第125話
襲い掛かってくる、諜報員の攻撃。
ギリギリのところで、ローゼルたちが受け止めていた。
しっかりと、諜報員の攻撃を受け止めても、周りの状況を、見る冷静さも、欠けていない。
それぞれの場所で、戦闘が始まっていたのだ。
唐突な戦闘により、この場が、瞬く間に、乱戦になっている。
激しい戦闘に、一部の者を除き、余裕なんてない。
隙を見せたら、一瞬で、やられる勢いだ。
派手な呪文などを使用せず、的確な魔法や攻撃を、諜報員たちが、仕掛けてきたのだった。
燃費がよく、見事な連携に、舌を巻くブラークたち。
予測以上に、手強い相手だと、認識を改めていたのである。
乱れている状況に、ダンも、余裕がないものの、パウロのことが気になっていた。
だが、パウロに視線を傾ければ、相手に、パウロを気にかけていることが、バレてしまい、狙われる可能性も、捨てきれなかったのだ。
だから、あえて、そんな鉄を踏まない。
グッと堪え、威張っているバドに、預けるしかなかった。
(頼むぞ、バド)
預けられたバドは、きちんと、パウロのことも、視界に捉えていたのである。
いいタイミングで、フォローをしていたのだった。
ブラークとキムの連携も、以前よりも、進化しており、いいキレを見せていた。
(ほぉー。いい腕になっているではないか? 伊達に遊んではいないのか)
二人は、近くにあるトリスの罠も、しっかりと活用し、しっかり相手に、動揺を与えていたのだった。
(まだ、大丈夫そうだな)
「フラガ、キトレ。もっとだ」
更なる発破に、眉を潜めつつも、二人は反抗する意志もみせない。
剣術科のローゼルたちにも、声をかけようとするが、止まってしまう。
(……そう言えば、名前、決めていなかったな)
「……前衛二人。もっと、力を出せ。段々と、押されているぞ」
「「……」」
叱咤された、ローゼルたち。
ムッとしつつも、反論できない。
相手の方が、圧倒的に強く、喋っている暇がなかったのだ。
それを見兼ねるように、ブラークが、一瞬の隙を狙い、ローゼルたちが、相手にしている諜報員に向かい、援護の魔法を放っていた。
(ブラークたちの方が、少し、余裕があるな。ローゼルたちの方は、持ちそうもないか……。随分と、手馴れているし、容赦しないか……)
相手の諜報員の優秀さに、舌を巻きつつ、目の前の諜報員三人を、バドが、圧倒的な強さで蹴散らしている。
表情に出ていないが、バドが相手している諜報員は、微かに、焦りが出始めていたのだった。
(とにかく、片づけるか)
バドとパウロは、三人の諜報員を、相手にしていたのだ。
「おい。あまり前に、出るな」
突然の指示に、素直にパウロが従う。
強い相手に、疲労の色が濃い。
いきなりの実践訓練に狼狽えながらも、パウロなりに、必死に喰らいついていたのだ。
「少し、目測を誤ったか。ま、いい。俺が、少し、本気になれば、いいだけだからな」
まだ、全力を出していない、バドの言い方。
三人の諜報員が、僅かに、眉を動かしている。
そして、無言の合図で、諜報員たちの動きも、先ほどより、増していたのだ。
舐められる訳には、いかないと。
圧倒的な力の元で、ターゲットを捕まえないと言う矜持が、くすぐられていた。
「おい。俺の後ろにいて、来た攻撃だけを捌け」
言われたパウロが、バドの後方に下がる。
自分に仕掛けてくる攻撃だけを、受け止めていた。
「……いいのか? 前衛の者を下がらせて? あちらとは違い、飛び道具がないようだが?」
諜報員の男の視線の先には、トリスの罠などを駆使した、ブラークたちがいた。
諜報員たちは、バドたちの特性を、見抜いていたのだ。
「構わない。俺には必要ない。特に、お前たち相手ではな」
「「「……」」」
「お喋りは、終わりだ。行くぞ」
有言実行。
途轍もない、魔法の速さなどで、バドが、鷹揚に一人ずつ、仕留めていく。
一人ずつ、倒され、バドの前には、もう一人しか、残っていない。
「……」
「言っておくが、逃がさないからな」
味方が、学生相手にやられたことで、湧き上がる怒りを、抑えることができない。
「遊んでいる暇が、ないんだな」
すでに、詠唱を終わらせていた魔法を、解き放っていた。
双眸を傾けなくても、劣勢であるあちら側に、向かってくる気配を感じ取っているバド。
だが、動くことはしない。
目の前のいる諜報員は、すでに、仕留めることができるからだ。
仕留めたと同時に、新たに、バドの目の前に、一人の男が、立ちはだかっている。
「やるな」
バドのことを、賞賛していた。
仕掛けてきた、諜報員たちの隊長の男だ。
仕留められ、意識のない仲間の諜報員に、目もくれない。
まっすぐに、余裕で立ち尽くしている、バドを縫い止めている。
「当たり前だ」
「お前が、リュート・クレスターか?」
隊長の男の眼光は鋭い。
とても、学生に向けるものではなかった。
れっきとして敵に、傾けているものだった。
「いや」
「……そうか。随分と、フォーレスト学院には、優秀な人材がいるんだな」
「そうだな」
「名は?」
口が、結ばれたままだ。
「うちに、来ないか?」
「断る」
思考する暇もなく、即答したバドだ。
ますます、バドのことを、気に入っていく。
「早いな。もう、決まっているのか? 行くところが?」
「どこにも、所属はしない。私は、研究者になる」
バドの発言に、信じられないと言う眼差しを注いでいた。
その実力があれば、引き手あまただったからだ。
「……研究もさせる。だから……」
「断ったはずだ」
「……そうか。残念だ。でも、また、声をかけさせて貰おう」
隊長の男と話している間に、ローゼルたちが押されていた。
そして、ブラークたちも、劣勢になっていたのだった。
「俺一人を抑えれば、勝てると、思っているのか?」
「そう思っているよ」
ゆったりと、隊長の男が、微笑んでいる。
「そうか。それは、随分と、甘い考えだ」
「そうやって、いられるのも、いつまで、いられるんだろうな」
視線の矛先は、目の前のいる隊長の男に、巡らせたままだ。
「フラガ、キトレ。たるんでいるぞ、もっと、身体を鍛えたいのか」
声をあげた途端、ブラークたちの動きが、よくなっていく。
押していたものが、逆に押されていたのだ。
「……」
「どうだ?」
不敵な笑みを、バドが漏らしている。
「……だが、向こうの方は、もう、もたないぞ」
「そのようだ。もっと、修行が必要なようだな」
「俺たちに、素直に投降する気は?」
「ない」
「そうか。残念だ」
鷹揚に構えたまま、動きを見せないバド。
突進していこうとした瞬間、大きな爆音で、思わず、音がした方へ、隊長の男が顔を巡らせていた。
徐々に、煙が、霧散していく。
すると、ローゼルたちと、諜報員たちの間に、大きな窪みが、でき上がっていたのだ。
突然の出来事に、両者が、フリーズしている。
圧倒的な威力と、寸前まで、気づけなかった気配に。
「そこまでです」
森の奥から、ゆったりとした動きで、カテリーナが姿を現したのだった。
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