閑話 6
第89話目の後の話です。
剣術科の生徒たちを、警護している教師から呼び出され、カイルは気づかれないように、彼らの元へ駆けつけていた。
森の奥で、少し広まっている場所で、落ち合っていたのである。
魔法科の警備をしている教師の姿も、あったのだ。
カイルを含め、四人の教師が、顔を突き合わせている。
「何か、あったのか?」
急な呼び出しに、カイルが眉を潜めていた。
そして、ここにいないはずの、魔法科を警備している教師の姿でも、何かあったことを察していたのだった。
他の三人の表情が、どこか渋い。
ますます、何かあったと、思い至るのだ。
「諜報員たちに、何か、動きがあったのか?」
「……違う」
警護に、当たっている剣術科の教師が、否定した。
「じゃ、何だ?」
魔法科の警備を、担当している教師が、カイルと視線を合わせようとしない。
三人の顔色を、窺っていく。
けれど、真意が掴めない。
否定した教師に、カイルが顔を巡らせた。
注がれる双眸。
居た堪れない教師が、ようやく重い口を開く。
「……テロスたちが、バドに捕まった」
吐露しても、教師の顔が、苦虫を潰したような形相だ。
「はぁ」
目を見開き、あんぐりと、口を開けていた。
他の二人の教師も、渋面している。
カイル以外、把握していたのだ。
「……バドって、あのバドか?」
「あのバドだ」
「魔法科の」
「そうだ」
「……」
カイル自身、魔法科の教師から、散々、教師や生徒を、実験体にするバドの話を、聞いていたのである。そして、実験体にされた、多くの新人教師が辞めていった状況を、聞かされていたのだった。
無言のまま、テロスたちを救出しようと動き出すカイル。
真っ先に、三人の教師たちが、止めに入った。
「やめろ」
「ダメだ」
「諦めろ」
必死に、止めようとする三人の教師たち。
邪魔だと、カイルが半眼している。
「なぜ、止める?」
凄まじいカイルの眼光。
三人の教師たちは、尻込みするが、彼らにも、譲れないものが、微かに残っていたのだ。
ここで、引く訳にいかない。
「諦めてくれ」
「俺の生徒た」
「そこを、どうしても」
「無理だ」
「カイル、頼む」
「お前たち、何を言っているのか、わかっているのか」
「「「……」」」
「どけ!」
助けに、行こうとするカイルだ。
三人の教師たちが、立ちはだかる。
怒り心頭なカイルに慄いているが、いっこうに、どこうとしない。
「……これ以上、新人の教師たちを、辞めさせる訳にはいかない」
「だから、生徒が、犠牲になってもいいのか?」
「「「……」」」
「テロスたちは、俺の教え子だ。俺が守る」
「……ずっと、守ってやることは、できないんだぞ」
何だと言う、カイルの双眸。
止めに入る教師に、注がれたままだ。
「いいか? カイル。これは、いい勉強になる。バドだって、生徒相手に、深入りはしないはずだ。だから、ここは、頼む。引き下がってくれ」
「実験体に、された者は……」
「確かに、実験体に、された教師たちの多くが、辞めていった。けれど、残っている者もいるし、生徒は、誰一人、実験体にされても、やめた者がいない」
「それは、リュートたちだから、だろう」
「……そうだが……」
気まずくなり、僅かに視線をそらしてしまう。
けれど、ここで折れる訳にはいけないと、もう一度、カイルに双眸を傾けた。
「ある意味、実験体にされた者の多くは、身体が、頑丈になっているぞ? いいことではないのか?」
「だからと言って、危険だ」
「カイル。お前が、バドの実験体になるのか?」
「……」
脳裏に、仲間である二人から、未だに、実験体にされる光景を掠めていた。
「お前も、あの二人から、未だに、実験体になって、生きているじゃないか。だから、ここは一つ、大きな心で、見守ってあげるのも、教師の役目じゃないのか?」
「……お前たちが、犠牲になりたくないからだろう」
「「「そうだ!」」」
三人の教師たちの血走った眼光。
今度は、カイルが圧倒される番だった。
「俺たちは、あの実験狂に、新人教師を、ダメにされたくないし、まして、実験体に、されたくもない。もう、あの二人だけで、十分なのに……。バドまで、あの二人のように……。元々は、カイルが、簡単に、あの二人の実験体にされなければ、こんなことは、続かなかったかもしれないんだぞ」
「……」
胸倉を掴まれ、何も言えないカイル。
あの二人から、数年おきぐらいに、学院の伝統として、実験狂が出没していたのだった。
食い止めることが、できなかったと言う負い目もあり、思わず、カイルが、三人の教師から視線をそらしてしまう。
「どう、責任を取る」
「……わかった」
「……バドだって、身体を壊すほど、しないと……思う、たぶん」
「……言い切れよ」
「……」
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