第117話
リュートたち一行は、コンロイ村に辿り着いていた。
カテリーナの依頼を受け、即座に、行く者を決め、行動に移していたのである。
トリス、アニス、ミント、セナ以外に、クラインや、カーチス、カレンの顔触れもあった。
総勢、八人で、村に来ていた。
剣術科のダンたちや、魔法科のブラークたちも、勿論、誘ったのだが、断られてしまったのだった。
授業を休んでまでも、いく気に慣れないや、そんな暇があったら、訓練をしていると言われていた。
ブラークたちに関しては、汗臭いところに出向いても、女の子たちが、いないと言う不順な理由だ。
村の中を、平然と歩いていても、リュートたちに、ほぼ、見向きもされない。
数人の目が、注がれているだけだった。
まだ、駆け出しの冒険者の一行と、見做していたのだ。
そして、未だに、注がれている双眸。
駆け出しの冒険者たちを、獲物としている、やからだらけだった。
コンロイ村には、老若男女、さまざまな種族や、年齢の者が、集まっていたのである。
駆け出しの冒険者から、ベテランの冒険者だ。
村に入り、賑やかな中央通りを歩いていた。
日も、落ちかけようとしているので、より一層、活気が溢れている。
「宿屋を決めるか?」
「そうだな」
トリスの提案に、リュートが承諾した。
急ぎの依頼でもない。
カテリーナからは、ゆっくりと、遊んでくるといいと、言われていたのだ。
「どこにする?」
クラインが何気なく、尋ねているが、意識は、きちんと、周囲に向けられている。
誰も、いやな眼差しに、気づいていたのだ。
ただ、今、戦闘するのも、得策ではないと、踏んでいたのだった。
ここは、馴染み深い学院ではない。
警邏する者がいても、見逃してくれる可能性が、低かったのだ。
セナやカレンが、嘆息を漏らし、アニスが苦笑している。
平凡な旅を、送れないことにだ。
二つから、三つの集団から、リュートたちは、鴨の対象に選ばれていた。
リュートたちも、手馴れている様子をみせない。
経験則から、面倒と、悟っていたのである。
「メシが上手くて、甘いものが、美味しいところ」
希望を、挙げていくリュート。
そんなリュートを無視し、トリスが、ある宿屋を提示する。
「『眠れる獅子』で、いいか?」
「そうだな。あそこの宿屋は、安全だな」
『眠れる獅子』は、コンロイ村でも、安全な宿屋の一つだ。
何度か、リュートたちが使っていた。
他の多くの宿屋は、荒くれどもがいて、安全とは言いがたい。
自分たちならば、平気だったが、アニスやミントがいる以上、安全を優先した結果だった。
「俺の意見は?」
納得がいかず、リュートが、口を尖らせている。
「村の店で、買えばいいだろう」
クラインの提案でも、不満顔だ。
コンロイ村で、料理が上手いと、称されている宿屋もあったのだ。
ただ、そうした宿屋には、大抵、荒くれどもが、宿泊していたのだった。
「ダメなものは、ダメだ。いやだったら、一人で、いけ」
突き放すトリス。
さっさと、宿屋を、決めたかったのだ。
一人になるのは、寂しいリュートである。
それ以上の不満を、口にしない。
決まった『眠れる獅子』に向かって、八人が歩いていると、採取を終え、お金を稼いできた、ユルガとソルジュたちと、遭遇するのだった。
「「……」」
先頭を歩いていた、トリスが立ち止まったので、それに追随する面々。
同じように、ソルジュが足を止めたので、ユルガも、足を止めたのである。
正面にいるトリスを捉え、ユルガの表情が、穏やかに緩んでいった。
二度だけ、ユルガとトリスは、会っていたのだ。
「やぁ、トリス。久しぶり」
「……久しぶりです」
顔を、綻ばせるトリスだ。
対照的に、見る見る顔を、強張らせていくソルジュだった。
そんな態度に、小さく、トリスが笑っている。
敬遠されていることは、察していたのだ。
けれど、可愛い弟だったので、気にも止めていなかったのである。
「あっ。ソルジュ、久しぶり」
場の空気を、一切、読まないリュート。
「……久しぶり、リュート」
ソルジュが、苦々しそうに口を開いていた。
(((ソルジュ?)))
聞いたことがある名に、クライン、カーチス、カレンが、首を傾げている。
「「「トリスの弟だ」」」
三人の声に、ますます、ソルジュの顔が歪み、何も知らないセナやアニスたちが、瞠目していた。
思わず、トリスとソルジュの顔を、セナとアニスが交互に見比べている。
言われてみれば、どことなく、似ていたのだ。
三人も、話に聞くだけで、ソルジュ自身を見たのは、今回が初めてだった。
食い入るような、双眸の嵐。
舌打ちを打ちたくなるのを、必死に、堪えている。
馴染みの深い、アミュンテ村ではないからだ。
「旅は、面白いか?」
醸し出している空気を、リュートは読まない。
久しぶりに会うソルジュに、話しかけていたのである。
「……それなりに」
「そうか。どんなところへ、行った?」
「いろいろだよ」
「面白そうだな」
「大変だよ」
「そっか?」
兄であるトリスに、双眸を傾けようとしない、ソルジュの姿。
徐々に、クラインたちは、胡乱げになっていく。
困ったようなトリスと、そっけないソルジュを、交互に窺っていたのだ。
「そういえば、いつ、来たんだ?」
「二日前」
「いつまで、滞在するんだ?」
「当分の間かな」
「この後、フォーレストにも、行こうかと思っていたんだ」
笑顔で、ユルガが答えた。
「本当か! じゃ、一緒に行こうか」
「いいよ」
即答で、ソルジュが断っていた。
全然、聞いていないリュートだった。
「久しぶりなんだからさ。そうだ、どこの宿屋に、泊まっているんだ?」
「『眠れる獅子』だよ」
勝手に、ユルガが宿屋をバラした。
「じゃ、一緒だな」
先ほどとは違い、リュートに、笑顔があった。
それに対し、ソルジュは、すこぶる顔を歪めている。
「じゃ、行こうか」
促すユルガに、それについていく、面々だった。
リュートが一方的に問いかけ、ソルジュが答えていく。
けれど、それを温かい目で、ユルガとトリスが、眺めていくだけだった。
妙な光景。
ウズウズしていると、好奇心を擽られているカーチスが、それとなく、ミントの隣に来て、話しかける。
まだ、精神的なダメージがあったが、好奇心の方が、上回っていたのだった。
「何で、兄弟なのに、トリスとソルジュは、喋らないんだ?」
「話すことが、ないんじゃないの?」
見たままの答えを、ミントが口にした。
雰囲気からも、隠している様子もない。
声をかける前からも、後からも、ひたすらに、兄リュートと、ソルジュの様子を窺っていたのである。
「「「「「……」」」」」
まだ、喉に、引っ掛かりがある面々だ。
「昔から?」
「たぶん?」
「「「「「……」」」」」
(((((そうだ、この子は、リュートの妹だった)))))
前を歩く、リュートやトリス、ソルジュに、誰もが双眸を傾けていた。
勿論、小声で、話していたとは言え、カーチスとミントの会話は、前を歩くリュートたちにも、届いていたはずだった。
前で話をしているリュートと、ソルジュの姿を、ミントが捉えている。
話が弾んでいる、二人の背中。
徐々に、ミントの双眸が、険しくなっていった。
(いつの間に、あの二人は、あんなに、仲が良くなっている?)
村に住んでいた際、ミント自身、リュートとソルジュが、話した現場を、見たことがない。
いつも、一人で、村の中を、ふらついていたのだ。
村の中で、ソルジュは大抵一人で、行動していたのである。
(なぜ?)
リュートとソルジュの二人は、村にいた際の読書仲間だった。
ソルジュは、よく、リュートたちが、暮らす屋敷に訪れ、屋敷にある、膨大な書庫に、入り浸り状態になっていたのである。
その事実を、ミントは知らなかった。
ソルジュが、リーブの屋敷に訪れ、書庫にある本を、片っ端から読んでいたことは、ソルジュが、ユルガに見出された際に、マリーヌたちに、告げられていたのだ。
その後、マリーヌから、そうした大事なことは、早く言えと、後で、こっぴどく怒られるのだった。
段々と、眉間にしわが濃くなっていく。
ジト目で、二つの背中を、睨んでいたのだ。
トリスは、そうしたミントの眼差しに気づき、首を竦めていたのだった。
宿屋に着くまで、リュートの口が、止まることはなかった。
暖かい眼差しと、奇妙な眼差しや、嫉妬の眼差しを、背中に突き刺さりながらも、読書仲間でもあるリュートを無碍にできなく、リュートのお喋りに、ソルジュは付き合っていたのである。
そうした光景を、リュートたちを狙う眼光も、しっかりと捉えていた。
けれど、狩の対象から外すことはなかった。
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