第123話
村にナンパをしにいかず、ブラークとキムが、珍しく、学院に残っていた。
だからといって、真面目に、授業を受ける気がない。
食堂で、ダランと、過ごしていたのだった。
「カレン。少しは、気分転換できると、いいけど」
どこか、不安げな眼差しを、キムが滲ませていた。
彼らの前に、パンケーキと、飲み物がある。
ほぼ、手をつけられていない。
食堂に、疎らな生徒しかいなかった。
「だな。カーチス、弱っていたからな」
若干、カーチスに対し、ブラークは負い目があった。
(カレンも、あそこまで、怒らなくっても……)
徐々に、眉を下げているブラークだ。
「そうだね……」
しょんぼりと、キムが頷いていた。
先日、合コンに誘い、そのせいで、カーチスは、彼女であるカレンに、叱られていたのである。
誰も、二人が付き合っていることは、把握しているものの、二人が、何も言わないので、やっかみを込め、ノリがいいカーチスを、ナンパや合コンに誘っていたのだった。
今回は、相当カレンも、お冠のようで、カーチスに、過激な訓練を強いていた。
その影響で、日に日に、弱っていくのを、垣間見ていたのだ。
キムの双眸が、ブラークを捉えている。
「やり過ぎたかな?」
「……そうかも、しれないな」
「二人のために、何かできないかな……」
キムの提案に、顔を顰めている。
何度か、ブラークたちも、動いていたのだった。
カーチスの様子が、いつもよりも、酷くなっていたので、もう、許してやってほしいと、頼んでいたのだった。
だが、カレンに気圧され、それ以後は、何も言うことが、できないでいた。
久しぶりに見た、物凄い圧を、放出していたのだ。
この状態に陥ったカレンを、誰も、止めることができない。
辛うじて、リュートの圧倒的な力で、覚醒させることがあっても、リュート自身が、面倒臭いと言って、放置することが多く、カレンが落ち着くまで、いつも戦々恐々と、やり過ごしていたのだった。
思わず、溜息を吐く二人だ。
思考し、二人の仲を、どうにか、元に戻せないかと、また、思案している。
彼らなりに、今回は、いつも以上に、反省をしていたのだ。
けれど、どうすればいいのかと、ウダウダと、時間だけが、経過していった。
「珍しいな」
学院に、残っている二人に、バドが、軽く瞠目している。
丸一日ほど、きちんとした食事を、していなかったことに気づき、食事をするため、バドが食堂へ訪れていた。
それと、研究に煮詰まっている状況だったので、気分を変えるためでもあったのだ。
食堂に、バドが、姿を現したことで、数人の生徒たちが、怪訝な形相を覗かせている。
そして、自分の気配を消すように、幾人かが、食堂から姿を消していく。
そうした彼らの気配を察知していたものの、何も言わない。
ブラークやキムは、あんぐりと口を開けたままで、気づいていなかったのだ。
近くに来て、声をかけるまで、バドの存在に、二人が気づかなかった。
「「バド」」
バド以上に、目を丸くしている二人。
瞬く間に、身体を、強張らせている。
「「……」」
逃げようか、どうかと、目を彷徨わせている二人に対し、瞬時に、二人の思考を読み、ほくそ笑んでいたのだ。
さらに、二人の身体が震え、戦慄していく。
「「……」」
「何を考えてる?」
少し、低めのバドの声音。
ますます、恐怖が、増幅していった。
「「……何も」
二人の顔が、引きつっている。
バドのことを知らず、残っている生徒たちは、三人の様子に気づかない。
各々、好き勝手していたのだった。
「そうか? 何か、よからぬことを、考えていたんじゃないのか?」
不敵に笑っている、バドだ。
さらに、圧を深めていく。
「「……はい。考えていました」」
簡単に陥落し、従順な態度になっていた。
肩を落とす二人を捉え、先ほどまでの圧が、霧散していった。
「ま、いい。ところで、何をしている?」
二人の前にある、ほぼ、手がつけられていないものに、視線を注ぐ。
バドに促され、ばつが悪そうな顔を、二人が滲ませていた。
互いに、顔を見合わせる。
そして、重い口を開いたのは、キムだった。
「カーチスと、カレンのことを、考えていたんだ」
「まだ、カレン、怒っているのか」
意外な顔を、バドが覗かせている。
研究で籠もるバドであるが、カレンと、カーチスの一件のことは、すでに、承知していたのである。もうすでに、時間が経っていたので、元の鞘に、収まっているものと、捨てていたのだった。
バドの言葉に、苦虫を潰した顔を、ブラークが滲ませていた。
「まだだ。今回は、相当、怒っているみたいで、カーチスが、酷く疲弊している」
僅かに、目を眇め、居た堪れない二人に傾けている。
「元はといえば、お前たちだろう」
「「……。すいません」」
消沈している二人だ。
反省している姿を、さらに、どん底まで、落とすこともないと抱き、軽く息を漏らした。
「……で、カレンとカーチスは?」
「リュートたちと、コンロイ村に行った」
ブラークが、口にした。
リュートたちに誘われ、二人が、コンロイ村に行くと聞いた際は、少しでも、カレンが気分転換できればと、願っていたのだ。それと、二人の仲が、元にも取ればと、安易に巡らせていたのである。
「あれに、行ったのか」
勿論、リュートから、遊びに行かないかと、バドも、誘われていた。
けれど、研究していた、真っ最中だったので、そんな暇はないと、一刀両断していたのだった。
「クラインが、上手く、誘ったみたいだぞ」
「クラインなら、上手く、カレンを、落ち着かせることも、できるだろう」
納得いく顔を、バドがしている。
昔から、世話役を買って出ているクラインが、二人の間に入り、カレンを落ち着かせていたことを、把握していたのだった。
「だね。リュートだと、さらに、悪化しそうだし、トリスも、何だかんだ言っても、リュート以外のことは、面倒臭いとか言って、放置していそうだしね」
キムの発言に、そうだなと、ブラークとバドが、同意している。
リュート以外の面倒ごとに関しては、極力、トリスは、放置するスタンスだった。
クライン自体も、程ほど、関知することはない。
だが、度を越しそうな際は、クラインは率先して、沈静化させるように、動き回っていたのだ。
クラスの中の、中和する役割を、クラインが担っていたのだった。
バドも、リュートと同属の面があるので、自分に、降りかかろうとしない限り、決して動くことがなかった。
「クラインが、失敗することもない」
絶対的な信頼を置く、バドだ。
堂々とした姿に、ブラークとキムが、そうだなと、安堵を覗かせていた。
突如、バドの瞳の奥が、きらりと、光っている。
二人は、不穏な空気を嗅ぎ取っていた。
「少し、動きたい。付き合え」
口の端が上がっている、バドの姿。
徐に、二人の顔が歪んでいる。
「やだよ」
「最近、やったばかりで、静かに、過ごしたいだけど」
彼らなりに、抵抗を試みていた。
先の諜報員との戦闘に置いて、少し、疲弊していたのだった。
「ダメだ。付き合うことは、決定事項だ」
「「……」」
「しっかり食事をして、動き回るぞ」
さらに、悦を深くしていた。
これ以上は、無理だと、がっくりと、二人が首を落としている。
「何をしている、さっさと食べろ。後、私から、逃げそうとするなよ」
バドの眼光。
ただ、ただ、二人は、気圧されていた。
「「……わかっている」」
「なら、いい」
軽やかな足取りで、カウンターに向かっていく、バドの背中。
曇よりとした眼差しで、見つめている二人だった。
しっかりと腹を満たし、三人が、学院を探っている、諜報員を相手にするため、森へと向かっている途中で、剣術科のローゼルと、ダン、パウロたち三人と出くわす。
ローゼルたちは、自主練をするため、剣術科で、よく使用しているグランドへ、向かっていたのだ。
何かと、諍いを起こすローゼルとダン。
だが、更なる高みを目指すため、一緒に訓練をすることもあったのだった。
最近、会ったばかりのバドの顔を見て、顔を曇らせ、戦闘する構えを見せるローゼルたち。
クラスメートでもある、テロスたちを伸した、リュートの友達であり、ミシャール王国の公爵家の五男である魔法科のバドの存在に、興味を抱いていたのである。
そして、なにやら、バドのことを知っているであろう、クラスメートのマールは、決して、バドのことを、口にしようとはしなかったのだ。
そのことも、興味をそそる一因でもあった。
それと、仲間であるクラスメートがやられ、そのままでいることも、剣術科の生徒としての矜持が、許せなかったのである。
「バド。剣術科にも、手を伸ばしているのか」
呆れ気味な、ブラークの声音だ。
「リュートのクラスメートだ」
バドの言葉に、ブラークとキムが目を丸くし、厳しい顔をしている、ローゼルたちを窺っていた。
「「へぇー」」
好戦的な眼差しを、徐々に、ローゼルが巡らせてくる。
最近、クラスメートになったリュートに、匹敵するような実力があるバドに、ついつい、畏怖を抱きつつも、自分の実力が、どれくらいあるのかと、試したい気持ちが、勝っていたのだ。
ダンとパウロは、警戒心を露わにしている。
「テロスたちが、お世話になったようね」
「ま、そこそこな」
二人の短いやり取り。
何があったのか、容易に、把握するブラークとキムだ。
((やれやれ……))
「ローゼル!」
険しい顔で、ダンが窘めた。
ローゼルとは逆に、興味よりも、畏怖の方が上だった。
二人に顔を巡らせると、ダンが、首を振っていた。
「……」
「やらないのか?」
口角を上げ、悠然と、バドが構えている。
傲慢と言う言葉が、とても似合う男だった。
「……やめとくわ」
容易く、戦闘の構えを解く、ローゼルだ。
小さく、ダンたちが、息を吐く。
ブラークとキムは、戦闘になろうが、ならまいが、どちらでもよかったのだ。
「そうか。なら、付き合え」
命令口調のバドだ。
三人が、眉を潜めている。
「いいのか、バド。楽しみが、減るんじゃないのか?」
意外そうな顔を、ブラークがしていた。
「大丈夫だ」
バドの決定事項に、逆らう者など、多くはいない。
「……わかった」
諦めモードのブラーク。
「付き合えって、何のこと? 私たちは、忙しいのよ」
「悪いが、俺たちは、これから訓練なんだ」
ダンの横で、パウロが頷いている。
三人の脳裏に、覇気のない、テロスたちの姿を、掠めていたのだ。
「訓練だったら、ちょうどいい。それに、安心しろ。実験ではないから」
ますます、バドの言葉が理解できず、訝しげな三人だ。
「バドの言う通りだ。今回は、バドの実験じゃない。それに、バドが決めたことだ、諦めろ。それと、訓練するなら、これほど、いい訓練はないぞ。リュートがいないが、ここには、バドがいる。だから、そうやられることもない」
三人の気持ちを、ブラークが解そうとしていた。
「そういうことだ」
満面なバドの顔だ。
「それに、バドの機嫌を悪くすると、後で、大変だよ」
困ったような顔を、キムが覗かせていた。
ローゼルと、ダンたちは、顔を見合わせ、渋々、バドたちと、行動を共にすることを承諾する。
「行くぞ」
説明もしないまま、意気揚々と、歩き出すバド。
その後を、ブラークたち五人が、ついていった。
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