第113話
学院の森では、楽しげに、リュートとアニスが、談笑していたのである。
二人だけの空間。
めったに、生徒たちも、入り込まない場所だった。
清々しい顔を、二人して、覗かせている。
もう少し、奥まった場所で、密かに、稽古をしていたのだ。
微塵も、激しい稽古をしたとは、窺えない。
全然、疲労していなかった。
内緒の二人だけの稽古を終え、互いに、近況を語り合っていたのだった。
「精霊呪文は、どうだった?」
「無事に、取得することができました」
ニッコリと、微笑むアニスだ。
A組とは、別な日程の日に、オラン湖へ赴き、必須となっている精霊呪文を取得してきたのである。
A組の時とは違い、何の問題もなく、順調に、日程が消化していった。
「手間取ってしまいましたけど」
「そうなのか? 言ってくれたら、教えてあげるぞ」
なんでもない顔を、リュートが滲ませていた。
「ありがとう」
どうにか、最終日に、アニスは、精霊呪文を取得できたのだ。
他のクラスメートは、半分ぐらいの人数しか、取得できず、帰ってきていたのだった。
リュートや、アニスのクラス以外にも、多くの生徒たちが、精霊呪文の取得に、四苦八苦していたのである。
精霊呪文が、必須と言うこともあり、オラン湖から帰ってきても、多くの生徒たちが、取得するために、日々鍛錬していたのだった。
何かと、問題の多いA組。
だが、全員、精霊呪文を取得し、学院に戻ってきた。
A組だけ、全員精霊呪文を取得できたのは。
カレンに教えていた際に、リュートの話に耳を傾け、必死に、取得できるように訓練していたのだ。
リュートが戻ってからも、不十分な生徒たちは、クラインの手を借り、取得できるように汗を流していたのだった。
優秀なリュートやバド、クラインがいるおかげで、彼らの実力や体力、精神面は、幼少の頃から、かなり底上げに、なっていたのである。
A組は、悪い面ばかり目立っているが、その実力は、魔法科全体の中でも、上位だったのだ。
「カレンも、リュートに教えて貰って、上手く取得できたと、言っていました」
オラン湖から、戻って来て早々に、カレンとアニスは会っていた。
互いに、近況を、話していたのである。
「教えたが。後は、カーチスに付き合って貰い、やっていたみたいだぞ」
「そうみたいですね」
クスッと、穏やかに、アニスが笑っている。
リュートも、自然と、口角が上がっていた。
ふと、気遣う眼差しを注ぐアニス。
「大丈夫でしたか? 随分と、練習したと、聞きましたが?」
「トリスが、薬草、渡したし、大丈夫だ。あれは、結構、タフだ」
タフにした張本人であるリュートが、胸を張っている。
リュートの言葉に、苦笑しているアニスだった。
アニス自身も、一年生の時に、犠牲になったことがあったからだ。
そのことで、リュートに対し、怯え、避けていたが、幽霊騒動の際に、偶然に再会してしまい、リュートの人となりに触れ、いつの間にか、親交を深め、仲良くなっていたのである。
「そうみたいですね。カレンも、言っていました。大丈夫だと、あれぐらいでは、へこたれないと」
「だろうな」
自分ごとのように、頷いていた。
「カーチスは、成績で言えば、下の方だが、ちゃんとやれば、もう少し、上にいけるはずだからな」
何とも言えない顔を、アニスが滲ませていた。
成績が、下と言っていたが、実際は、A組だけの話だ。
魔法科全体では、上位である五十位以内に、常に、食い込んでいた。
だから、カーチスたちは、魔法科の中でも、実力が、備わっていたのである。
それに、リュートたちと一緒になって、教師や、生徒たちを探りに来た諜報員たちと、何度も、戦闘を繰り返していたので、実践経験も、かなり豊かだった。
本人たちに、自覚がないだけで、今すぐ、卒業しても、十分に、やっていけるだけの実力が、きちんと伴っていた。
不意に、アニスが、自分の手を動かし、確かめている。
溢れ出ている力。
リュートと、稽古するたび、感じていたのだ。
もう、これ以上の力は、ないと思っていた。
(また、強くなっている、この私が……)
体力面でも強化でき、法力も、以前を比べ、上昇していたのである。
アニス自身も、リュートとの稽古により、少しずつだが、体術や魔法の能力が、上がっていることを、実感していたのだった。
勿論、ピアノの練習も、忘れていない。
授業や、ピアノの練習、リュートとの稽古。
充実な日々を、アニス自身、送っていたのだ。
「どうした?」
きょとんと首を傾げ、見つめてくるリュート。
可愛らしい仕草に、アニスの顔が緩む。
「いえ。リュートとの稽古で、以前より、強くなったなと」
「そうか。俺も、強くなった」
自慢げなリュートの表情。
さらに、笑みが緩んでしまう。
当初、稽古を始めた時よりも、リュートの動きが機敏になり、反応も、さらに、アップしていたのだ。
そして、無意識に、魔法を使う回数も、徐々に、減っていたのだった。
力のコントロールの精度も、確実に、上がっていた。
二人の力は、メキメキと、アップしていたのだ。
互いに、見つめ合い、笑っている。
「今度、グリンシュに付き合って貰い、とことん、やってみるか?」
「大丈夫でしょうか?」
唐突な提案に、思案するアニスだ。
力の上昇を感じつつも、二の足を踏んでいる。
「大丈夫だ」
揺るがない、リュートの眼光。
「それなら……」
「じゃ、後で、頼むとしよう」
嬉しそうなリュートに、穏やかな眼差しを注いでいた。
「随分と、熱心に、話しているな」
森の奥から、二人の前へ、トリスが歩いてくる。
僅かに、目を丸くしてだ。
(何だ? いつの間に、あの二人は……)
リュートの様子を窺うため、捜していた。
いつの間にか、自分の知らないところで、打ち解け合っている二人の姿に、驚かずに入られない。
少し、険がある視線を、アニスに傾けてしまう。
微かに、アニスに対し、嫉妬心を、芽生えさせていたのだ。
「そんなことは……」
ピリッとする視線に、当惑を隠せない。
そんな二人に、気づく様子もないリュートだった。
「そうか。アニスとは、仲良しだ。そうだ、今度、合コンにいかないか?」
「「……」」
トリスも、アニスも、微妙な表情だ。
(バカ)
「仲が、いい友達と、合コンをするものらしい。だから、一緒に行こう」
さらに、戸惑っているアニスを、合コンに誘おうとするリュートだ。
「「……」」
「俺としては、面白くないが、友達ができるらしい。それに、アニスが一緒だと、話が弾みし、俺としては、物凄く嬉しい」
時々、合コンに、参加するものの、一度も、楽しいと思ったこともないし、合コンに現れる女たちに、友達になりたいと、抱くことも、なかったのである。
だから、友達のアニスも参加すれば、楽しいし、もっと、仲良くなれると、単純に巡らせたことだった。
「「……」」
黙り込んでいる二人。
首を傾げているリュート。
「どうした?」
「……お前らしいなと思って……」
瞬時に、リュートの意図を、飲み込んでいたものの、すぐに、言葉にしなかったのは、脱力していたからだ。
「合コンは……ちょっと……」
見つめてくる視線。
思わず、アニスが視線をはずした。
(わかっているのかな? 私が、女の子ってことは……)
もう一度、恐る恐る視線を傾ける。
「そうか……。残念だ」
気落ちしているリュートだった。
そうして仕草からも、一緒に、行きたかったことが、よくわかってしまっていた。
次第に、アニスも、申し訳なさそうな顔を、巡らせている。
そんな二人に、盛大な溜息を漏らしていた。
(カーチスたちが、友達の幅が、広がるぞと言って、何度も、リュートを、連れ出していたからな。未だに、合コンが、友達を作る場だと思っている。ある意味では、そうなのかもしれないが……)
「当分、合コンの話は、回ってこないから、安心しろ」
「そうなのか?」
意外だと言う顔を、覗かせている。
日々、カーチスたちは、合コンや、ナンパと騒いでいたからだ。
「ああ。カレンが、あの状態だし、当分はない」
「何で、カレンが、出てくるんだ?」
きょとんとした眼差しを、注ぐリュート。
(どうして? 気づかないんだ。あの二人のこと)
付き合っていることを、友達にも、秘密にしている二人を掠める。
(教えてもいいが、二人に、何か、言いそうだしな……)
未だに、気づいていないリュート。
教えることは、やぶさかではなかった。
ただ、話すことによって、聞きに行くことを、危惧していたのである。
(話せば、いいものを。何で、隠す必要があるんだ?)
「……カーチスを、監視しているからだ」
「そうなのか?」
「そうだ」
トリスと、リュートのやり取り。
アニスが、目を丸くしている。
(リュート、気づいていないの? 二人のことを)
カレンとカーチスが、密かに付き合っていることを、把握していたからだ。
けれど、カレンたちが、内緒にしている以上、アニス自身も、それ以上のことを、追及しようとしていなかった。
(何で、リュートに、教えていないのかしら?)
チラリと、トリスが、アニスに視線を巡らす。
「悪いな」
「いいえ」
笑顔で、アニスが答えた。
「カレンの様子は、だいぶ、落ち着いたのか?」
「……まだ、溜まっているようです」
「そうか……」
「でも、大丈夫だと思いますよ。あの二人が、離れることは、ないと思います」
トリスたちは、カレントカーチスたちが、別れてしまうのではないかと、危惧していたのである。
ブラークたちが、唆したとは言え、トリスたちも、かかわっていたので、それなりに、二人の様子が気になっていた。
未だに、二人は、仲直りした様子がない。
カーチスの傷も、絶えなかったのだ。
「合コンのことも、ありますが、今回は、諜報員の人たちの件も、あると思うんです。かなり、心配していましたよ」
「いつものこと、なんだがな……」
トリスとアニスの話に、リュートも加わる。
一人、取り残された感が、いやだったのだ。
「何だ、探っているやつらと、勝手に、遊んだことが、許せないのか? だったら、今度は、カレンたちも誘って、遊ぶか? 勿論、アニスも一緒に」
リュートの提案に、苦笑いのアニスだった。
(カレン。きっと、もっと怒る気がする……)
「バカ……」
冷めた眼差しのトリスだ。
「何だよ」
頬を膨らませ、不貞腐れているリュートの姿に、呆れるしかない。
その仕草は、リュートの妹ミントと、一緒だったからだ。
「グリンシュのところでも言って、お茶にでもするか?」
トリスの言葉に、先ほどまでの、不満げな表情がない。
これ以上、話しても、埒が明かないと抱き、話の矛先を変えたのである。
まんまと、トリスの術中に、嵌っているリュートだった。
パッと、リュートが顔を綻ばせている。
「そうだな。腹も、減ったし」
急に、表情が変わったリュートだ。
突然の変貌振りに、アニスが、ついていけない。
「な、アニス」
「あっ……、は、はい」
「悪いな」
申し訳なさそうにしているトリス。
「いえ」
三人して、保健士のグリンシュのところへ、歩いていった。
リュートの足取りだけが、一番、軽かったのだ。
その後を、やれやれと首を竦めているトリスと、朗らかな笑顔を、滲ませているアニスがついていったのである。
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