第12話
たらふく木苺のパイを食べたリュートたちは、次の授業に向かうために廊下を歩いていた。リュートは満足げと言う表情で、トリスは面白かったと言う表情で、セナ一人だけがガックリと疲れている表情を滲ませていたのである。
魔法科の授業をサボって、トリスも歩いていた。
まったく悪びれる素振りがない。
堂々としている。
「何でついてくるの?」
「別に」
剣術科の授業に関係ないトリスに呆れながら、セナが話しかけた。
いつ勉強しているのだろうと、当たり前のようについてくるトリスの姿を眺め、思ってしまう。リュート同様に、トリスも魔法科ではエリート集団であるA組に所属していたからだ。
(A組って、どんな授業しているのよ! 生徒がいつも、いつもサボっているって言うのに。信じられない!)
剣術科では力の差にバラつきがないように、均等にクラス分けをしているが、魔法科A組だけは一年生の時に振り分けられたクラスで、ずっと学院生活を送ることになっていたのである。A組だけ優れている生徒だけが集められ、残った生徒たちが均等にB組からE組までで割り振られている仕組みになっていたのだ。
チラッと、横にいるトリスを窺う。
トリスと組んで稽古をし、確かに魔法科のレベルは優秀だが、A組に入れるほどではない気がしていた。いくら呪文に耐久性がないセナでも、どの辺りの法力の持ち主なのか、何度か組んで稽古しているうちに見抜いたのだった。
トリスの法力は一般の生徒と変わらない実力しかなかったのである。
そんな彼がなぜ、A組に所属しているのか疑問だった。
それにサボっても何も言われない環境に、魔法科ではどんな教育をしているのだろうかと思いが拭えきれない。
「暇だし」
「暇で授業を邪魔されたら、私たちがいやなのよ」
新学期が始まって以来、何度かリュート関係で、授業がダメになってしまった経緯があった。それを懸念し、言ったのだ。
それらはトリスのせいではない。
けれど、虫の居所が悪いセナが、関係ないと知りつつも当たってしまった。
「俺、邪魔しないから大丈夫。リュートと一緒にしないでくれよ」
軽く笑って、返した。
剣術科の授業を見学する気満々だ。
「休講じゃないんでしょ?」
「ああ。二限続きの授業、やっているはず。俺たちの担任、それなりにやっていれば、文句言わない人だから、気にしないでくれ」
「あなたたちが気にしなくても、私たちが気にするの。あなたたちの担任と違って、カイルはうるさいんだから」
「らしいね」
いっこうに帰ろうとしない。
笑っている姿に、少しは気にしなさいよと思わずぼやく。
背後から頭を叩いてやろうかと過り始めていた。
唐突に一歩先を歩いていたリュートが立ち止まる。
その後ろを歩いていたセナが、リュートにぶつかりそうになった。
「ちょっと、いきなり立ち止まらないでよ」
「悪い。な、それより、あれ誰だ」
眉間にしわ寄せ、ちょうど曲がり角に立って話し込んでいる二人を指し示していた。
促され、視線に先に視線を傾ける。
そこにはマドルカとチェスターの姿があった。
すかさず、トリスが剣術科一年生の担任であることを教える。
「剣術科……」
「教え方が上手く、評判がいい」
「ちょっと、何で、魔法科のトリスがそんなところまで知っているのよ」
「いいだろう」
剣術科の内情まで知っているセナの驚きに、楽しげな笑みを零して見下ろしているだけだ。
「何で、チェスターと楽しげに話し込んでいる?」
「知るかよ」
遠く離れた場所にいる二人は、楽しげに話し込んでいたのである。
「合同で何かするんじゃないの?」
セナの返答に、その辺りかもなと、簡素な意見をトリスが付け加えた。
楽しげに笑っているかつての担任の姿に、眉間のしわがさらに深く刻み込む。
苦い思い出と共に、嫌悪感がフツフツと沸き立つ。
意地悪をされたことが湯水のように流れ出てくる。
「揉め事はよしてよ」
何かを察知したセナが釘を刺した。
ただならぬ雰囲気を出していたからだ。
それにトリスから、かつての担任であるチェスターとの、わだかまりを聞いていたのである。
これ以上、授業の邪魔にならないようにしたかった。
「俺が悪い訳じゃない。いつも、あいつから吹っ掛けてくる」
怪訝なセナが何か言いかけるより早く、チェスターの方が言葉を発したのが早かった。
「リュート・アスパルト!」
穏やかな顔から一転し、険しい表情になったチェスターの視線が、完全に不機嫌なリュートを捉えていた。
そのすぐ隣で、マドルカも三人に鋭い眼光を傾けている。
(何で関係ない、私まで睨まれるの?)
刺すような視線で、セナの身体は硬直してしまっていた。
理不尽さに、嘆息を吐く。
不機嫌全開なリュートの元に、同じように不愉快そうなチェスターが近づいていった。
それを追うように、マドルカも三人に近づいていく。
「また、サボりか」
休憩時間ではなく、授業を行っている時間帯だったからだ。
その時間帯に歩いている姿で、昔同様に授業をサボっていると勘違いしていたのである。
溜息を零し、トリスは傍観する構えをみせた。
ムッとしているリュートに成り代わり、セナが授業が休講になったことを説明し、次の授業へ向かうために歩いていた旨を伝えたのである。
さっさとこの場から立ち去りたかったからだ。
「真面目に授業へ……」
鋭い双眸は、ブスッとしているリュートを捉えたままだ。
お互いの間に、異様な空気が流れ込んでいる。
「随分と成長したな。リュート・アスパルト」
「先生こそ、変わりなく。……頬の傷、どうした?」
右頬に真新しい傷ができていた。
「こ、これは……。ちょっと、森を歩いていたら……」
歯切れ悪い中でも、素直に答えていくチェスター。
この傷は、トリスが狩り用に仕掛けた罠に引っ掛かったものだ。
リュートの斜め後ろに控えていたトリスが、プッと思わず吹き出してしまう。
(あの罠にチェスターが引っ掛かったのか)
仕掛けた罠を見に行った際に、仕掛けた罠に掛かった形跡があり、その近くに大人の足跡がくっきりと残っていたこともあり、教師か生徒が引っ掛かったなと思っていたのである。
まさか、それがチェスターだと思ってもみなかった。
笑いを堪えている姿で、ようやくチェスターもことの詳細を把握し、原因はお前かと、不快感を滲ませる視線をトリスに投げかける。
それを口にできず、リュートに視線を戻した。
「君には関係ないことだ」
「そうか」
緊迫している二人の間に、マドルカが入り込んでくる。
「いい加減にしたら、どうだ」
咄嗟にチェスターの両眉が下がった。
沈んでいるチェスターに軽く微笑み、マドルカが機嫌の悪いリュートに視線を傾ける。
その表情は一変し、怨念の色に染まり睨んでいた。
(何で、こいつは俺のこと、睨んでいる?)
戸惑いを滲ませ、リュートが視線をチェスターに向き直す。
「バカな罠にでも、引っ掛かったんだろう?」
「何っ!」
「違うのか、先生」
「……」
微かな唸り声を漏らすチェスターを眺める面々。
口をあんぐりと開け、目が完全に泳いでいた。
言動が当たっていると証明しているようなものだ。
「傷、浅いようですから、早く治ると思いますよ」
右頬の傷の形状を目視で確かめ、トリスが適応する薬草を取り出そうとする。
「薬草……」
「いらん!」
薬草を手にしているトリスに吐き捨てた。
代わりにマドルカが口を開く。
「薬草は結構だ。私が持っている」
「そうですか」
持っていた薬草を戻した。
盗賊だった祖父の直伝の罠を仕掛ける技術をトリスは持っていたのである。学院の教師の中でも、トリスの罠にはまってしまう教師が何人もいる状況だった。
教師や生徒が罠にはまってもやめようとしない。
更なる技術を積みたかったからだ。
祖父から受け継いだ観察眼で、トリスがマドルカからチェスターたちに視線を移す。
すると、いがみ合う二人が火花を散らし、互いに視線を激しくぶつかり合っていた。
火花散らす二人に、セナがもうやめてよねと呆れ気味の表情を浮かべている。
予鈴のベルが学院を鳴り響く。
「予鈴だ。遅れるぞ、授業に」
「ああ」
敵意むき出しの視線から、穏やかな表情でマドルカが肩を叩く。
消化されない気持ちが宙ぶらりんのままだ。
「チェスター、生徒たちを待たせていいのか」
「わかった」
「カイルに罰則、喰らっても知らねーぞ」
一人意気込むリュートにトリスが声をかけた。
チェスターとやり合う気持ちが一瞬にして流れていった。
不発のまま、それぞれの教室に向かっていく。
その間、リュートはチェスターの悪口を言い続け、それをセナとトリスが、軽くあしらうように頷いて聞いていたのである。
「聞いているのか、二人とも」
「それより、早く歩かないと予鈴が鳴るまでにつかないわよ」
「それぐらい、わかっている」
「わかっているなら、ペース上げる」
「……」
「ほら、ほら」
歩くペースを上げながら、チェスターと一緒にいた教師のことが気になっていた。
マドルカの突き刺さるような殺気に、威圧感が否めなかった。
「何だったんだ。あの先生は……」
リュートの呟きは、二人に聞こえない。
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