第115話
授業をしている時間帯と言うこともあり、食堂には、疎らな生徒しかいない。
空き時間となっている生徒や、授業をサボっている生徒などだ。
そして、カーチスとクラインの姿が、食堂にあったのである。
他の生徒たちとは、離れて、座っていた。
放心状態のカーチスと、心配げに、付き添っているクラインだった。
カーチスの前に、軽食しかない。
ほとんど、手がつけられていなかった。
僅かに、減っているのは、飲み物だけだ。
日ごとに、カーチスの元気さ、陽気さが、失われていった。
「大丈夫か? カーチス」
「……」
声をかけられ、微かに、眉を潜めているクラインに、注ぐだけだった。
疲れているせいで、感情も、動かない。
(ヤバいな。この状態は)
「少し、食べた方が、いいぞ」
「……」
何も、答えないし、手も、動かそうとしない。
ただ、固まっている状況だ。
カーチスは、食欲がなかったのだった。
このところ、ハイペースな訓練と言う名のしごきに、失せていたのである。
回復魔法や、薬草などで、ある程度、傷は癒えていたのだ。
けれど、多くの精神面を削られ、それどころではなかった。
カーチスとカレンだけで、訓練をしている訳ではない。
カレンから誘われ、カーチスとの訓練に、多くのクラスメートを、かかわらせていたのだった。
それも、成績の上位の友達だけだ。
ただし、カーチスに甘くなるだろうと、そのメンバーに、仲のいいクラインは外されていた。
今回のカレンは、いつも以上に、厳しかったのだ。
しょうがないと、クラインが、カーチスのフォークを取り、柔らかいつくねに刺し、口の前まで、持っていってあげる。
「ほら、口を開けろ」
つくねに双眸を巡らす。
「早く、開けろ」
「……」
ゆっくりとした動きで、口を開けた。
クラインが、口につくねを放り込む。
入れて貰ったつくねを咀嚼し、ゴクリと、飲み込んだ。
甲斐甲斐しく、世話を焼くクライン。
「美味しいか?」
「……」
何も、答えなくても、次の料理を、フォークに刺した。
何度か、同じそうな仕草が、繰り返される。
カーチスの前にある軽食が、半分になったところで、授業に出ているはずのカレンが、二人の前に立ちはだかった。
「何しているの?」
「遅めの、朝食だよ」
怯えているカーチスを、ジト目で捉えている。
立ち尽くしているカレンに、双眸を傾けることもできない。
「まだ、食べていなかったの?」
どこか、カレンの声も、冷え冷えとしていた。
「……すいません」
「……」
降り注ぐ、軽蔑した眼差し。
しっかりと、食事を取るように、厳命されていたのだ。
クラインが、溜息を吐いてしまう。
「……カレンこそ、どうして、ここに?」
「二人を、捜すためよ」
チラリと、クラインが巡らせれば、カーチスの身体が強張り、顔面蒼白となっていた。
連日の訓練のことを、掠めていたのだった。
そして、有無を言わせないカレンの顔を。
「用は?」
「少し、訓練に付き合って貰おうと思って」
「授業は?」
「サボりよ」
「カレンらしくもないな」
「昔は、私もよく、サボらされ、つき合わされていたでしょ?」
「そうだけど」
気遣うような眼光を、カーチスに傾けている。
(まだまだ、時間が必要だし……)
クラインの視線に、カレン自身、気づいていたのだ。
「……クラインの目からして、カーチスの実力は、どうなの? 学院で、うろちょろしている人たちと、カーチス一人だけで、相手できると、思っているの?」
離れているとは言え、周囲に、生徒がいる以上、軽々と、諜報員と言う言葉が、使えなかった。
「それは……」
(実力にもよるけど、厳しい面の方が、強いかな)
「私としては、一人では、無理だと確信しているわ。勿論、そこに、ブラークやキムが加わっても、ダメね。トリスやクライン、バドがいれば、大丈夫だけど」
「「……」」
辛口な意見。
苦笑しているクラインと、眉間にしわを寄せているカーチスだった。
的を得ていても、カーチス自身、口を尖らさずにはいられない。
けれど、反論することが、できなかった。
ブラークや、キムだけで、下っ端の諜報員を、捕獲していることを、知らなかったのである。
真面目に、授業を受けていないだけで、経験だけ積んで、それなりの実力をつけていたのだ。
このところ、カレンは、真面目に授業を受けていて、彼らと行動を、共にしていなかったからだった。
「ストレートだね」
「事実でしょ」
「ブラークやキムの三人で、連携を取らば、大丈夫だと思うけど?」
「常に、連携を取るのは、難しい。向こうは、かなりの実力も、経験も、あるのよ。隙をとられることだって、あるでしょ?」
「……否定はできないけど」
「だったら……。もっと、訓練し、底上げしなく……」
最後まで、言わせない。
「それも、大事だけど。休息も、大切だよ」
「甘いわよ」
眼光鋭く、カレンが噛みついた。
周りのいる生徒たちも、どうしたんだと、三人に視線を巡らせている。
カレンや、カーチスの双眸。
騒ぎ出した周りの様子が、見えていない。
気づいているクラインは、動じることもなかった。
まっすぐに、穏やかな眼光を、カレンに、向けていたのだった。
「焦って、心配して、潰れたら、元もこうもないよ」
「……」
「別に、心配なんて……」
視線をそらすカレンだ。
「十分、心配していると、思うけど?」
「……」
「少し、休憩しよう?」
促す双眸に、カレンが黙り込む。
以前から、カーチスの異変に、気づいていたのだ。
だが、心配するあまり、自分自身を、止められなかったのである。
「……わかった。クラインが、そこまで言うんだったら、訓練を少し、中止するわ」
「ありがとう、カレン」
礼を述べているクラインの前で、明らかに、カーチスが、ホッと、胸を撫で下ろしていたのだった。
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