第116話
コンロイ村には、いくつもの鉱山があり、村としては、いろいろと、活気溢れていたのである。
武器や防具を製作するため、取れる鉱物を素材とし、村に多くの職人が集まっていた。
そして、数多くの店を出し、発展してきたのだった。
周辺には、多様な薬草が生殖し、薬草の宝庫となっている。
そのため、村に、多くの宿屋や、武器、薬草などの店も、立ち並んでいたのだった。
そうした状況もあり、職人たちも、切磋琢磨し合い、技術が向上し、この一体では、いい武具が揃うと、有名な村でもあったのだ。
村から、少し離れた森で、トリスの弟で、二つ下のソルジュが、手馴れた様子で薬草を採取している。
警戒している様子もない。
トリスとは違い、茶色の髪は、短く切ってあった。
ある程度、薬草を残し、次々と、採取していたのである。
ソルジュから、見える範囲で、彼の師匠である賢者のユルガが、珍しい薬草がないかと、好奇心に触れるたび、探していたのだった。
動くたび、腰まで伸びた、艶やかな漆黒の髪が、揺れ遊んでいる。
ユルガの気持ちを、表したようにだ。
周囲に、結界が張ってあった。
魔物などが、容易に、入り込むことができない。
森に入る込む際、収集範囲を決めると、早々に、ユルガは、広範囲に結界の魔法をかけたのである。
ソルジュ自身も、結界の魔法を張ることができた。
だが、ユルガと比べると、範囲が狭かったのだ。
今回は、多くの薬草を、採取したいため、ユルガが張ったのだった。
「師匠。探してないで、採取してください」
咎めるような、琥珀色した眼差しを、注いでいた。
以前、逗留していた街で、ソルジュの隙を狙い、ユルガがほしいままに、大量に本を購入してしまい、懐が寂しくなっていたため、資金を稼ぐために、薬草を採取したのである。
それもかかわらず、薬草を採取しないで、好奇心の赴くまま、珍しい薬草を捜している姿に、怒りを滲ませていた。
ユルガと旅をし、四年になろうとしている。
実家を出たのは、ソルジュが八歳の時だ。
「ごめん、ソルジュ」
笑っているユルガ。
決して、ソルジュは、顔を緩めることをしない。
甘やかすのは、ダメだと、これまでの経験で、把握済みだった。
無言の圧力を、注いでいる。
日に日に、逞しく、成長していくソルジュだ。
「……わかった」
渋々、ユルガが、金になる薬草を、次々と、採取していった。
手を動かすのを見定めてから、薬草を採取し始めている。
実家を出て、ユルガと共に、世界各地を巡ってきた。
まだ、行ったことがない場所もある。
楽しいことも、危険なこともあった。そして、眉を潜めたくなる光景も、師匠ユルガと共に、目にしてきて、多くの経験を積んできていたのだ。
「そういえば、近くに、フォーレスト学院があるね」
何気ない、ユルガの呟き。
僅かに、採取していた手が、鈍くなった。
顔は、渋面になっている。
「……」
「お兄さんに、会いに行ってきたら?」
「……大丈夫です」
十分な間をあけ、断った。
兄トリスの顔が、頭の中を掠めている。
祖父ベックのように、器用で、何でも、こなす兄の姿。
そして、自分よりも、先にいってしまう姿に、ますます、表情が、苦々しくなっていった。
追いつこうと、ソルジュなりに、努力をしていた。
だが、いつの間にか、その努力を、やめてしまっていたのである。
(……また、いち段と、じいちゃんに似て、器用になっているんだろうな)
兄弟の中でも、トリスが、祖父の血を、より濃く受け継いでいたのだった。
何でも、そつなくこなすトリスとは違い、ソルジュは少しだけ、父のエルドに似て、不器用なところがあったのだった。
「でも……、この前だって、アミュンテ村の近くに、寄ったのに、実家に帰らなかっただろう?」
いつの間にか、手を止め、灰色の瞳で、ユルガがソルジュを窺っていた。
同じように、手を止めているソルジュ。
突き刺さる視線を感じつつも、背中を向けたままだ。
師匠ユルガに対し、尊敬しつつも、自分の内側をすべて、曝け出すことをしない。
頑なな一面を、持っていたのである。
そうしたソルジュを、温かく、ユルガが見守っていたのだった。
「……もう、子供じゃないんで、平気です」
「ソルジュって、まだ、子供でしょ?」
ムッとした顔を、ソルジュが覗かせている。
(子供のような師匠に、言われたくない)
時に、ユルガは、子供のように、なる時があるのだ。
それを大人の対応で、ソルジュが、窘めていたのである。
「平気です。師匠、手を動かしてください」
「動かしますよ」
五十を過ぎている人とは、思えないほど、口を尖らせていたのだった。
「だったら、黙って、採取に専念してください」
「だって、つまらないよ」
さらに、口を尖らせ、拗ねているユルガ。
(子供かっ)
「師匠。前の街で、浪費したのは、誰ですか?」
冷めた眼差しだ。
ウッと、ユルガが、フリーズしていた。
コンロイ村に来る前の街で、面白い書物、数百年前の、珍しい骨董品などを大量に購入し、資金不足に、陥っていたのである。それを打開するため、薬草の宝庫となっている、コンロイ村に、訪れていたのだった。
それと、面白い鉱物や、目新しい武器や、防具がないかと、見る目的もあったのだ。
「……いつまでも、言わないでよ」
散々、前にいた街で、絞られていたのである。
それを持ち出され、子供のように、不貞腐れていた。
「だったら、さっさと、手を動かす」
「わかったよ」
子供のような、無邪気な人だ。
とても、誰からも、慕われ、敬われる賢者とは思えない。
けれど、本物の賢者で、ユルガの知識や、魔法で、人々は、救われていることも、事実だった。
そうした一面に騙され、何度、辛酸を嘗められたことかと、顔を顰めていた。
過去の苦い出来事が、走馬灯のように、流れ去っていく。
そして、とても厄介なことは、ソルジュの隙を狙い、興味を抱いたものを、次々と購入し、興味が失せたら、どんなに高額のものでも、ポイっと、捨ててしまうことがあったのだ。
だから、常に、監視の目を、光らせていたのである。
それでも、ユルガの行動を、止めることができなかった。
ソルジュよりも、そうした行動に関しては、素早かったのだ。
「あそこも、面白そうだから、コンロイ村の次に、寄っていこう」
「いいです」
「ダメ。決めた」
「師匠」
「ソルジュって、学校にいっていないでしょ」
黙り込むソルジュ。
実際、アミュンテ村にいた際は、学校に行かず、フラフラとしていたのだ。
だから、学校と言うものを、きちんと理解していない。
「少しは、ソルジュの勉強に、なると思うよ」
「師匠から、知識は、施して貰いました。それに、各地の図書館にも、行かさせて貰いましたから、大丈夫です」
「ダメ。決めたから、行くよ」
ユルガも、頑固な一面もあった。
「……」
ニコッと、微笑んでいる。
イラッとしているが、逆らえない。
「……承知しました。だったら、早く、手を動かしてください」
「わかった」
楽しいことを見つけた、ユルガの手は、先ほどよりも、ピッチが上がっていた。
ソルジュは、渋面しているのだった。
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