第126話
「誰だ?」
諜報員の中から、声が出ていた。
ニコニコと、場違いな微笑みを浮かべているカテリーナ。
徐々に、諜報員たちが、怪訝な顔を滲ませていく。
とても、戦闘要員に、見えないからだ。
ユルく、一つにしてある三つ編みが、地面につきそうなほど長い。
歩くたびに、揺れている。
後方で、支援系の使い手にしか、見えないいでたちだった。
そうした状況にも、微笑みを絶やさない。
「教師です」
愛嬌たっぷりな声音だった。
本当か?と言う、奇異な眼差し。
カテリーナの姿を、上から下まで窺っている。
教師と言うより、彼らの双眸には、か弱い女性にしか映っていない。
「これより、相手は、私がいたしますわ」
「「「「「……」」」」」
戦うと言う姿勢に、さらに、眉を潜めている諜報員たち。
徐に、生徒より、情報を手に得られるかと、幾人かの諜報員が、ほくそ笑むのだった。
だが、隊長の男の顔だけが、どこか胡乱げだ。
「気を抜くな!」
隊長の男の怒声が、辺りに響き渡った。
瞬く間に、緊張が、張り詰めていく。
「ほぉー。先生の実力を、見抜いたか?」
どこか、楽しげなバドだった。
半眼で、隊長の男が、バドを捉えている。
殺伐とする中を、颯爽と、カテリーナが歩いていった。
戦闘の激しさが、物語っており、辺りは、木々が陥没していたり、なくなっていたりしていたのだ。
優しげで、穏やかな笑顔が、傷だらけのローゼルとダンに、降り注いでいた。
和やかな雰囲気を、醸し出しているカテリーナに飲み込まれ、周りにいる諜報員たちは、誰一人として動かない。
ただ、静観していたのである。
「下がっていて」
「……でも……」
狼狽えているローゼル。
彼女自身、指を動かすのも億劫なほど、消耗していた。
ほぼ、気力だけで、戦っていたのである。
「大丈夫」
「「……」」
教師であるカテリーナが、現れたからと言って、状況が、好転するとは思えない。
それは、ダンも同じだった。
「大丈夫。私に任せて」
さらに、微笑むカテリーナだ。
「休んでいてね」
ローゼルたちから、双眸を離し、ローゼルたちを傷つけた諜報員たちに、悲しい顔を傾けている。
「生徒が傷つけられ、とても、悲しいです」
巡らせている眼光。
いつしか、真剣なものに、変わっていたのだ。
「「「……」」」
「あなたたちも、下がって」
諜報員たちに、視線を向けたままで、優しげな声で、ローゼルたちほど、傷ついていないが、ブラークたちにも、下がるように伝えたのだった。
ローゼルたちとは違い、ブラークたちは、簡単に引き下がっていく。
そうした状況に、ニッコリと、笑みを漏らしていた。
「あなたもと言っても、下がらないでしょうね」
「当たり前だ」
下がる気がないバド。
首を傾げている、カテリーナだった。
「しょうがないですね。せっかく、身体を動かしかったのに」
「私もだ。このところ、研究ばかりで、身体を動かしていなかったから、動かしたかったのだ」
「あら、私と同じね」
微かに、カテリーナの目が、見張っていた。
ふふふと、微笑みに変わっていく。
「そのようだな」
二人だけの会話に、置いてけぼりの諜報員たちだ。
舐められた発言。
憤慨している者が、続出していたのである。
隊長の男は隙を狙っていたが、バドからも、カテリーナからも、一切の隙が見当たらなかった。
「落ち着け! 俺たちは、何をしに来たのか、思い出せ!」
隊長の男の声で、殺気だった気が、次第に収まっていく。
「いけ!」
諜報員たちが、一斉に、カテリーナや、ブラークたちに、向かっていった。
離脱したからとって、素直に、諜報員たちも、見逃さない。
立ち尽くしているカテリーナに、動じる様子がなかった。
困った人たちと言う顔を、覗かせていたのである。
躊躇いもなく、鮮やかで、威力のある魔法で、カテリーナが、目の前にいる敵を蹴散らしていった。
即座に、ブラークたちが、対峙している諜報員に、連続で魔法を繰り出し、一人一人、攻撃を仕掛けていくのだ。
誰一人として、カテリーナに近づくことも、傷つけることもできない。
そうした隙に、ブラークたちが離脱し、戦況を窺っていたのである。
魔法攻撃を受けた、諜報員たち。
瞬時に、ポーションなど、呪文を駆使し、回復していく。
そして、敵であるカテリーナに、挑んでいったのだった。
彼らに、先ほどまでの嘲笑がない。
すっかり抜けきり、強敵として、カテリーナを捉えていたのである。
相手の様子を窺いながら、ブラークたちが、ローゼルたちの元へ、辿り着いていた。
疲弊しながらも、ローゼルとダンは、緊張の糸を切らしていない。
常に、周りに、気を配っていたのだ。
勿論、ブラークたちが、近づいてくるのも、把握していたのだった。
「大丈夫か?」
気軽に、話しかけるブラークに、目を細めている。
元を質せば、ブラークたちに、巻き込まれたからだ。
けれど、睨まれても、飄々としていた。
「それだけの元気があれば、大丈夫そうだな」
鬼気迫る戦闘のせいで、ローゼルたちは、喋る気力がない。
ただ、無言の睨みを利かせていた。
「これ」
持っている薬草を、キムが、ローゼルたちに渡したのだ。
それを使い、ローゼルたちは、回復に当たる。
全回復とはならない。
けれど、随分と、身体が、ラクになっていった。
いつ、自分たちに、目が向けられるか、わからないからだ。
「一応、言っておくが、気は抜くなよ」
「「わかっている」」
バドやカテリーナに、双眸を巡らせているが、決して、諜報員たちの存在も、意識からはずさない。
「こいつらの仲間じゃないやつらが、急に、出てくることもあるからな」
「「……」」
気遣うような眼差しを、パウロが、ローゼルたちに注いでいた。
ローゼルたちほど、肉体的に、疲労がなかったのだ。
それに、こちらに来る前で、ブラークの回復の魔法を、掛けて貰っていたのだった。
「……久しぶりに、本気になっている……」
キムの呟きに、誰もが、戦闘に興じているバドに、眼光を巡らせている。
バド自身、一人の敵と対峙していた。
他の諜報員と、格が違っていたのだ。
「別格の強さだな」
感心している声を、ブラークが、漏らしていた。
余裕で、戦闘を眺められるブラークとキム。
訝しげるしかない三人だ。
大丈夫なのかと、不安しかない。
どう見ても、バドと対戦している男が、強かったからだ。
そんな三人を放置し、二人の会話が続けられる。
「一時は、どうするかって、思ったけど。先生が来てくれて、よかった」
安堵の表情を、キムが、覗かせていたのだ。
「だな。それにしても、随分と、駆けつけるのが、遅かったな。他の先生や警備は、どうしているんだ? たるんでいるんじゃないのか?」
「さぁ、どうかな」
疲れと、気が抜けない状況の中で、ローゼルとダンは、文句が言えなかった。
ただ、ジト目で睨むしか、できない。
容赦ないカテリーナの魔法攻撃により、次々と、諜報員たちが、伸されていく。
無駄のない、好戦的な攻撃。
諜報員たちに、なすすべがない。
自分たちの攻撃が、通じない上に、相手は、威力のある魔法攻撃をし続けていたのである。
全然、余禄のある姿に、瞠目せずにいられない。
(((((何だ、このバケモノは)))))
(((((こんなのが、教師なのか)))))
だが、引く訳にはいかない。
ただ、カテリーナの隙を作り出すため、止めどなく、攻撃を仕掛けていった。
激しい戦闘をしているはずなのに、誰一人として、学院側の応援が、来ることがなかったのだ。
バドとカテリーナの蹂躙により、諜報員たちが、倒されていった。
ほぼ、同時に、片づけた二人が、顔を見合わせている。
「まだ、まだ、スッキリしませんわね」
困った顔を、カテリーナがしていた。
(((ゲッ)))
顔が、引きつっている、ローゼルたち。
「確かに。物足りない」
「では、一緒にいきますか?」
「そうしよう」
ブラークたちのことを、視界に捉えることもなく、物足りない二人が、森の奥へと消えていった。
「何なんだ……あれは」
目を見張っているダン。
「先生って、あんなに、強かったんだ……」
憧れを含む双眸を、ローゼルが滲ませている。
「どれ、拘束していくか」
「そうだね」
ブラークとキムが、動こうとした途端、勢いよく、カイルが姿を現した。
いきなりの登場に、ローゼルたちが絶句している。
教え子がいるにもかかわらず、カイルは、目も傾けない。
「どうした? 諜報員たちは?」
「カテリーナ先生と、バドがしました」
大きく、目を見開くカイルだ。
「カテリーナは?」
「バドと二人で、物足りないって言って、あっちに」
二人が消えた方向を、ブラークが指差した。
他の教師や、警備に知らせるため、花火を打ち上げ、脱兎のごとく、カテリーナたちが消えていった方向へ、カイルが駆け出していった。
「来る前に、さっさと、片づけておくか」
「うん」
慣れたように、動き出す二人。
けれど、ローゼルたちは、状況を飲み込めない。
ただ、呆然と、目をパチパチさせていたのだった。
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