第124話
森の中を、六人の集団が歩いていく。
潜っている諜報員たちは、見逃すはずもない。
息を潜め、気配を消し、彼らから距離を置き、慎重に窺っている。
先に、探っていた仲間たちが、失敗したことにより、他国で、諜報している彼らを、急遽、呼び戻され、学院に、潜入することを命じられていたのだった。
フォーレスト学院に、十二人が、投入されていたのである。
彼らの多くが、納得いかない顔を、覗かせていた。
先に入り、失敗した、同僚のことを嘲笑しつつ、こんな仕事に、自分たちを回すなと、上の者たちに対し、鬱憤を溜め込んでいたのだった。
かなり距離を保ちつつ、バドたち六人の気配を、先ほどから、片時も離さない。
「他には。いないな」
「そうだな」
生徒たちを守る警備や、教師たちが気配を消し、自分たちを、探っている可能性も、捨てきれなかった。
そのため、念を入れて、注意深く、六人の周囲を探っていたのだ。
ここを離れている、他の仲間は、別に所属している、諜報員たちに、自分たちが、見つけたターゲットたちのことを、知られないように、工作を施していたのだった。
「さくっと、片づけて、帰りたいものだ」
「本当だ。何で、俺たちが、ガキたちを探らないと、いけないんだ。元はといえば、あいつらが、失敗するから……。なんで、あいつらの尻拭いを、俺たちがしないと、いけないんだ? 他にも、いるだろう、こんな簡単な仕事が、できるやつらが」
愚痴が止まらない。
自国の仲間の間では、彼らは、エリートと見做されていたのである。
今回の仕事で、その矜持を、かなり傷つけられていたのだ。
上の者たちからは、甘く考えるなと、促されていた、彼らだった。
そのことも、エリートとしてのプライドを、深く抉られていたのである。
彼らは、他国での諜報活動を、いいところまで成し遂げていた。
後少しで、新たな情報が、手に入っていたのだった。
そうした状況下で、中断させられたのだ。
誰一人として、面白くない。
「他のところも、随分と、手馴れている、凄腕の者たちが、入り込んでいるようだから、上の者たちも、焦って、俺たちを、入れたのかもしれないな」
注意しつつ、逡巡していた。
「ここの警備や教師たちに、やられるって、あいつら、どれだけ、今まで遊んでいたんだ?」
平凡な顔つきをした男が、訝しげな顔を覗かせている。
「その辺にしておけ」
「けどよ」
不満げな双眸を、注いでいた。
「俺たちは、上からの命令を、ただ、遂行すればいい。そして、帰ればいいだろう」
「……わかった」
「わかったなら、手はず通りにいくと、隊長や、みなに知らせろ」
「了解」
事前の打ち合わせは、でき上がっていたのである。
森の中では、バドたちが、和やかな雰囲気もない、微妙な顔で、歩いていたのだった。
刺々しい彼らに、獣や動物たちも近寄らない。
遠巻きに、窺っていたのである。
先頭を歩いているのは、ローゼルとダンだ。
その後ろを、ブラークとキム、パウロとバドがいる。
バドだけが、傲岸不遜な足を進めていた。
他は、どこか、重そうにしていたのだった。
「なかなか、襲ってこないな」
ぼやきを漏らすブラーク。
「この前のことがあるから、慎重になっているんじゃないの?」
冷静な言葉を、何気に、キムが零していた。
「だろうな。お前らや、先生たちが、随分と、片づけたようだからな」
「「「……」」」
魔法科三人の話に、押し黙っている、剣術科の三人だ。
少し前に、生徒たちの実力探るため、各国の諜報員が、学院に潜り込んでいることや、近頃は、〈法聖〉リーブの子供である、リュートやミントの実力を、探るために入り込んでいる話を、聞かされたばかりだった。
知った事実に、衝撃が隠せない。
(((リュートって、凄いんだな)))
「カレンがいなくって、よかった……」
「そうだね」
「カレンがいたら、また、怒っていただろうな」
ついつい、ブラークが、遠い目をしている。
諜報員と戦闘し、怒られたばかりだった。
その光景を思い出し、身震いをしているブラークとキム。
「過敏過ぎる。卒業までは、続くんだからな」
平然と、構えているバドだった。
「で、どうするんだ?」
ブラークが、バドを窺っている。
森の中では、風の音や、獣や動物たちが、動く音しか聞こえない。
そうした中でも、しっかりと、バドたちは、諜報員の気配を感じ取っていた。
「何がだ?」
言われた当人は、何のことだか、理解していない。
「俺たち、剣術科のこいつたちのことを、知らない。どう連携するだ」
「そんな粗末のことか。臨機応変に、やればいいだろう」
容易いことだろうと言う顔を、滲ませているバド。
それに対し、ブラークが、脱力感が否めない。
「……バド。今回は、かなりだぞ?」
「大丈夫だ。型通りにいけば、いい。後は、俺から、指示する」
バドの言葉を、咀嚼できないであろう、剣術科の三人のため、ブラークが細かいことを口にしている。
「じゃ、剣術科三人が、前衛で、俺とキムが遊撃で、バドが後衛で、状況判断してくれ」
「いや。遊撃をやる」
早速、ブラークの言葉を、ダメ出しを出すバド。
「おい」
「後衛がいなくっても、大丈夫だ。キム、お前が、遊撃と状況に応じて、後衛をやれ」
「……わかった」
素直に、バドの指示に従う、キムである。
逆らう体力と、精神力を、削りたくなかったのだ。
苦虫を潰した顔を、覗かせているブラークも、同じだった。
「……と言うことだ、ローゼル、ダン、パウロ。わかったか」
ローゼルたちに、この後のことを、ブラークが説明を行った。
睥睨している、ダンの口が動く。
「俺とローゼルは、納得したが、パウロは、遊撃にしてくれ」
このところ、能力が上がってきたとは言え、まだ、力を発揮するのに、ムラがあるパウロでは、荷が重過ぎると踏んで、変えて貰うため、ブラークに話したのだった。
ダンの話を聞き、ブラークの双眸が、バドに注ぐ。
何も、言う気配のないバド。
「……わかった。それでいい。だが、二人で、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ」
すでに、ダンとローゼルの顔が、引き締まっていたのである。
この後に、起こる出来事に、しっかりと、腹を据えていたのだ。
ただ、パウロだけが、落ち着きがない。
そうした状況も考慮し、ダンが申し出たのだった。
睨んでいたのは、僅かな反抗だ。
そんなダンの仕草に、ブラークたちは、意に返さない。
初見で、バドのことを、理解できるとは、思っていなかった。
「……集まってきたか?」
「そのようだ。随分と、やる気になっているな」
口の端を上げている、バドだ。
好戦的なバドの姿に、キムが、頭を抱えている。
この後、ロクなことが、ないだろうと。
諦めきっているブラーク。
だが、瞬時に、待つか、奇襲をかけるかなど、様々なことを、巡らせていたのである。
ここには、トリスやクラインが、いないからだ。
いくらバドが強いからと言って、トリスとクラインが、いないのは痛手たった。
自然と、面差しが、いつもより、真剣にならざるをえない。
「バド。正確な人数が、わかるか?」
いくつもの気配を感じつつも、正確な人数が、特定できなかった。
「十二人だ。そのどれもが、相当なやり手だ」
はっきりした口調のバドに、ローゼルたちが、目を丸くしている。
ブラークやキムのように、いくつもの気配を感じているが、正確な人数や強さの把握まで、できていなかったのだ。
「わかった」
そして、彼らの中での、揺るがない信頼感にも、驚きを滲ませている。
「珍しいね。警備や先生たちが、いないよ」
複雑な面持ちで、キムが口にした。
十二人と言う数に、少しだけ、ビビっており、援軍が必要だと、抱いていたのだ。
近くに、警備の者や、教師たちが、見回りしているなら、すぐに、駆けつけて貰えるが、完全に、近くにいそうにもなかったのだった。
「だな。どうしたんだ?」
僅かに、眉間にしわを寄せているブラーク。
見回りをしている者たちは、別な場所で、交戦していた。
そのため、この辺一体は、警備が、薄くなっていたのである。
「関係ない。行くぞ」
隠れ潜んでいる、諜報員数人に向かって、いきなり、バドが魔法を繰り出していた。
突然の挑発に、驚きつつも、誰もが、戦闘体勢をし始めている。
文句を言っている暇など、なかったのだ。
諜報員たちも、唐突な奇襲に驚愕するも、瞬時に対応し、誰一人として、離脱する者がいない。
多少、ケガしているだけで、戦うことに、全然、支障がなかった。
瞳をぎらつかせ、バドたちに向かっていく、諜報員たち。
露わになった諜報員たちだ。
次々に、そうした彼らを、視界に捉えていく。
高揚していく中でも、ローゼルたちは、心が冷めていった。
「あいつ、何、考えているのよ」
ローゼルが、不満の声を上げていた。
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