第112話
賑わう人、人、人だ。
村の人口よりも、訪れる者が、たくさんいたのである。
アミュンテ村は、法聖リーブのお膝元と言うこともあり、人の活気が、溢れている村でもあった。
話題の法聖リーブが、住んでいる村と言うこともあり、王族や貴族、一般の人の出入りが激しかったのである。
ひと目、法聖リーブの姿を見たさに、訪れる人が多かった。
けれど、めったに、村に、下りてくることがないので、多くの人たちは、見ることが叶わなかったのだ。
そして、簡単に、法聖リーブの屋敷に、入ることができなかった。
周囲には、幾重にも、厳重に結界が、巡らされていたのである。
限られた人物しか、入れないのだ。
トリスたちの両親は、村で、数少ない薬草店を営んでいたのである。
村に、薬草店を他に作っても、トリスたちの両親が、営む薬草店が人気で、閑古鳥になってしまい、仕舞いには、店を畳む店が続出し、村で、唯一の薬草店になっていた。
ただ、闇でやっている薬草店が、数件あるのみだ。
都など、もっと、拓けた場所で、店をやらないかと言う誘いが、いくつも、舞い込んできたが、それらの誘いを、すべて断り、村で、繁盛店の薬草店をやっている。
村の近くには、豊富な薬草があり、トリスたちの両親が村に対し、愛着を持っていたのも要因だった。
自分たちの誘いを断ったマリーヌたちに、嫌がらせや、恫喝する者が現れ、馴染みの冒険者たちが片づけたり、解決してくれたりしたことも、しばしばあったほどだ。
ただ、そうした者でも、解決できない時は、幼馴染でもある法聖リーブに頼み、片づけて貰っていたことが、数回あったのである。
王族や貴族でも、法聖リーブに対し、手出しできない。
それほど、偉大で、大きな力を、持っていたのだ。
先ほどまで、客が大勢来て、溢れていた店内。
賑わっていた客が引くと、店の中は、ごちゃごちゃと、乱れていた。
それを、マリーヌ一人で、片づけを行っていたのである。
夫のエルドは、依頼を受けていた薬草を、依頼主に配達しにいって、不在だった。
ソルジュの下の双子の姉妹イルとノアが、ひょっこり、店に顔を出す。
「「お母さん。手伝う」」
忙しい母親を気遣い、手伝いに来たのである。
兄弟でも、やんちゃな二人。
姉カメリアがいないと、手伝いをしてくれたのだ。
「カメリアは、出かけたのかい」
「「……ちょっと、お友達のところに、いってくるって」」
声を揃え、母親と視線を、合わせようとはしない。
双子の態度で、カメリアが、どこにいるのか、瞬時に、見当がついてしまっていた。
(やれやれ。もう少し、上手く、演じされないものかね……)
演技の下手な二人に、心の中で、呆れている。
そして、トリスだったら、上手く演じられるのにと、騙すことに長けている、息子の姿を思い浮かべていたのだった。
眉間にしわが、少しだけ寄っていた。
(……ホント、父さんに、一番、似てきちゃって……。その点、イルとノアは、エルド似だね、あの人、演技が下手だから)
テへと笑って、誤魔化すエルドの顔を、頭の中に、滲ませていた。
父親とは違い、嘘が下手なエルドに、好感を得て、結婚したのだった。
「そう」
いつものことなので、それ以上、何も言わない。
マリーヌから解放され、店の中を、片づけていく二人。
一生懸命に、手伝いをしてくれる姿に、マリーヌの頬が緩む。
「……下の子たちは、どうしているんだい?」
「ローグたちが、下の子たちの、面倒見ているよ」
ローグとは、双子のすぐ下の息子だ。
「そうかい」
微笑ましい顔を覗かせていた。
つい最近、ローグは、子供が一人で入ってはいけない森に、勝手に入り込んで、村の人たちに、迷惑掛けたばかりだった。
そのローグを中心に、下の子たちの面倒を、見ていることに、安堵していたのだ。
兄弟の中でも、好奇心が旺盛で、何度も、村の人たちに、迷惑を掛けたことがあったのだった。
三人で、片づけをしていると、配達を終え、エルドが帰ってくる。
「ただいま」
身体のガタイがよく、肌も、健康よく焼けていた。
「イルも、ノアも、手伝ってくれるのか」
可愛い娘の双子が、片づけている姿に、笑顔が止まらない。
「「うん。おかえり、父さん」」
「後は、父さんがやるから、裏にいっていて、いいぞ」
「「うん」」
二人は返事をし、瞬く間に、裏の自宅へ、戻っていった。
店内に、夫婦だけになる。
「ホント、娘には、甘いんだから」
ジト目で、マリーヌが、エルドを睨んでいる。
居た堪れず、視線をそらした。
「……マリーヌも、裏で、休んでいても、いいぞ。後は、俺が、やっておくから」
「それじゃ、お客様が来る前に、終わりませんから」
キツめの声音。
ガタイが、いい身体を、震わせていた。
「……すまん」
恐る恐るといった眼差しを、エルドが注いでいる。
盛大な溜息を、マリーヌが零した。
「いいから。足りないものを、裏から持ってきて、補充してちょうだい」
「わかった」
マリーヌからの命令に、即座に、動き出すエルド。
その動きに、疲れを感じさせない。
エルドも、マリーヌも、村の中でも、随一の働き者と、噂されるほど、何かと働いていたのだった。
マリーヌとしては、配達から戻ったエルドに休んで貰い、双子たちと、片づけを済ませようとしていたのである。けれど、どこまでも、娘たちに甘いエルドは、すぐさまに双子を、裏に戻してしまったのだ。
「今日の配達は、終わったの?」
補充するものを、エルドが持ってきた。
「いや。後、三件ある」
「……いいわ。後は、私がやるから」
「いや、大丈夫だ」
間違わないように、一つ、一つ、確かめながら、少なくなったものを、補充していく。
その手先は、どこか不器用だ。
そんな姿に、マリーヌが、小さい笑みを漏らしていた。
不器用な点も、好んだところだった。
「無理しないでね」
「わかった」
互いに、仕事に戻っていく。
しばらく、黙々と、片づけをしていった。
「……カメリア。あの人のところへ、行っているみたいね」
「そうだな」
手を、止めることがない二人だ。
「トリスも、頻繁に、行っているみたいだし」
「そうだな」
「あの子、ここに来るよりも、あの人のところへ、しょっちゅう、行っているみたいね」
「……そうなのか」
「知っている癖に」
「……すまん」
咎める口調に、弱いエルドだ。
「で、どうなの? あの人は?」
「だいぶ。身体が、弱っているようだ」
マリーヌの動きが、鈍くなる。
思考は、父ベックの顔を滲ませていた。
昔に比べ、しわが増えた顔だ。
「……仕事をやめているの?」
「いや。少し、セーブして、まだ、続けている」
「じゃ、元気じゃない」
「マリーヌ」
微妙な顔で、窘めるエルド。
長年、マリーヌとベックの間を、取り持ってきたのである。
どちらの立場も、理解しているので、軽々に、言えなかったのだった。
「仕事をしているってことは、元気でいるって、ことでしょ」
突き放した言い方。
エルドの眉が、下がっている。
「そんなに、あの人のことを、気にする必要なんて、ないわよ。トリスも、カメリアたちも。そして、内緒で、会っているエルドもね」
ウッと、つまってしまう。
瞳が、揺れ動く。
しゅんと、エルドは肩を落としていた。
「……悪かった。トリスから、身体が弱っているって、聞いて、会いに行った。確かに、以前に比べて、弱くなっているようだ」
素直に、会った経緯を吐露した。
「……」
「な、一緒に、住まないか」
以前から、提案されていた。
眉間にしわを寄せるマリーヌ。
そして、そっぽを向いてしまう。
「……あの人は、来ないわ」
「マリーヌ……」
「そういう人よ」
似たもの同士の頑固な二人に、エルドが首を竦めていた。
エルドが、ベックのところに会いに行き、一緒に、住まないかと言ったら、マリーヌが嫌がるだろうし、まだまだ、仕事をしたいからと、断られてしまっていたのである。
「マリーヌだって、気にしているだろう」
窺うような、エルドの双眸。
「していません」
「何度か、薬草を持って、出かけようと、していただろう」
エルドの言う通り、父ベックのことが気になり、何度か、ベックのところへ、いっていた。
けれど、結局、いっただけだった。
「……」
「知っているんだぞ」
「だったら、言わないで」
ますます、意固地になっていくマリーヌだ。
「意地っ張り」
「悪かったわね」
「今度、一緒に、お義父さんのところへ、行こう」
諦められないエルドが、優しい口調で、問いかけたのだった。
「……」
いやよとは言わないことで、エルドが、肯定的に受け取った。
二人して、残りの仕事を片づけていったのである。
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