していたのだ。
リュートたちと、いたくなかった。
周囲に、無数の目があっても、誰も、注意をしない。
ミントなら、撃退できると、確信していたからだ。
それと、トリスたちも、それなりに、周囲に気を配り、警戒していたのである。
ブスッとしたまま、足を動かしていた。
行く先などない。
気の向くままだ。
ムカついているので、リュートから、離れていたのである。
村の中で、兄妹ケンカをしちゃダメだよと、事前に、トリスから、言われていたからだ。
だから、ムカつく相手と、距離をとっていた。
何かと、トリスの言いつけは、守っていたのだった。
すると、薬草を採取に、訪れていたソルジュと、出くわす。
早朝から、単独で、薬草採取に来ていたのだ。
勿論、トリスと、顔を合わさないためである。
互いの顔に、眉間のしわが寄っていた。
知らない間ではないが、ほぼ、喋ったことがない。
生まれ育った、村で住んでいた頃、めったなことでは、屋敷から、出たことがなかったミントだった。
対照的に、家にいず、外を歩き回っていたソルジュだ。
ソルジュは、村の中を、一人で歩き回ったり、ミントの屋敷にも、幾度も通っていても、ソルジュ自身の目的は、書庫にある本で、書庫で読書をしていたのだった。
読書を嗜むリュートとは違い、ミントと、顔を合わすことがなかったのである。
そして、ミントが、読書するようになる頃には、ソルジュは、師匠のユルガと、旅立っていた後だった。
気まずい空気だけが、流れていく。
ようやく、ソルジュの口が、動いたのである。
「何をしている?」
「……散歩」
「「……」」
徐に、ソルジュが、嘆息を吐いた。
その先の言葉が、全然、出てこない。
互いに、コミュニケーション能力が、低かったのだ。
逡巡しているソルジュを、奇妙な目で、ミントが窺っていた。
ただ、旅をするようになったソルジュは、少し大人になり、これではダメだと、少しずつ、コミュニケーションを、取るように心掛けていたのである。
「……学院は、楽しいのか?」
「少しだけ」
「友達は?」
「……たぶん、いる」
か細く、自信なさげな声だ。
学院のクラスメートとは喋っているが、それで、友達なのかと悩んでいたのだった。
どういう基準になれば、友達になるのかと、巡らせていた。
クラスメートの多くは、すでにミントは、友達と言う認識を、持っていたのである。
「何だ? それは」
「喋る人はいる」
「そうか。それは、よかったな」
「うん」
また、沈黙が、訪れていた。
じっと、この気まずい雰囲気の打開策を、模索しているソルジュ。
ただ、そんなソルジュを、ミントが窺っている。
「……何だ?」
「そっちは?」
「……いる」
「そう。それは、よかった」
「そうだな」
グルリと、ミントが、周囲を見渡した。
もう一度、怪訝そうな顔を、覗かせているソルジュを捉えている。
「何で、避けるの?」
唐突な問いかけ。
フリーズしているソルジュだ。
村にいる際は、気づいていなかった。
それに、トリスとソルジュが、一緒にいるところを、ミント自身、見ていなかったのだった。
だから、何で、兄であるトリスのことを、避けているのかと、ふと、疑問が浮かんだことを、口に出していたのである。
「……別に。そっちの方は、どうなんだよ」
ちょっとだけ、ソルジュが、不貞腐れている。
「私は、避けていないもん。普通だよ」
目を、大きく見開いていた。
(私が、お兄ちゃんを避けている? そんな憶えないんだけど?)
「普通じゃない?」
「どこが?」
首を傾げているミントだった。
ついつい、ソルジュが、ジト目になってしまっている。
リュート以上に、ミントは、屋敷の中に、籠もっていることが多かった。
リュート同様に、一般常識から、かけ離れていたのである。
「……」
兄弟ゲンカの次元が、違うだろうと、心の中で、漏らしているが、口に出さない。
後が、面倒だと、掠めていたのだった。
村での、数々の爆音を、思い返していたのだ。
村では、一種の名物に、なっていたのである。
「もういい」
「そう。で?」
「……別に、いいだろう」
「いいけど。気になる」
しつこいミントに、顔を顰めていく。
「お前みたいな、小さいやつには、わからないよ」
小さいと言われ、ムクムクと、口を尖らせていった。
森の静けさが、段々と、失われていく。
ミントの殺気に、ざわつき始めていたのだ。
そうした異変に、ソルジュが気づかない。
「年上ぶっているくせに、器が、小さいんじゃないの?」
「何?」
すっかり、自分よりも、格上であることを忘れている。
「何よ」
互いに、眼光が、ぶつかり合う。
徐々に、余裕な笑みを、ミントが、漏らしていった。
ミントの形相に、不快感が滲んでいく。
(何だ? ……いきなり、魔法なんて、繰り出さないよな?)
一抹の不安が、膨れ上がっていった。
いきなり、ソルジュの背後目掛け、呪文を放ったのだ。
身体を、動かすこともできない。
爆風で、ソルジュの髪が、大きく靡く。
突然の出来事に、背筋を凍らせていた。
旅に出てから、護身術などを学んでいるが、ミントと、やりあうだけの能力がないことだけは、身に沁みて、理解していたのだった。
(言い過ぎて、怒らせたか?)
自分に向かって、駆け出すミントの姿。
その手には、法力が集まり、煌々と、輝きが増していた。
全然、身体が硬直し、足が動かない。
黙って、やられるのを、待つしかなかった。
僅かに残る矜持で、目を瞑ることはしない。
ミントの魔法は、立ち竦んでいるソルジュを、通り過ぎていった。
攻撃を仕掛けるどころか、怪訝な表情を、覗かせているソルジュを庇う態勢を、ミントがみせている。
(ど、どういうことだ?)
「……私の後ろに、隠れていなさい」
ミントの言葉で、ようやく、置かれている状況を把握する。
気を抜け過ぎて、周囲の気配に、気づくことが遅かったのだ。
装備品が劣っているソルジュを、先ずターゲットとしたやからを倒すため、ミントが仕掛けた攻撃だった。
一人倒されている者を含め、四人の男たちが、ソルジュとミントを、狙っていたのである。
ぞろぞろと、二人の前に、立ちはだかる三人。
小さいミントから奪うため、ずっと、宿屋からつけていたのだ。
自分よりも、年下の者に守られている状況に、微妙な顔を滲ませている。
「いいもの、身につけているな」
いやらしく、笑っている男三人だ。
男たちの目的は、ソルジュやミントが、身につけている装備だった。
簡素に見えても、見る人が見れば、高価な代物を、纏っていたのである。
一切、動揺を見せない、ミントの姿。
男たちが、微かに、感心していたのだ。
ミントから、守られているソルジュに、視線を巡らす。
その双眸は、侮蔑が、込められていた。
「逆じゃないのか?」
答えることが、できないソルジュ。
(確かにな……、でも……)
「もしかして、私が、小さいからって、バカにしている?」
「いや。少しは、できると、賞賛しているよ、お嬢さん」
「その言い方が、バカにしているように、聞こえるけど?」
鋭い双眸を、傾けたままのミント。
侮られることが、何度あっても、慣れることはない。
幾度も、その侮りを、訂正させていたのである。
圧倒的な力でだ。
「俺たちの動きに気づき、一人、仕留めたんだ、警戒は、しっかりとしている」
「そう……。でも、私たちを狙っている時点で、あなたたちの目は、節穴よ」
「随分と、自信があるんだな。知っているか? それは、傲慢だと言うことを」
男の言葉に、ミントが、鼻で笑っている。
僅かに、男たちの沸点を上げている姿に、ソルジュが、頭を抱え込む。
(何やっているんだよ。挑発して、どうする?)
「下がって」
邪魔だと、ミントが、ソルジュを下がらせる。
ソルジュ自身も、理解していたので、素直に、ミントの言葉に従った。
数歩、前に出たミント。
襲い掛かる、男二人だ。
残りの男が、その場で、呪文を詠唱していた。
圧倒的な速度で、ソルジュの前に、魔法の壁を作り、仕掛けてきた男二人と、残っていた男の間に、ミントが入り込んだ。
にやりと笑うミントが、戦慄している男を捉えている。
先ず、詠唱している男を、《疾風の刃》で、あっさりと仕留めていた。
倒されたのを見て、男たちのターゲットを、即座に、静観しているソルジュに変える。
ソルジュの前にある、魔法の壁を、取り払おうとするが、強硬でできない。
無駄な足掻きを見せている男二人。
その男二人目掛け、脳天に、《雷神》を落としたのだった。
その場に、崩れ落ちる男たち。
瞬く間の出来事だった。
意識がないことを確信してから、ソルジュが、ミントに対し、拍手を送っている。
「容赦ないな」
高圧的な双眸を、ミントが注いでいた。
黙り込むソルジュ。
そして、別な言葉を探す。
「……さすが」
「大したことは、ないわよ」
「いや。凄いよ」
「……」
「俺には、できないから」
「当たり前でしょう」
何を言っているの?と言う顔を、ミントが覗かせている。
(ミントも、リュートも凄いな。二人のことは、素直に言えるのに……。兄さんのことは……)
「……当たり前のことを、認めることが、難しいんだよ」
ソルジュが、苦笑していた。
コテンと、首を傾げ、見ていたのだった。
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