第122話
安穏とした保健室とは違い、広いグランドでは、曇よりとした表情で、カイルは、授業で生徒が使用する武器の点検を行っている。
生徒たちは、次の授業をいった者や、空き時間となり、どこかへ行ってしまい、生徒たちは、誰一人として、残っていない。
手伝っているのは、カイル同様に、剣術科で、教師をしている、グリフィンとスカーレットだ。
カイル一人では、大変だろうと、二人は時間もあったので、手伝っていた。
三人の顔に、曇よりと、疲れが滲んでいる。
グランドの脇に座り込み、黙々と、汚れている武器を磨いていたのだ。
自分たちで、直せるものは直し、直せないものに関しては、専門の職人に渡すため、選別を行っていたのだった。
教師によっては、生徒たちにさせることも多い。
だが、安全のため、カイルは、自分自身の目で、しっかりと、確かめていたのだ。
「リュートたち、出かけたんだろう?」
修復していた手を止め、グリフィンが、選別作業を行っているカイルに、双眸を巡らせている。
気心が、知れていることもあり、三人でいることが多い。
「ああ」
「久しぶりに、静かね」
しみじみとした声音を、スカーレットが漏らしていた。
真っ赤な、トレードマークの髪が、とても目立っていたのだ。
いつもより、艶やかさが、失われている。
教師としての仕事以外にも、見回りの仕事や、デュラン、ラジュールの実験に、つき合わされ、過重労働を、何かと強いられていたのだった。
そのため、一切、覇気がない。
どこか、瞳も虚ろだ。
「確かに。でも、うろちょろしている連中が、減らないのは、なぜだ……」
遠い目をしている、グリフィン。
このところ、諜報員の数が、激増していたのだ。
いったん、有望な生徒たちを、発掘しようとする諜報員の数は、減っていたのだが、近頃、一段と、その数が、増えてきていたのである。
苦々しい顔を、カイルが覗かせていた。
「落ち着くだろうと、思っていたのに……」
スカーレットも、グリフィン同様に、頑張れば、落ち着くと、楽観視していたのだった。
だから、頑張れたと言うこともあった。
デュランの実験に、つき合わされてもだ。
それが、どういう訳か、また、諜報員の数が、増えていたのである。
「仕事が、増えるな……」
うな垂れ気味に、グリフィンが、愚痴を吐露していた。
同時に三人が、がっくりと、首を落としている。
何の情報も、得られない機関が、意地になっていたのだ。
そのため、多くの人材を、フォーレスト学院に、終結させていたのである。
何が何でも、情報を得ようと、躍起になり、必死になっていた。
リュートたち生徒に、してやられたのも大きいが、デュランやラジュールの実験の餌食になったのも、相当、大きかったのだった。
そうとは知らない、カイルたち学院側だ。
「話によると、かなりに、腕利きが、来ているみたいだぞ」
スカーレットの話に、カイルが、盛大な溜息を零している。
「大丈夫か? カイル」
少し、哀れみの眼差しを注ぐグリフィン。
「……教師なんて、なるもんじゃないな」
ぼやきしか、出てこない。
「だな。教師なんて、もっと、ラクなもんだと、思っていた」
「私も」
三人同時に、嘆息を吐く。
(((腐れ縁も、長いな……)))
学院に、リーブがいないだけで、いつも、釣るんでいたメンバーが、教師として、勢揃えしていたのだ。
ここに、リーブさえいれば、当時、遊んでいた仲間たちが揃っていた。
常に、彼らだけで遊び、騒動が置き、カイルたちが、巻き込まれる形となっていたのだった。
年は違っていたが、同級生で、孤立していた魔法科の面々や剣術科のカイルに、お節介で面倒見のいい、グリフィンやスカーレットが、何時しか、一緒に行動するようになっていたのである。
剣術科の三人は、卒業後、それぞれ、外の世界へ、飛び出していたが、各々、いつの間にか、学院に戻ってきていたのだ。
魔法科のデュラン、ラジュール、カテリーナは、卒業後そのまま、教師として、残っていたのである。
残った三人は、ことあるごとに、外に出て、好きなことをしていたので、卒業後に、外の世界へ、行かなくても、同じだろうと、安易に、教師としての仕事についたのだ。
卒業したスカーレットや、グリフィンは、何度も、デュランやラジュールから、研究を手伝わされ、結局、仕事場に、迷惑をかけることも多く、仕事関係の人間関係に、嫌気がさし、教師として戻ってきていた。
納得する実験のため、何度も、呼び出されていたのだ。
世界を放浪していたカイル。
カイル会いたさで、何度も、カテリーナが、会いに来ていて、彼女の願いもあり、教師として、戻ってきた口だった。
三人とも、ほぼ、同じような理由で、学院に帰ってきていたのである。
また、溜息を吐いていた。
伏せていた顔を、上げるスカーレット。
一つに、三つ編みしていた赤毛が、少ししょんぼりと、揺れている。
「何で、湧くんだ。あいつらは」
唐突に、立ち上がって、スカーレットが吐き捨てた。
その双眸は、ぎらついている。
「諦めろ。……リュートたちがいる間は」
死んだ目をしたままのグリフィン。
「忘れているぞ。ミントがいる」
カイルが、余計な一言を、突っ込んだ。
「「……」」
空しくなり、スカーレットが腰を下ろした。
「それに、デュランやラジュールがいるんだ。真面目に、仕事をするとは思えない……。あの二人の頭にあるのは、新たな発見だからな」
「「……」」
三人の脳裏。
ほぼ、仕事を放棄している、二人の顔を掠めている。
もう一度、三人が、盛大な、溜息を吐いた。
《瞬間移動》で、三人の目の前に、デュランが姿を現したのだ。
突如、話題の一人である、デュランの姿に、三人が、目を丸くしている。
「探したぞ。スカーレット」
「えっ、私?」
マヌケ面を、滲ませているスカーレットに対し、カイルやグリフィンは、どこか、ホッとした顔を、覗かせていたのだった。
自分ではないと。
「実験に、付き合って貰うぞ」
「何で、私なんだ。いつも、いつも」
デュランの指名の多さでいくと、断トツで、スカーレットが、多かったのである。
ことあるごとに、スカーレットを指名していたのだ。
不足や、実験が足りないと思うと、グリフィンやカイルも、問答無用で、呼び出しを喰らっていたのだった。
「決まっているだろう。使い勝手が、いいからだ」
「私は、デュランの下僕じゃない」
このところの鬱憤が溜まり、スカーレットがキレ、とうとう、吐き出していたのだ。
目を細めているデュラン。
憤慨しているスカーレットを捉えている。
身体が強張っていたが、急速に回復し、デュランを半眼していた。
今日は、負けないぞと、意気込んでいる。
それに対し、段々と、デュランの双眸が、冷え込んでいった。
次第に、耐えられなくなり、スカーレットの瞳が、宙を彷徨っている。
「……終わりか?」
ゴクリと、つばを飲み込む、カイルとグリフィン。
デュランの圧に、何も言えない。
「……私は……、いかない」
徐々に、最初の勢いがなく、歯切れが悪かった。
「スカーレット。お前は、俺の下僕だ。俺の言うことを、聞いていればいい」
デュランの発言に瞠目し、フリーズしている。
「いいから、来い」
「……いやだ」
反抗し、スカーレットが暴れていた。
僅かに、感心した眼差しを傾けていたのだった。
「来ないのか?」
「……」
「そうか」
いつもの、有無を言わせない顔を、見せないデュラン。
その姿に、覚束なくなっていく。
けれど、絶対に、揺るがないぞと、踏ん張っているスカーレットだった。
こんな、ブレブレの姿を、生徒たちの前では、決して見せられない。
頼もしい教師の一人として、スカーレットは、生徒たちの中で、慕われていたのだった。
途方に暮れたような顔を見せるのは、親しい彼らの前だけだ。
「そうか、来ないのか」
「……」
「そうか、そうか」
不気味に、笑っているデュランである。
「……どうしてもって、言うなら……」
頼りなく、さらに、瞳が揺れていた。
((負けたな))
哀れみの眼光で、カイルとグリフィンが、捉えていたのだ。
ニヤリと、口角が上がった途端、いきなり、スカーレットの首根っこ辺りの服を掴み、視線の矛先を、カイルとグリフィンに巡らす。
「後は、頼む。それと、カテリーナが、森で、遊ぶようだぞ」
言いたいことだけ言って、瞬く間に、デュランとスカーレットが消えた。
「はぁ!」
瞬時に、立ち上がるカイルだ。
森の方へ、双眸を巡らせ、持っていたものをすべて、投げ捨てていた。
あっという間に、カイル自身が、森の中へと、いってしまう。
止める暇もなく、駆け出していったのだ。
一人だけ、グリフィンが、残っている。
元々は、グリフィンの仕事ではなかった。
ただの、手伝いだった。
「……スカーレットの分まで、やるしかないのに……。カイル、お前まで、仕事を投げ捨てていくなよ」
呆れた眼差しで、消えていった森に、瞳を傾けていたのだった。
「大体、カテリーナが、やられる訳がないだろうが……。あの親衛隊も、いるのに……。ホント、カテリーナのことになると……」
ふと、無駄なことを、考えることをやめる。
グリフィンは、カイルの仕事を、一人で、黙々としていたのだ。
「終わったら、飲みに行こう……」
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