第111話
今日から、新しい章になります。
一人暮らしをしている祖父ベックに家に、トリスのすぐ下の妹、カメリアが訪ねてきていたのである。
定期的に、一人暮らしをしている、ベックのところに様子を窺うためと、一人暮らしで、何かと大変だろうと、世話しに来ていたのだ。
淡々と、やや背中を丸めながら、狩用の罠の補修をしているベック。
時間の経過と共に、罠も、劣化していたのだ。
常に、点検を怠らない。
そうした性格は、ベックからトリスへ、受け継がれていたのである。
簡素なキッチンでは、カメリアが、ベック用の料理をしていた。
ある程度、自宅で作ってきたが、最後の仕上げをしていたのだ。
祖父ベックと、母マリーヌは、仲があまりよくない。
そのため、トリスを始めとする子供たちは、何かと理由をつけては、こっそりと、祖父ベックの元へ、会いに来ていたのだった。
そして、何となく、マリーヌも気づいていたが、素知らぬふりをしていたのである。
嫌っている父親でも、気にかけていたのだ。
料理している、カメリアの後ろ姿に、視線を巡らせていた。
娘のマリーヌに、徐々に、似てきていたのである。
孫の成長に、目を細めていた。
マリーヌに対し、いい父親ではなかったと掠めている。
けれど、家に帰る頻度は、少なかったが、気づかれないように、家族のことは、密かに見守っていたのだった。
「お爺ちゃん、身体の方は、大丈夫なの? 持ってきた薬草は、足りそう? 足りないものがあったら、言ってね。今度、来る時に、持ってくるから」
手を止めることなく、カメリアが、器用に料理を作っていく。
料理上手な母親譲りの腕前で、次々と、料理の仕上げをしていった。
「いつも、すまん」
「いいよ。食事は、どう?」
「いつも、美味しいよ」
「よかった」
ホッと、胸を撫で下ろすカメリア。
トリスとは違い、学院に通わず、カメリアは、近くの学校を出て、すでに両親の薬草店を手伝っていたのである。
トリス同様に、少ないが法力を、持っていたのだ。
学院に通う資格を所持し、リュートやミントの母親の口添えもできたので、何の問題もなかった。けれど、兄弟が多く、兄トリスに続いて、自分までも、学院にいってしまったら、何かと、両親が、大変なのではないかと巡らせ、学院にいかなかった経緯があった。
「お兄ちゃんは、来ているの?」
「来ているよ」
せっせと、ベックが罠な補修をしている。
動く手に、一切の躊躇いがない。
「だったら、伝えておいて。こちらにも、顔を出すようにって」
「トリスのやつ。帰ってこないのか?」
僅かに、ベックは、目を見張っていた。
帰っていると、以前、話していたからだ。
自分とは違い、マリーヌとの関係も、良好のはずだと、抱いていたのである。
「たまに、顔を出しても、薬草を貰ったら、すぐに帰っちゃうの。少し、手伝ってほしいこともあるし」
カメリアの話に、ひと安心するのだった。
「わかった。伝えておくよ」
「ありがとう。ソルジュもいないし、意外と、店も忙しく、大変なんだ」
トリスたちの両親が、営んでいる薬草店は、品質もよく、良心的な価格で、薬草などを販売していることもあり、近隣から、足を伸ばして、買いに来る客が多かったのである。
買取に関しても、危険なところにある物や、品質のいい物に対し、高額で買い取ったり、利用者に、大変、喜ばれていたのだった。
「そうか」
「ソルジュは、帰ってこないのか?」
「……一年以上、帰っていないわね」
眉を潜めているカメリアだ。
カメリアのすぐ下の弟であるソルジュも、学院に通っていない。
ふらりと、村に訪れた、旅の賢者に、素質を見込まれ、共に旅立ってしまったのだった。
それ以来、トリス以上に、ソルジュは、自宅に帰ってこなかった。
働き手でもある、年長の男二人がいないことで、カメリアに、大きな負担が掛かっていたのだ。
そうした経緯も、把握しているベックが、嘆息を吐く。
勿論、自宅にも、なかなか帰ってこないソルジュが、ベックのところにも、来ることが少ない。
賢者と、旅立ってからは、ここには、二度しか、訪ねてこなかった。
ベック同様に、ソルジュも、マリーヌたちと、上手くいっていないようで、何かと、気にはなっていたが、自分自身も、マリーヌと上手くっていない以上、ソルジュに対し、何も言えなかったのだ。
「ソルジュにも、困ったものだ」
「最近は、手紙も、よこさないのよ。一体、どこにいるやら……」
呆れつつも、ソルジュのことを、気にかけていたのだった。
「こっちに来たら、そっちに顔を出すように、伝えておこう」
「ありがとう。でも、来るかしら」
不意に、近寄らない弟に対し、母が怒っている光景を、掠めていた。
家にいても、薬草店を、あまり手伝うことをしなかった。
ふらっと、家を出て、どこかへ、出かけていたのである。
両親が営む薬草店を、嫌っているのかと、思っていた時期もあったが、薬草に対し、興味がなかった訳ではない。
兄弟の中でも、一番、精通していたのかもしれなかった。
目利きの能力にしても、家族の中で、随一だった。
何度か、見た目がいい、粗悪品などを見つけたり、逆に、両親も、知らない物を鑑定したりし、家族を驚かせたことがあった。
店にいることも少ないので、そうした能力が高いことに、家族一同、誰も、気づいていなかったのである。そして、旅の賢者が訪れるまで、ソルジュの知識が高いことを、理解していなかったのだ。
旅の賢者に見初められ、ソルジュは、旅の賢者と共に、旅立ってしまった。
兄弟の中でも、ソルジュは、どこか浮いていたのである。
仲が、悪かった訳ではなかった。
ただ、ソルジュ自身が、兄弟に対し、どこか距離を置いている節があったのだった。
何となく、気づいていたが、下の妹や弟たちの面倒にかまけて、どこか疎かになっていた。
いつの間にか、手を止めていたカメリア。
(私が、もっと……)
気遣うような眼差しを、ベックが送っている。
ソルジュに対し、姉として気づいてやることが、できなかったとして、負い目を感じていたことを把握していたのだ。
気にするなと言っても、娘の性格も引きついている、カメリアは、頑固な一面もあった。
気にしていないわよと、言うに決まっていたのだ。
小さく、溜息を吐く。
「……ソルジュは、気にしておらんだろうな。自分に、そうした能力があることに、本人ですら、気づいていなかったんだからな」
「……でも」
「ソルジュが帰ってきたら、いつも通りに、迎えてあげることだ」
「うん……」
「ところで、残っている孫たちは、元気なんだろう?」
「元気過ぎるぐらいよ」
眉を寄せ、困った顔を覗かせている。
やんちゃな盛りの妹や、弟たちが多く、両親を始め、カメリアたちを、非常に困らせていたのだ。
つい最近も、勝手に森に入り込み、夕方になっても、帰ってこないと、村中で、大騒ぎになったことがあったのである。
法聖リーブにより、無事に、いなくなった弟を、見つけて貰い、ケガもすることなく、ことなき終えたのだ。
「困ったものだ」
「ホントよ」
ほとんどの料理が、でき上がっていた。
「お爺ちゃん。もうできるから、そっち片づけちゃって」
「わかったよ」
動かしていた手を止め、手早く、辺りを片付けていく。
そして、久しぶりの、孫との食事を楽しむのだった。
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