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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
第5章 ささやかな頼み事は大忙しに
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第119話

 食事を終え、それぞれの部屋に、リュートたちが戻っていたのである。

 部屋は二つ取り、男子と女子に別れていた。


 トリスが、ソルジュの部屋を訪ねる。

 すでに、ユルガから、部屋の場所を聞いていたのだ。

 卒がないトリスだった。


 部屋には、ソルジュしかいない。

 入ってきたトリスの姿に、苦々しい顔しかなかった。


(師匠めっ)


 部屋に戻ってきて早々、ユルガは、酔いを醒ましてくると、部屋を出て行ってしまったのだった。


(逃げたな)


「久しぶりだな、ソルジュ」

 日中に、採集していた薬草で、売らなかったものを、薬として、作っていたのである。

 旅などで、何があってもいいように、常に、様々な薬を、常備していたのだった。

 村にいた際は、目にできなかった、たゆまない姿勢に、トリスの口が緩みっぱなしだ。


 トリスの表情に、ますます、相対している顔が顰めていく。

「……ああ。兄さんも、相変わらずだね」

「リュートと一緒だと、変わらないさ」

「だろうね」


 不意に、ソルジュは、楽しげなリュートの顔を掠めていた。

 魔法の天才であり、いつも揉め事や騒動を、起こしていたのである。

 とても、自分勝手な人ではあったが、心底、嫌いにはなれなかった。

 どこか、憎めないと、抱くところもあったのだ。


「ところで、座っていいか?」

 部屋の入口で、未だに、トリスが立ち尽くしていたのだ。

「……好きなところに、掛けて」

 居座る様子に、ソルジュも、観念するしかない。

 手を動かし始める。

 ソルジュの了承を受け、ベッドに腰掛けた。


 グルリと、室内をトリスは見渡す。

 簡素な旅の支度しかない。

 綺麗に、整理整頓されていたのだ。


(ソルジュらしいな)


 村にいた際は、両親から、身支度のことや、部屋の片づけのことを、細かく注意され、整理整頓が養っていたのである。

 小さい頃は、子供たちを店に連れていき、そこで、子供たちをあやしていたのだった。

 そのため、ひと一倍、躾には厳しかったのだ。


「ところで、いいの? リュートのことを、ほっといて」

 気になっていることを、ソルジュが口にしていた。

 騒動などを起こしても、すぐに火消しできるように、トリスが張り付いていたことを、ソルジュなりに把握していたのだった。


「大丈夫。カーチスやクラインが、見ているから」

 あっけらかんとしている表情から、問題ないことを察したのだ。

「そう」

「身体、大きくなかったな?」

「そう? 本人としては、自覚がないけど」


 顔を下げ、自分の身体を、見て回る。

 けれど、大して変わらないと巡らした。


「大きくなった」

 感慨深げな、トリスの声音。

「……」

 どこか、むず痒い思いを、抱くソルジュ。


 二人は、久しぶりの再会だった。

 そして、近頃は、顔を合わせていなかったのだ。

 偶然ではなく、ソルジュが、意図的に、会わないようにしていたのである。

 兄との差を、見せ付けられそうで。


「元気そうで、よかった。旅先で、病気やケガは、していないようだな」

「ああ。元気し、身体は、丈夫だよ」

「旅をしていて、楽しいか?」

「楽しい。いろいろなことが、知れて」

「そうか」


 手を止め、双眸をトリスに巡らす。

 もう、薬は、でき上がっていたのだ。

 トリスのベルトには、祖父が使っていた、使い込まれた小型のナイフが、備わっていた。

 ポーチにも、何らかの道具が、仕舞ってあるんだろうと、察していたのだった。

 ますます、遠くにいったような気がする、ソルジュだった。


 トリスから視線を外し、手早く、道具を片づける、作業に入っていく。

 片づけが、終わったところで、ソルジュの方から、口を開いたのだった。

「……兄さんは、どう? 学院の方は」

「大変だけど。面白いぞ」

「そう」


「来るか?」

 窺うような、トリスの眼差し。

 僅かな、ソルジュの沈黙だ。

「……いい」


「カメリアやソルジュも、来たかったんじゃないのか?」

 自分一人が、いっていることに、僅かに、罪悪感を抱いていたのである。

 当初、トリス自身は、学院に、行くつもりがなかった。


 一番上として、下の妹や、弟の面倒を見ることや、両親が営む薬草店が、繁盛していることもあり、家の手伝いをする腹積もりだった。

 けれど、リュート一人を、行かすことができないと、リュートの母であるリーブに頼まれ、フォーレスト学院に行くことを、決めた経緯があったのだ。

 そのことで、カメリアやソルジュに、負担をかけていたと、心の中に、存在していたのである。


「姉さんのことは、わからないけど、学院に対し、あまり興味がないし、もし仮にいったとしても、すぐに、やめていたんじゃないかな……」

「旅の方が、面白いか」

 コクリと、頷くソルジュだった。


「そうか。いい経験ができて、よかったな」

「そうだね。兄さんだって、学院で、いい経験、積んでいるんじゃないの」

「まぁな」

 口角を上げ、笑っているトリスだ。


 ほとんど、家に戻らないソルジュだったが、戻った際に、姉カメリアから、トリスの学院での様子を、それなりに聞いていたのである。

 お互いに、カメリアを通じて、様子を聞いていたのだった。


「カメリアが、漏らしていたが、最近、帰ってこないそうだな? 心配していたぞ」

 以前、戻った際に、最近、帰ってきていないことを、カメリアが零していたのだった。

 気になっているところに、ソルジュと、偶然に会うことができた。

 何よりも、自分の目で、弟の成長を見られ、笑みが止まらない。

 そして、その成長を、家族にも、見て貰いたいと、単純に巡らす。


「……」

「ゆったりとした、旅をしているんだろう? だったら、たまに、帰ることだって、できたんじゃないのか?」

「……」

 渋面になっているソルジュを、捉えている。


「ソルジュ。あまり、顔を出さないのは、よくないぞ。父さんや母さんだって、心配している。学院に寄ったら、次は、ユルガ殿に頼んで……」

「勝手に、兄さんが、決めることじゃない」

 きっぱりと、吐き捨てるソルジュだ。


 双眸には、頑固さが、滲んでいたのである。

 細く、長い息を吐くトリス。


(やってしまった……。でも、ここで、やめる訳には……)


「……確かに、俺が、決めることじゃない。でも……」

「兄さんだって、好き勝手に、やっているんだ。とやかく、言われる筋合いはない」

 困ったような顔を、トリスが浮かべている。

 ズキンと、心が痛むソルジュだった。

 けれど、惹くに惹けない状況に、お互いに、陥っていたのである。


「……そうだな」

「兄さんだって、母さんが、嫌がっているじいちゃんのところで、未だに、いろいろと、教わっているんだろう? それに、じいちゃんの仕事も、手伝っているんじゃないのか?」

 相手を、射抜くような眼光を、ソルジュが注いでいる。

 逃れることもしないで、まっすぐに、受け止めていたのだ。

「ああ」

 トリスの答えに、ソルジュが、顔を歪めてしまう。


 ベックのことを、トリスが、憧れていると同じように、ソルジュも、ベックのことを憧れていた。

 ベックの技術を、受け継ぐことができないことに、ソルジュは、強い喪失感を味わっていたのだった。


「だったら、俺よりも、兄さんの方が、俺よりも、心配掛けているじゃないか」

「そうだな」

 それ以外の、回答ができない。

「だったら、俺のことは、ほっといてくれ」

「兄弟だろう」


「もう、子供じゃない。それに、師匠から、学ぶことがたくさん、まだ、あるんだ」

「ああ」

「それに、店が忙しくなれば、そのうち、人を雇うことすれば、いい話じゃないか。それなりに、儲かっているんだから」

「……そうなんだけど。母さんが、家族でやることに、拘っているからな」


 人気店で、繁盛店でもある店だが、ほとんど、人の手を借りない。

 忙しい時期などには、近所の知り合い数人に、少しだけ、手伝って貰う程度だった。

 素性を隠し、法聖リーブも、手伝いをしたことがあったのだ。


「母さんも、母さんだよ。家族に拘っているくせに、じいちゃんと、距離を置いているくせに」

 そっぽを、向くソルジュ。

 反抗期な姿を、暖かい眼差しで窺っている。

「母さんには、母さんの思いがあるからな」

「じいちゃんも、じいちゃんだよ。家業さえ、やめればいいものを」

「じいちゃんの意志だからな」

「俺は、まだ、帰るつもりはないよ」


「……わかっている。だから、せめて、少しだけ、顔をみせてやってくれ?」

 不貞腐れているソルジュに、顔を覗かせていた。

 ムスッとしまま、黙り込む。

 少しずつ、頭が冷えていったのだ。

「……時間があったら」


「わかった。それでいい」

 立ち上がったトリス。

 部屋から出て行く前に、立ち止まっていた。

「まだ、持っているか? 木彫りの人形を」


「……。さぁ、わからないよ」

 以前、不器用なソルジュのため、木彫りの人形を、ベックが作ってあげたことがあった。

 ベックに習いながら、トリスは自分で作ってみせたが、同じようにやりたかったソルジュが、手を切ってしまい、最後まで、作ることが叶わなかったのである。

 そのため、落ち込んでいるソルジュを慰めるため、ベックが作ってあげたのだった。

 視線を、合わせようとしないソルジュ。


「そうか」

 今度こそ、トリスが、部屋から出ていく。

 一人残されたソルジュ。


 重苦しい空気から、解放されたと、強張っていた身体から、力が抜けていった。

 その場に、へなへなと、座り込んでいる。


 無造作に、ポケットから、古い木彫りの人形を出した。

 琥珀色の瞳で、見つめていたのだ。

 お守りとして、常に、大切に持ち歩いていたのである。


「……何やっているんだ、俺は。まだ、子供じゃないか……」

 深い溜息を漏らす、ソルジュだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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